第二十三話 ~LHRでは意外な人物が学級委員に立候補をしてきた件~

 第二十三話





 昼ごはんを食べたあとの五時間目は音楽の時間だった。


 飯を食った後に音楽とは、かなり眠気との戦いになりそうだな。

 なんて思っていると、先生からは意外な言葉が出てきた。


『音楽とは癒しであり、苦痛であってはならない』


『昼ごはんを食べて眠気もあるだろう。私の授業では存分に睡眠を取ってもらって構わない』


 ざわ……っ!!


 俺たちのクラスに激震が走る。

 桜井さんだけは訳知り顔で頬笑みを浮かべていた。


『私はこれからピアノを弾く。その音楽を楽しみながら、耳を養いなさい。その時に、眠ってしまっても結構。睡眠学習が出来るのも音楽の強みだ』


『テストでは音楽の『知識』についての確認しか出来ない。そんなものは机の上で勉強すれば簡単に身に付くだろう』


『しかし、音楽を楽しむ『耳』を養うには上質な音を聴くしか方法が無い。私の授業はそうした耳の教育に充てていく』


『それでは、私の奏でるピアノを聴きなさい』


 先生の奏でるピアノの音色はとても美しく、素人目……いや、耳か。を持ってしても至上の音楽だと思えた。


 後で調べたところ。この音楽の先生。久遠くおん先生は、世界的にも有名なピアニストで、高校の先生になったのは本人たっての希望だったそうだ。


『未来ある子供に、音楽を楽しむ耳を持ってもらいたい』


 そう言って先生になったようだ。






「ば、爆睡してしまいました……」


 五時間目の音楽の授業を終え、教室に戻ってきた俺たち。

 隣の美凪は少しだけ恥ずかしそうにそう言ってきた。


 確かに口を大きく開けて寝ていたのは印象的だな。


「あはは……俺も寝てたからな」


 そんな話をしていると、教室の扉がガラリと開く。


「うーし。お前ら、そろそろLHRの時間だ。席に着け」


 山野先生がそう言って教室に入って来る。

 それと同時に、六時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。


「よし。それでは朝も話していたように、この時間では各委員を決めていく。まずは学級委員を決める。そして、それが決まったら学級委員が司会となって各委員を決めていく。その流れだ」


「希望者が居ない場合は時間もあるから『くじ引き』になる。このくじ引き箱には各委員を書いたくじが入っている。それを引いてもらうことになる」


 山野先生はそう言うと、くじ引き箱を教壇の上に置いた。


 用意のいい先生だよな。


「ちなみにこのくじ引き箱は、去年の卒業生の寄贈品だ。使い勝手が良いからありがたく使わせてもらってる」


 山野先生は笑いながらそう話した。


 こ、この人は毎年こんなことをしてるんだな……


「それではまずは『学級委員』から決めていくぞ。男子の学級委員に立候補する者は居るか?」


「はい!!自分が立候補します」


 俺はしっかりとそう発言をし、立候補をした。


「ふむ。海野凛太郎が立候補したな。他には居るか?」


 山野先生がそう言って周りを見る。


 しかし、他の生徒は立候補しなかった。


 まぁ、こんな事をやりたがる奴は居ないよな。


「他の立候補が無い。では海野凛太郎が学級委員で異議のない者は拍手をしろ」


 パチパチパチ……


 クラスメイトから拍手が起こる。

 よし、これで承認された。


「では賛成多数で海野凛太郎を男子の学級委員とする。海野、前に来なさい」

「はい」


 俺は席から立ち上がり、前に行く。

 そして、一言挨拶をする。


「学級委員になった海野凛太郎だ。別に偉ぶるつもりは微塵も無いないから安心してくれ。皆の雑用係みたいなもんだと思ってる。俺は部活に入るつもりが無いから、部活をやってるやつがそれに集中出来るようにしようと思う。一年間、よろしくお願いします」


