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祖父母の死~命を返すこと~




 アドリア達が卒業し、式を挙げた。

 でも、まだまだ私は現役で無くてはならない。

 そう思いながら仕事をしていると、祖母が城を訪れた。

「リディア御祖母様、どうしたのですか?」

「うむ、そろそろ私とロンディネの命を主神アンノにお返ししようと思う」

「え」

 命を返す、という意味くらい私は知っている。

 それは死ぬという事なのだから。

「早すぎ、ませんか?」

 思わず動揺してしまう。

「いやいや、二百も生きた、もう十分だ」

「……」

 私はしがみつくタチだから、もっと生きたいと願ってしまうだろう。

「ダンテ、お前は長生きしなさい」

「え」

「お前は生きる事の美しさをまだまだ知り終えてないからだ」

「え?」

 耳を疑った。

「お前が生きる美しさを知り終えるのには……私の倍以上時間がかかるだろう」

「……」

「ではな」

「リディア御祖母様」

 思わず呼び止めた。

「何だ?」

「……どうか、看取らせてください」

「変わった子だな、お前は本当に」

 祖母は微笑んだ、美しかった。





 終の棲家となる屋敷に私達はやって来た。

 祖母と祖父?は既にベッドで寝ている。

「少し緊張しますね……」

「怖いとかはないのですか?」

「いいえ、あるのは安息だけです」

 私は理解ができなかった。

 だって、これから死ぬんだよ、この二人は。

「ダンテ、お前は理解するまで時間がかかる、だから長生きしろ」

 祖母はそう笑うと、自分の伴侶の手を握り静かに呟いた。

「女神インヴェルノ、主神アンノよ。貴方方から頂いた命、今お返しします」

 そう言うと二人は光に包まれ、そして光は上へと上っていった。


 ガラス状の天井を突き抜けて。


 光が消え、医者が静かに口にした。

「お亡くなりになられました」

 心に重いものがのしかかり、私の目からは涙がこぼれていた。

「ダンテ……」

「これが王家では普通なのに、どうして私はこんなにも──」


「悲しいのでしょうか──」





 祖母達の葬儀は盛大に行われた。

 老若男女身分問わず、民が訪れ花を捧げた。


 手を握り合い、静かに眠るように死んでいる祖母達を私は直視することはできなかった。

「王族の方々は寿命が長いのです」

 フィレンツォがそう言った。

「だから、お返しするのです、自分が生きた証として」

「生きた証……」

 私は言葉を反芻するが、上手く自分の中で処理できなかった。





 その日は、何か一人で居たくなかった。

 伴侶達──エドガルドや、エリア達と一緒に居た。

「大丈夫か、ダンテ」

「いいえ……ちょっと不安体です、ですからどうか側にいて欲しいのです」

 私は王様らしくない、弱気な言葉を返した。

 すると、皆が私を抱きしめてくれた。

「ダンテ、お前は死が怖いのだな」

「僕も……怖いです」

「私もだ、ダンテ」

「俺もこぇえよ」

「俺もだ」

 皆が私を肯定してくれた。

「だが、いつかは避けられない。その日まで、私達は共にあろう」

 エドガルドの言葉に、皆が頷いた。

「……ありがとう……皆さん」

 私は嗚咽をこぼしながら、涙を流し、抱きしめ返した。





「いつか私も死ぬんだよね」

『それはそうだ』

 神様が言う。

「いつなのかな」

『それは分からぬ、だがお前は長くなりそうだ』

「生きるのが?」

『ああ、なかなか死なないだろうな、お前は』

「命を返さないってこと?」

 神様に問いかける。

『そういうことだ』

 予想通りの答えが返ってきた。

『お前は死ぬのが怖いのだからな』

「誰だって死ぬのは怖いですよ」

『確かに』

 神様は頷く。

『だが、いずれ命を返す時が来る、それまでゆっくり生きるといい』

「王様として?」

『退位した後も考えておけ』

「はぁい」





 夢──神様との対話から目覚める。

 今日も王としての仕事がある。

「頑張らないと」

 自分を励まし、勇気づける。


 書類に目を通し、民や貴族が謁見に来て、問題を解決等する。


 それが終わると──


 伴侶達に部屋へ押し込まれた。

「な、な、どうしたんです?!」

「だ、ダンテ様がむ、無理、してる、から」

 エリアが必死に言うと、他の皆が頷いた。

「無理、してる?」

 勿論私にそんな自覚は一切ない。

 エドガルドが呆れた様にため息をつく。

「お前は祖父母の死に傷ついている」

「え……?」

「身内の死は堪えるだろう」

「……」

 そう言われると、そうだとしか言えない。


 もっと生きられるのに、自分たちで死を選んだ。


 寿命を返すというのがよく分からない。

 もっと祖父母と交流したかったし、祖父母に恩返しもしたかった。


「あ……」


 気がついたら、私は泣いていた。

 涙を拭ってもまたすぐ涙がこぼれてくる。


──つらい、悲しい、寂しい、どうして──


 そんな感情があふれて出てくる。

「ダンテ、泣いてもいいんだぞ」

 エドガルドのその一言に、私は泣いた。


 年も身分も、忘れて泣いた。


 いつか父母も同じように寿命を返して死ぬときが来るのが脳裏をよぎる。


 そのときも、きっと私は耐えられないだろう。

 肉親の死には耐えられない。

 生き汚い私にはとうてい無理な事だ。


 そして──


 私もいつか寿命を返す日が来るのだろうか?


 それが分からないままだった──







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