第二十二話 ~少し時間が余ったので美凪と一緒に漫画喫茶喫茶に行った件~

 第二十二話




「……さん……きてください」


 ……ん?誰かに呼ばれてる気がする。


「隣人さん……起きてください……」


 美凪の声が耳に届く。身体が優しく揺すられてるのを感じる。


「…………すまない。かなり爆睡してたか」

「あはは……私も人のことを言えた身分では無いですけどね……」


 薄らと目を開けると、苦笑いを浮かべる美凪が居た。

 時計を見ると三十分程眠ってしまっていたようだ。


「あまり眠っていると、店員さんから注意されてしまいますからね。とりあえずは大丈夫そうですけど」

「そうか……それは良かったよ」


 俺は立ち上がって身体を伸ばす。

 かなり固くなっていたようで、伸ばすと身体のあちこちから音がなった。


「あー……でも頭がスッキリしたな。昼寝としては最高の時間だったかもしれないな」

「あはは。そうですね。私も気持ち良く眠れました。そんな場所では無いんですけどね」


 猫カフェに来たのに、沢山撫でたのは美凪の頭で、猫と戯れるより眠っていた。

 なんて言うか贅沢な時間の過ごし方をした気分だな。


「さて、隣人さん。そろそろ良い時間ですのでお店から出ますか」

「そうだな。あまり長居すると他のお客さんにも迷惑になりそうだからな」


 そんな会話をして、俺と美凪は会計を済ませたあと猫カフェを後にした。


 時刻を確認すると十五時過ぎ。

 今から帰るには少し時間が早いな。

 もう少しくらい、どこかで遊びたいなと思っていた。


「帰るにはまだ早い時間ですよね。私、もう少し遊びたいです」

「あはは。そうだよな。俺も同じことを考えてたよ」


 そう考えた俺は、美凪がもし猫アレルギーだった時のために考えたいた事を提案した。


「もし良かったら、漫画喫茶でも行かないか?」

「行きます!!」


 あはは……即答で賛成が貰えたな。


「美凪に猫アレルギーがあったらそっちにしようと思ってたんだ。二時間くらいペアシートで漫画を読んだりして時間を過ごそうか」

「はい!!私、漫画喫茶って初めてなので楽しみです!!」


 なるほど。初めてだったのか。

 こいつの初めては俺が全て欲しいと思ってたからな。

 少しだけ優越感を抱きながら、俺たちは漫画喫茶へと足を運んだ。




『漫画喫茶』



 帰宅するための駅の前に、メジャーな漫画喫茶があったのでそこに行くことにした。

 幸い俺はそこの会員カードを持ってるので、利用するのも手間ではなかったからだ。


「漫画喫茶ってもっとジメジメした暗いところを想像してましたが、明るくて綺麗でホテルみたいです!!」


 店内に入った美凪は、辺りを見渡して目を輝かせていた。


「あまり褒められたものでは無いけど、ここで寝泊まりする人もいるみたいだからな。まぁ言っちゃ悪いけど、そうはなりたくないとは思うよ」

「なるほど。色々な利用客が居るんですね……」


「別に何かの犯罪に巻き込まれるとかそういうのは無いし、常識的な利用方法をしてればなんの問題もないよ」

「あはは。なるべく貴方から離れないようにしておきます」


 そんな可愛いことを言う美凪を連れ、俺はカウンターの前で店員さんを呼ぶ。

 呼び鈴を鳴らすと奥から店員さんが一人やって来た。


『お待たせしました。会員カードはお持ちですか?』


 俺は財布から会員カードを取り出して、提示する。


「大人二人。ペアフラットシートで二時間の利用でお願いします」

『かしこまりました。…………70.71番のペアシートになります。どうぞごゆっくりお楽しみください』


 伝票を挟んだバインダーを受け取って、俺は美凪と一緒に中へと進む。


「は、早いですね……」

「まぁな。それに会計は帰る時だしな」


 少しだけ驚いている美凪を俺はドリンクバーへと案内する。


「ここがドリンクバーだ。好きな飲み物を選べる場所だ」

「り、隣人さん!!ソフトクリームの機械があります!!あれは一回いくらですか!?」


 案の定。美凪はソフトクリームの機械に食い付いたな。


「実はあれも無料なんだ」

「ほ、本当ですか!?ソフトクリームが食べ放題とか天国じゃないですか!!」


「それに、隣に置いてあるチョコチップやチョコシロップ。メープルシロップも無料だ」

「そ、そんなので利益が取れるんですか!?」


 まぁ……取れるだろうな。

 一回辺りを原価にしたら良いとこ20円くらいだろ?


