第37話 双子

 僕の親友にある双子がいた。実名を伏せるために仮にショウとユウヤとしておこう。ショウとユウヤはいつでも何かで競っている、常に神経を尖らせた仲の悪い猫同士と言えばいいのか、しのぎを削る爆発しそうな星みたいな双子であり、身体がガリガリに細くて暗い両眼を光らせた常に波乱を抱えた厄介な同級生だった。ショウが影なら、ユウヤは閃光だった。月と太陽や、火と水や、そのような対象的なものならなんとでも言い換えられる。その時僕らは田舎の小学生で、僕は勉強が出来なくてグズだったが二人は算数のテストの点数で勝負し合っていた。ユウヤが99点で、ショウが100点をとった時に、僕は学校からの帰りに何か良くないことが起こる予感がしたが、校庭でグレイハウンド犬のようなものが互いに噛み合っていると思ったらそれはショウとユウヤだった。先生たちが校庭に集まってこの双子の喧嘩を止めようとしたが、髪を引き千切り腕や足から血が迸るまで噛み合う獣のような闘いをどう止めればいいのか。数時間後に疲れ果てて喧嘩に飽きた双子と家まで帰る時に僕はなんであんなことしたのと訊いたら、どうも算数のテストの点数がどうのという理由ではなく、その頃僕らが夢中になっていたスター・ウォーズのキャラをどっちが多く覚えられたかという遊びで競っていたら火が点いたらしい。ショウが「ゼネラル・グリーバス」、ユウヤが「グリーフ・カルガ」と言い、青筋の立った二人は沈黙に耐えられず、色とりどりの風船が順々に割れるように二人は闘っていた。ところで僕らの家まで帰る道にはちょっとした川がある。僕はやめろと言ったのだが、そんなことを言う暇もなくもうショウが素手で鱒の頸を捻っていた。俺にそんなことできない筈はないだろとユウヤが怒りながら唾を吐くとTシャツをビリビリと破り裸になって川に飛び込んだ。ちょっとした流れと深さのある川なので僕は心配になったが、ユウヤはものの五分で鱒を口で噛み、右手に一匹、左手に一匹という状態であがってきた。僕は小太りでグズだったが、この勝負には終わりがないだろうということを想像して、二人を石で殴って、二人が泣くまで辞めさせた。


 高校生になり僕ら3人はたまたま同じ高校に進学し、片方が荘子の一片を諳んじるともう片方は3篇で応じ、読書部の創作の課題ではショウが頭の狂った存在しないヤキトツカという国の国王がお隣さんの詩人の書いた詩を注釈するという小説の構想を練ると、ユウヤは僕らが住んでいる街を15章に分けてそれぞれ違う文体で24時間を活写する前衛小説を書き始めた。結局二人はあまりにも尖りすぎたので読書部の面々から嫌われて化学部に移ったのだが。読書部に独り残った僕は、彼らの噂を良く聴いた。放課後の理科室で、運良く珍しく手を組んだショウとユウヤは、マクスウェルの悪魔がどうだとかなんだとかいう理論に夢中になりその中に人間が入れる暗箱のようなものを作ったが、青い導火線と赤い導火線を繋げた瞬間にショウとユウヤと顧問の先生と理科室はこなごなになりかけた.....だとか。読書部を去ってから、双子は、同じ双子の魅力的なガールフレンドができたらしく、それから僕は疎遠になった。


 ショウとユウヤの思い出の中でもいちばん怖ろしかったのは中学生の時に「まんじゅやしき」と呼ばれる川の深みで息止め合戦をした時だ。簡単なルールで、どっちが長い時間川の中で息を止めて水の中で滞在することができるかを競うのだ。僕はまた危ない予感がしたので二人を石で殴ろうとしたが面白かったので止めずにアイスを食べながら眺めていた。最初は5分置きに身体に水藻を絡みつかせて、二人は互いに深みから出てきたが、その次は三十分置きに、次は四十分.....と、次第に潜水時間が長くなってきた。1時間ばかり経って、僕は深みに石を投げた。その深みに、石は無反応という波紋を拡げた。生き物がいる気配がなく、呼びかけても声はしない......僕の困った友達、ショウとユウヤはもう死んでしまったのだ、あの胸踊らせる闘いはもう見られないのだ、と僕は泣いた。と、離れたほうの川岸を見ると、ショウとユウヤは異様に大きな怪物級の鯰を二人で笑いながら捕獲したところだった.....

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