 俺はそう言って頭を下げた。


 幸也と奏を中心にクラスメイトが拍手をしてくれた。


「では、次に女子の学級委員を選出する。女子で学級委員に立候補する者は居るか?」


 居ないだろうなぁ……

 多分くじ引きになると思うんだよな。


 なんて思っていると、


「はい!!私が学級委員に立候補します!!」

「……美凪」


 美凪優花が俺の目の前で手を挙げて居た。


「ふふーん!!学級委員なんて大役は隣人さんだけでは不安ですからね!!このパーフェクト美少女の美凪優花ちゃんが、しっかりとサポートをしてあげるです!!」

「あはは……そうか……」


 俺が苦笑いを浮かべながら美凪の言葉を聞いていると、


「そうか。なら女子の学級委員は『くじ引き』で決める事になるな」


「「……え?」」


 山野先生の言葉に、俺と美凪は疑問符を浮かべる。


 その視線の先には


「あはは!!私も学級委員に立候補させてもらおうかな!!」


「「さ、桜井さん……」」


 桜井美鈴さんが手を挙げて立候補をしていた。


「な、何で桜井さんが学級委員に立候補してるんですか!?もしかして、隣人さんを狙ってるとか……っ!!」


 もう美凪は俺を隣人さんって呼ぶのを躊躇わなくなったな。

 それはそれとして、確かに気になるな。


 あの『超絶ブラコン兄狂い』の桜井美鈴さんが、何故学級委員に立候補したのかを。


 そう思って彼女に視線を向けると、


『私が海野凛太郎くんを狙ってる?ふふふ。美凪優花さんも冗談が好きだね……』


「……ひぃ!!!!????」


 昏く淀んだ瞳で、桜井さんが美凪を見据える。

 あまりの威圧感に、美凪が悲鳴を上げた。


 その様子を見た桜井さんは、『瞳の色』を元に戻して、威圧感を解く。


「私が立候補したのは『お兄ちゃんに会うため』だよ?」

「お、お兄ちゃんに会うため……」


「ひと月に一度開催される学級委員の集まりがあってね、それの司会は生徒会長がやることになってる。つまり、学校でお兄ちゃんに会えるの!!」

「お、お兄さんとは……家で毎日会ってるのでは?」


 美凪のその言葉に、俺だけで無く、クラスメイト全員が首を縦に振った。

 だが、桜井さんはその言葉を笑って一蹴した。


「あはは!!家で会えるのは当然だよ?でもさ、学校でも会いたいよね!!妹なら当然だよ!!」


 兄を持つ女子生徒がみんな首を横に振っていた……


「さぁ!!美凪優花さん!!学級委員の座を賭けてくじ引きで勝負だよ!!」


「私のお兄ちゃん愛が勝つか、美凪さんの海野くんへの愛が勝つかの勝負だね!!」

「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!???わ、私は隣人さんを愛してなんか……っ!!」


「はぁ、もう茶番はいいからくじ引きをしてくれ……」


 山野先生がやれやれと言った感じで二人にくじ引きを促した。


「先手必勝!!私が先に引きますよ!!」

「あはは!!いいよ、美凪さん。私は残り物には福があるって言葉を信じるよ」


 美凪が先に教壇へとやって来る。


 その姿を見た山先生がボソリと


 ……二年前のことを思い出すな。あの時は正妻が負けたがな。


 なんて呟いていた。


「ふふーん!!別に隣人さんが好きだとかそういう訳では無いです!!ですが、負けるのは嫌なので私が勝ちます!!」

「あはは……そういうことにしておくよ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、美凪がくじ引きを引くのを確認した。


 美凪がくじ引きを終えたタイミングで、桜井さんがやって来る。


「あはは。君たちの蜜月の関係に水を差してごめんね。だけど、私にも譲れない理由があるからさ」

「あはは……まぁ、どっちが学級委員になっても、手を抜かないって約束するよ」


 俺がそう言うと、桜井さんは笑った。


「海野くん。君は好い人だね。私がひとりっ子だったら惚れてたよ」

「それは光栄だね」


 なんて言いながら、桜井さんは残ったくじを引き抜いた。



 そして、


「それでは二人とも、くじの中を確認しろ。紙に『学級委員』と書かれていた方が任命となる」


 山野先生の言葉で二人が紙を開いて中を見た。


「あはは……そうか……」


 桜井さんが笑って天を見た。


「ふふーん!!やはり私は勝負事に強いパーフェクト美少女の美凪優花ちゃんです!!」


 美凪は笑いながら、引き抜いた紙を俺に見せる。


 そこには、


『学級委員』


 と書かれていた。


「おめでとう、美凪優花さん。いやー負けたよ。まさか私のお兄ちゃん愛を上回るレベルで美凪さんが海野くんを愛しているとはね!!」

「あ、あ、あ、愛してないです!!感謝はしてますし、好意を持ってるのは認めますが、愛しては無いです!!」


 こ、好意は持ってくれてるのか……


 お前……焦ってとんでもないこと言ってるぞ……


 アワアワと手を振る美凪を、クラスメイトが温かい目で見てるのを、きっとこいつは気が付いて無いんだろうな。


 俺はそう思いながら、美凪のことを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る