昨日の敵は

 様々な手段を駆使した結果、被害者(仮)の僕は襲撃者の少女と面会することに成功した。今回の事件では怪我人が出なかったとはいえ、余罪の追及が厳しいようで少女はまだ留置所にいた。あまり素直に喋っても彼女がシャバに戻った際の報復も怖いだろうし、そのあたりの見極めは誰がやることになるんだろう。


 警棒を携えた男と同伴して、少女の元へ向かう。

 彼女は、地味な灰色のセーターを着ていた。


「あやー、こんなダサ服でお恥ずかしい」

「それでも可愛いのはすごいね」

「素材のレベルが高いから? なははー」


 思っていたよりも元気そうだ。反省も、僕への逆恨みも感じられない。彼女は手錠のつけられた手で肘をついて、僕の様子を窺ってくる。短い髪の、小柄な少女。外面だけで判断するには、あまりに可憐な少女だった。


「久しぶりだね、会いたかったよ」

「てんどー君だっけ。随分と大胆なこと言うね」

「可愛い子に会えるチャンスは逃さない主義なんだ」

「はわわ、口説かれるとか思ってもみなかった」


 心にもない台詞を投げ合う。

 この軽薄さは癖になりそうだった。


 傍目には可愛い、街を歩いていたら振り返ってしまうほどに可憐な子だ。こんな子が金のために僕を襲ったなんて信じられない。素人ながらも刃物を振り回す手には躊躇がなかったから、常識はくずカゴにでも放り込んだ後なのだろう。破綻した倫理観の持ち主だな、と薄く想像していたが話は普通に通じている。


「一人で来たの?」

「あぁ。ナンパも一人でするものだろ?」

「そうなのかな。私、ナンパされたことないけど」

「えー。可愛いのに、意外だね」

「心にもないこと、言わない方がいいぞー?」


 更なる冗談を飛ばして、笑い合う。


 雉畑と戌居君は面会の対象から弾かれてしまった。警察にも色々と事情があるらしい。僕一人で彼女と話をすることになったが、女性に免疫のない僕で大丈夫だろうか。肩を揺すって全身の筋肉を解す。少女に微笑み掛けられるだけで、やっぱり僕は緊張してしまった。彼女、意外と可愛い顔をしているからな。


 知りたい情報に近付くため、僕は彼女に質問をすることにした。


「報酬って、いくら貰う予定だったの?」

「秘密。相場は教えないよ」

「同業者になるつもりもないよ。ただの興味だし」

「ふーん。別の話題に移る前の、前振りかと思ったんだけど」

「ご名答。君に聞きたいことがあってね」


 椅子から身を乗り出して少女に近付く。ガラス戸の向こうで余裕の表情を浮かべる彼女は、僕よりも年上なのだろうか。まつげが長いと美人に見えるのは、本当らしいな。


「君の名前が知りたいんだ」

「マジのナンパじゃん」

「そうとも言うね」

「うわ、だいたーん。共犯と思われるかもよ?」


 僕の浮ついたセリフにも、彼女は頬を赤らめることもなく淡々と応じる。視線が動くのは、僕の背後を確認しているのだろうか。警備員達の目つきは悪いけれど、そこまで威圧的な印象はない。未成年ゆえに世間へ公表されない名前が僕から洩れることを警戒している様子もなかった。杜撰な警備だ。


 僕は彼女の視線の動きに合わせて首を動かす。

 少女は諦めたように手錠を鳴らした。


「百茂ちゃんと呼んで」

「それは名字? 名前?」

「みょーじ。……嘘じゃないよ」


 唇を尖らせて抗議の意志を示してくる。ホント、仕草だけなら格別に可愛いのにな。百茂に対して僕が掛けるべき言葉を考えてみる。被害者の観点から彼女をゆすれないだろうか。僕が黙っていると百茂の方から言葉を重ねてきた。少しばかり意外な展開だ。


「で。ホントはどうして私に会いに来たの?」

「鬼児の会のことが知りたかったから」

「……そっか」


 百茂が右手で隠すようにして、左手を僕に見せてくる。その指は彼女の背後にいる警備の男を指差していた。どうやら彼には聞かれたくないらしい。だが、僕の背後にいる警備員には見せても良いのだろうか。胸元に手を当て、部屋にいる警備員のどちらにも見えないように僕は背後の男を指差した。


「ダメかな」

「うーん。そっちは良くても、私はダメだから」


 ガラス板を隔てた部屋で、彼女は渋い顔をした。肘をついて、小さな顔を手の上に乗せる。手錠の掛けられた手で、輪っかを作っていた。マルのサインだ。彼女の言いたかったことは僕には伝わっている。


