第16話 勇者対魔王②

「行け!貴様ら!」


 クァーバが飛び出した時、セロハは既にクァーバの真正面に立っていた。クァーバは驚きもせず、白刃を振るう。セロハはソレを最小限の動きで躱す。

 俺の目からはセロハの体がブレる様にしか見えない。攻撃を受けるたびにブレる。

 セロハが聖剣を振るった。クァーバはソレを白刃で受けようとし、寸前で回避した。

 地面に叩きつけられたセロハの聖剣からは衝撃波のようなモノが、一直線に地面を抉り斬り裂く。


「良く気付いたね。だけどこれならどうだい?」


 セロハの聖剣が輝き、光に染まっていく。辺りを照らすほどの光が聖剣を覆った。


「『聖剣解放グランシャリオ!!』」


 輝き満ちた聖剣から、凄まじい光量の閃光が放たれる。


「ッッ…!『偽魔剣解凍プロト・グラフラムダ!!』」


 クァーバは咄嗟の判断で、恐らく白刃の力を使ったのだろう。

 白刃は黒く染まり、暗闇をさらに濃い闇が覆いつくす。

 閃光が当たる瞬間、剣を薙ぐように振るった。閃光は少しだけ削れ、その隙にクァーバは攻撃範囲から逃れていた。閃光は掻き消える様に空に消える。

 セロハの聖剣の一撃を渾身の力で白刃の力も使い、躱したクァーバは後方に跳び、息を深く吐いた。


「さすが。初代勇者…強いですねぇ…」

「疑似的な魔剣の再現か…王国もよくやるね…。腕試しはもういいだろ。次は本気で来い」

「ハハハ、ばれてましたか。では、本気で行かせていただきます。後悔なさらぬように…」


 瞬間二人とも姿が消えた。それに合わせる様に、俺とネロの方にも仮面の騎士達が襲い掛かってきた。

 二人の戦いに見とれている暇はない。


「合わせろ、ラキ!『絶影』からの『影天』!!」

 影と斬撃をすり合わせ、俺を起点として円形状に展開し滞空する斬撃だ。攻撃用というよりは防御用と言った方がいい。滞空する円形の影は何かに接触すると棘が飛び出す。少なくとも、牽制にはなるだろう。