 そんなことを言うつもりは無いけど。


「先に言っておくぞ、美凪」

「は、はい……」


「ソフトクリームは三回までにしなさい」

「ガーン!!!!」


 これでも多い方だと思うけどな。


「あまり食べると腹を冷やすからな。三回が限度だと思いなさい」

「はい……わかりました……」




 そして、俺と美凪は飲み物とソフトクリーム。漫画本を何冊かを手にしてペアフラットシートの部屋へと向かった。



「久しぶりに一巻から読みたい漫画があったからな。ちょうど良かったよ」


 俺はそう言いながら、部屋の奥に身体を移した。


「お、お邪魔します……」


 美凪はそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。


 そして、少しだけ顔を赤くしながら俺に言ってきた。


「…………ち、近くないですか?」

「まぁ……もともとはカップルシートって言われてるやつだからな」

「か、カップルシートですか!?」


 少し声が大きい美凪に、俺は人差し指を立てて「シー」とやる。


「あまり大きな声を出さないようにな。ここは公共の場だと思ってくれ」

「わ、わかりました……」


 美凪はそう言うと、真面目な表情で首を縦に振った。


 まぁ……不純な行為をするやつがたまに居たりするけど、そう言うのは稀だからな。


 そんなことを思いながら、俺は壁に背中をつけて漫画本に視線を移す。


「と、隣に行っても良いですか?」


 少女漫画を手にした美凪が、少しだけ不安そうな表情で聞いてきた。


「あはは。良いぞ。せっかくだから隣合って読もうか」

「は、はい!!」


 ペアフラットシートの利点を活かして、俺と美凪は肩を寄せ合って漫画本を読む。

 こういう時間も悪くないな。なんて思ってた時だった。


『……ん…………もぅ……ダメよ……』


「……は?」

「……どうかしましたか、隣人さん?」


 俺の後ろの部屋から『いかがわしい』声が聞こえてきたような気がした……


「い、いや……その……」


『…………こんな場所で……ダメ……ん……』


「…………り、隣人さん……そ、その……」

「はぁ……美凪にも聞こえたのか……」


 たまに居るんだよ。公共の場だと言うことを忘れるやつらが……


「ど、ど、ど、どうしたら良いんですか?」

「まぁ……シカトするしかないよなぁ……」


 耳を澄ませば隣の部屋からは、女性の嬌声が聞こえてくる。

 勘弁して欲しいよなぁ……と思っていると、なんだか美凪がジトっとした目でこちらを見ていた。


「ど、どうしたんだよ……美凪」

「他人の声でえっちな気分になってませんか?」

「…………え?」


 そ、そんなことは無いけど……


 美凪はそう言うと俺の身体に腕を回してきた。


「み、美凪!?」

「ダメですよ……他の人でそういう気分になるのは私が許しません……」


 美凪の柔らかいところが色々当たって、隣の部屋の人の声どころでは無くなってくる。



「なってない!!なってないから離れてくれないか!!」

「嫌です。私が満足するまでは離れません」


 ま、マジで言ってるのかよ……


「ぐ、具体的にはどのくらいの時間をこうしてるつもりなんだ?」

「あと二時間はこうしてようと思います」

「に、二時間!?」


 この場にいる時間ずっとかよ!?


「貴方がいけないんですからね。他の女の人に鼻の下を伸ばすから……」

「の、伸ばしてなんか……」

「伸ばしてました!!むーー!!!!許しませんからね!!」


 ギューッとこっちを抱きしめてくる美凪。

 理性の限界が刻一刻と迫ってきてるけど、こんな場所で一線をこえるわけにはいかない。

 少なくとも、俺は美凪の声を他の人間になんか聞かせたくない。


 だから俺にはわからないんだ。

 なんでこんな所で、そんなことを出来るんだろうな……


 俺は美凪の身体をそっと抱きしめ返しながら、二時間我慢のときを過ごしたのだった。

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