 僕の側にいる警備員には情報が漏れてもいいが、彼女の背後にいる男には警戒をする必要があるようだ。ここは言葉を慎重に選んでいくべきだろう。推測と憶測だけで薄氷の上を渡る感覚だ。


「教えてくれないのかい?」

「私だって保身したいもん。逮捕されたくなーい」

「どうやって助けろって言うんだよ」

「ヤバそうならタイミングを教えて欲しい」

「難しいなぁ。僕には逮捕決定の時期なんて分かんないし」


 へらへら笑いながら話をする。中身は何でもよかった。

 僕らの間でのみ伝わればいいのだから。


 よもやま話に興味はないのだろう。僕の後ろの男は欠伸を漏らしているようだ。だが、彼女の後ろにいる男だけは視線を常にこちらへと向けていた。なるほど、杜撰な警備をするわりには職務に忠実である。しかし、この場で百茂が襲われることなどあるのだろうか。半信半疑ながらも、肝心の話題に移る。


 彼女を救うという条件付きで。


「教えてよ、百茂ちゃん」

「えー。しょうがないなぁ」


 彼女が情報の供与に前向きになると同時に、警備員に動きがあった。僕の背後にいた男はただ欠伸をかみ殺して、目の前の状況を上司へ報告するか見極めているだけだった。だが百茂の後ろに立つ男は様相が異なる。警棒から手を放した。それはただ黙殺するのみにあらず。確実に百茂の命を奪うための道具へと手を伸ばす予定らしい。


「鬼児の会は20人くらいの組織なんだよ」

「頭の名前は分かる?」

「いんや。全然。私は降り込みしか見ないので」

「でも構成人数は分かるんだ」

「だって、依頼人とは直接話しますからー」


 彼女は親指で後ろに立つ男を指差すや否や、両手の中指を立てた。主張が激しすぎるけど、言いたいことは分かった。彼女は雇用主に対して腹を立てているようだ。そこにつけこむ僕は悪人ではないのだろうか。少し悩んでから、意味がないことだと首を横に振って諦めた。今は情報源の確保を優先しよう。


「鬼児の会の目的は?」

「さぁ?」

「鬼児の会の会員にはどこに行けば会える?」

「それはね――」


 彼女が口を開こうとした瞬間である。

 彼女の背後にいた警備員が拳銃を抜いた。

 同僚がいて、第三者もいて、とんでもない度胸だ。


 威嚇などは目的としない、殺意の籠った一撃になるはずだった。拳法家も背後からの拳銃に対応できるほどに優れた人間は少ない、それを重々承知しての行動だろう。口封じとしては乱雑だが、概ね正しい行動だったと思う。ただし、それは事前に相手が察知していない場合だ。


「避けろ!」


 僕が叫んだ瞬間、百茂が横に飛ぶ。

 ついでに僕も横に飛んだ。


 拳銃の発砲音を始めた聞いた僕にとっては、なんだか拍子抜けするような音だった。慌てたように僕の側にいた警備員がどこかへと駆けていき、百茂の側からは殴り合う音が聞こえてくる。跳弾に注意しながらそっとガラス戸の向こうを覗くと、百茂が警備員を取り押さえているところだった。手錠の掛かった腕をうまいこと利用して、相手の動きを封じている。


「ねぇ、君。ひょっとして武術の心得があるタイプ?」

「はっはー。あるわけないじゃん」

「マジか。プロ顔負けの腕前だぜ」

「どうも。センキュー。……なんか、本気で口説いてくるね?」


 嘘は吐けない性質だからね。


 警備員を背後から抱きかかえるような形になって、百茂は無傷のまま拘束に成功している。武術的な心得を持っていないと断じた彼女が、見知らぬ男を羽交い絞めにしている様をみると不思議な心持になる。僕の見立てが甘かったのか、彼女が土壇場で才能を開花させたのか。能ある鷹は爪を隠すと言うけれど、彼女の場合は爪の使い方を知らぬまま空を飛んでいた、というところだろうか。 


 彼女の側の部屋で扉が開く。


 僕のところから走り去っていった警備員が、同僚の男を捕まえるところだった。いやー、よかった。これで百茂が取り押さえられたら僕も万事休すだからね。警備員同士が揉み合うも、百茂の加勢によってすぐに形勢が定まった。ほっとした顔でガラス戸に寄りかかる彼女に声を掛ける。


「命を救った礼はしてくれよ」

「チューと情報、どっちがいい?」

「両方で」


 冗談だと分かっているから、僕らは盛大に笑い声をあげた。

 同僚を取り押さえる警備の男が、不思議そうな目で僕らを見ているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る