 ネロが態勢を低くし飛び出した。両手には二対の絶剣を持っている。

 素早い軌道で仮面の騎士達を翻弄し、確実に始末していく。

 いつもの敵意の無い攻撃だ。対象に対してなんの感情もない。絶死の一撃。


「終幕…」


 ネロが絶剣の血を払うと同時にバタバタと仮面の騎士達が倒れていく。


 俺は影天をハルカの周りに纏わせ仮面の騎士に突っ込む。

 こいつらは、ネロよりもはるかに弱い。それだけで勝算はある。


「ラキ、『偽装弾体フェイクバレット・自立起動』、『形態変化モードチェンジ獣化ビースト』」


 別れたラキの姿が、獣じみた姿に変わる。

 この形態は戦闘のサポートをするためのものだ。ネロとの稽古で身に着けた技の一つ。


「奔れ、ラキ」

「グガァアアアアア!!」


 雄たけびを上げるラキの影から円形に十字方向へと影が伸び、それぞれ獣の姿をとる。この四つの影はそれぞれ役割が違うのだが、今回のような掃討戦では一種類しか使わない。


「『自動標的設定オートロック狼形態モード・ウルフ』」


 バシャリ、と、水が弾ける様な音がして、設定した影が狼の姿に変化する。

 敵を執拗に追いかけ、狩る姿。



「研ぎ澄まし、食い千切れ『球状分離体スクランブルスプレッド』」


 十字に展開した影が、球状に膨れ上がり、全方向へと地を這い地面を斬り裂く。そのまま仮面の騎士達の影に群がり、一気に喰いかかった。

 仮面の騎士は剣を振るうが、影には当たらない。何せただの影なのだから。

 対象の影に潜行したラキの影は、敵対象の内部からハリネズミの様に棘を飛び出させ、対象を絶命させる。

 わずか一瞬で周りにいた仮面の騎士達は、ネロと俺の攻撃で、全滅した。

 と、思っていた。

 ハルカの周りに浮かせていた影天を解除した瞬間に、何処に隠れていたのか、十数名の仮面の騎士達が、ハルカの周りを取り囲んだ。

 騎士達は人質を取ったつもりだったのだろう。

 が。

 ハルカは呆れたように溜息を吐き、蒼魔女ブルーウィッチを回し地面に杖の先を叩きつけた。


「『疾風緋術ヴェクタス風魔の怒りヴァリディオプス』」


 瞬時にハルカの周りを覆う様に出来た竜巻のような風が、仮面の騎士達を弾き飛ばし切り刻んだ。


「私だってせっかく活躍できると思ったのに…これで終わりなんて言わないわよね?」


 ハルカはくるくると蒼魔女ブルーウィッチを回している。


 もう数十は片付けたはずなのだが、なぜか仮面の騎士達の死体は消えていた。

 正確には殺すたびに消えて増えるのだ。

 これは恐らく法術か魔法で、本体がどこかに居る筈である。


「ハルカ、狙い撃ち出来るか?」

「ちょっと無理。ギリギリ私の攻撃範囲外にいるわ」

「そんなに遠距離から分身を操っているのか?」

「そうみたいね。光が見えるってことは魔法なのは確定なんだけど…」

「それなら事象基臓を使えばいい。こんな時のための歪曲兵器だよ」


 ネロが仮面の騎士達を無慈悲に狩りながら言った。

 確かに。試す価値はある。


「ハルカ、駆動剣の事象基臓でブーストしてみよう」

「いいわよ、駆動剣に緋術をぶつける感じでいいの?」

「それでいい。全力で頼む。場所の目星もついている」


「じゃあ、いっくわよ!『疾風緋術ヴェクタス風神王の聖剣グラフィリード・シャリオン』!!」


 蒼魔女ブルーウィッチから放たれた剣の形をした緋術が俺の駆動剣目掛け飛んでくる。


「駆動剣、起動オン『事象基臓、駆動』!!」


 空間が歪み、発生した黒点に緋術が吸い込まれる。

 夜の国から南方の魔法使いがいるであろう場所の上空に巨大な陣が展開され、事象基臓でブーストされた緋術が、強大な一撃となって大地を穿つ。

 衝撃波のようなモノはこちらまで微かに届く程度だったが、爆心地は相当に酷い状態だろう。

 仮面の騎士達の動きが止まり霧散した。恐らく魔法使いが死んだからだ。


 セロハの方を見る。決着は既についていたようで、十字に斬られたクァーバがあおむけに倒れている。白刃は折れていた。

 セロハは無傷だった。聖剣にも血の色さえなく、輝いている。


「ちょっと様子見してたけど、無事終わったみたいだね。後でガロにも感謝しな。あの子が居なかったら遠目の始末は出来なかったわけだし…ん?」



「クハハ…ハハハハハ!!」



 笑い声が聞こえ倒れていたはずのクァーバが操り人形の様に立たされていた。

 セロハの顔が険しくなった。


「こんな時に来るとはね…面倒っちゃありゃしない…」

「まさか、魔王か?!」

「正解…それも特別やっかいなのがね…。ネロ!法術でクラウス達をガロの元まで逃がしな!」

「俺だって…」

「戦えるって?駄目だ。足手まといが過ぎるからね…今回は…!」


「初めましての諸君、三度目の邂逅の初代勇者、二度目の二代目勇者、元気かい?」


 クァーバの後ろに、いつの間にか人影があった。

 見た瞬間に悪寒が体を包んだ。

 俺でも分かる。悪意の塊だ。あれは、まさしく魔王と言ってもいいだろう。

 魔王の後ろには死体が列をなして直立している。惨い光景だ。


「死の魔王『デバル』…貴様、何のつもりだい?」

「つれないなぁセロハ。昔は一緒に戦った仲じゃないかい?」

「二十年も前だろう、裏切り者がよく言うね」

「こんな楽しそうな事をしておいて、私をなぜ呼ばないのか、理解に苦しむね」

「歪曲空間に閉じ込めてやったってのに、どうやって…。そうか、さっきのクラウスの…。面倒なことになったね…。ネロ、法術はどうした!」

「封じられている…発動しない…!」

「あぁ…もちろん空間は閉じさせてもらった。私を殺さない限り出られない。あの時と同じだよ、なぁセロハ?」

「あの時と同じ?そんなことさせるわけないだろう…!貴様はここで今度こそ、完全に殺すことにする」


 ニヤリと悪意の塊が笑う。ソレが体を動かすたびに、恐怖が体を支配する。


「今度は楽しめそうだ!勇者二人に出来損ないと魔人と謎の術を使う女…」

「さて、何分持つかな?」


 セロハの聖剣が黄金色に輝く。光は暗闇を侵食していき…辺りを照らすまで広がった。


「何分?たわけた事を抜かさない事だね、デバル。一撃で終わりだよ」

「持たせて見せろセロハ!今度は護りきれるかな?」




「『終末技巧デッドエンド』!!!」



 漆黒とも言える黒い闇が、魔王デバルから放たれる。


「いいかい、私の後ろから出るんじゃないよ!」


 セロハは大きく息を吸って、聖剣を掲げる。そして叫んだ。


「『聖剣解放グランシャリオ』!!!」


 聖剣の黄金色の輝きが、更に増して闇をかき消した瞬間、夜の国の広場で戦っていた筈の俺は、全く別の空間にいた。


 いろんな絵の具で塗りたくった様な空間だ。何もかもがぐちゃぐちゃしている。


「ようこそ、私の領域へ」


 俺は一人だけになっていた。ラキもいない。勇者形態も解除されている。


「君は特別に私の本体と戦わせてあげようと思ってね…セロハの顔が見ものだよ。まぁ君が諦めれば、それで瞬殺して終わりなんだがね。どうかな?」

「悪いが、俺は諦めが悪いんだ。お前を倒してこの空間から脱出させてもらう。来い、駆動剣!」


 空間を斬り裂いて、駆動剣が足元に突き刺さった。俺は駆動剣を構え前を見据える。

 正直を言えば恐怖はある。だが、俺は諦めが悪い呪いがある。こんなところで死ぬつもりはない。


「いいね、身の程知らず感満載で、楽しめそうだ!」

「せいぜいほざいて、そして後悔しろ。お前が誰の前に立って、戯言を述べているか今から見せてやるよ…!」


「行くぞ!魔王!」

「来い、出来損ない!せいぜい私を楽しませてくれ!」


 俺は駆動剣を強く握りしめ、勝ち目のない戦いに身を投じた。



 いや、勝ち目はある。俺はツヴァルヘイグ猟兵団の団員で、三代目勇者だ。

 自身にそう自信を付けさせ、大きく一歩を踏み出した。


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