第18話 無題
その時、その街、その幸せな家庭では、もうすぐクリスマスがやって来ようとしていて、子どもたちは焦り気味で駆け足のようにボタボタと空から降ってきた大雪に大興奮していて、朝から雪玉を互いに投げつけ合い、ブーンと弧を描いて飛んだ雪玉が隣の家に住んでいる、あまり幸せそうでない老人の顔に当たって粉々になった瞬間を、彼らは目撃していなかった。老人の名前は誰も知らなかった。独り暮らしで、表札もない。ときおり子どもたちはピンポンダッシュをした程度のもの。それ以外は一切関心を払わなかった。その老人には奇妙な噂があり、事実おじいさんなのだが、魔女に特有のオレンジピールみたいな芳香が常に彼の周りにはまとわりついており、同級生の奴なんかはあいつが黒猫を96匹ぐらいクビ根っこに紐つけて真夜中に散歩してたよと言ったりした。誰それが俺も見たよ、と言い、でもあいつは96匹じゃなくて俺が正確に数えた時は93匹だったと言い、またまた別のソバカスのついた女の子は私が見たときは92匹だったと喚き、あれこそ妖術師だし、夜の散歩のあとに街灯の下で、紫の煙に包まれた後には猫達ともども姿を消した!と言ったりした。だいたいあの老人の家の庭には観葉植物が多すぎるし、全部が全部、気味の悪い多肉植物だとか見たこともないような方向に曲がりくねった食虫植物がプラムケーキが入っていた汚い缶からニョキニョキと顔を出している始末。だが、たいがいのお伽噺のはじまりのようにこの話は楽しく、子どもたちの舐めるレモンドロップのように甘く懐かしく雪玉と一緒に転がっていきそうだが、悲しいことに今回はあまりうまくいかなそうだ。なぜなら老人は...倉庫からウィンチェスター銃を取り出し、朝の10時だと言うのに外敵に向かいめったやたらに発砲したからだ...
だが子どもたちは無傷だった。そのウィンチェスター銃は近所のホームセンターで売っている玩具であり、正真正銘のガラクタだった。
「バーン!」
と老人はボソボソ言って、家に戻った。
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