第5話

「はあ、これからどうすればいいのみゃ…」


 アーミャは冒険者登録が終わると、栗色の尻尾を垂れ下げて途方に暮れていた。


 いつも一緒に旅をしていたパーティーメンバーの姿はどこにもない。つまり、ボク一人だけで行動しないといけないわけだ。


「何かをするにしても、ずっと剣術士の、ああ…みゃれ?」


 大雑把な性格の割には、いつも的確な指示をくれる剣術士の名前が思い出せない。


 傷ついた仲間を癒し、時には強力な魔法で支援してくれる魔法使いも。


 いざという時に頼りにしていた、忍者のあの人も。


 幸せになって欲しかった、あの子の名前も。


 パーティーメンバー全員の名前が全く思い出せない。思い浮かぶのは意味のわからない「ああああ」の四文字。こんな意味不明な文字が名前のはずがない。


 それに、憎くて許せなくて、一生忘れないと思っていた裏切り者の竜騎士の名前さえも綺麗さっぱり忘れている。


「みゃ…みゃんで…?」


「おっと嬢ちゃん、そこをどきな!」


「みゃみゃっ!?」


 ボクに話しかけてきた男性は、冒険者ギルドの中に数人でウルフを運び入れるところだった。


 冒険者ギルドを出てすぐの所でぼーっと立っていたらしい。黒目を丸くして慌ててその場を離れた。


「じゃみゃ、してたみゃ…」


 こんなことをしていいのは帝国兵かモンスター。それに、助けを求める村人くらいだ。


 ここにいるとまた邪魔になる。ボクは行く宛もなく町を散策することにした。


 はじまりの町でパーティーメンバーを夜まで探したけど、誰も見つけることが出来なかった。歩き疲れたボクは宿屋で寝ることにしたのだった。


 ●


 夢を見た。


「そうだな、よし! 料理は十二人前頼むか!」


「今の俺たちならそれくらい楽勝っしょ!」


 パーティーメンバーの「ああああ」が「ああああ」の突拍子もない提案に乗った。そんなに頼んだら、ただでさえ少ないお金が12Gぽっちになってしまう。


「え? それはちょっと…」


「…最後なんだし、いいじゃないか」


 普段、ボクに浪費癖を直せと口煩く言ってくる「ああああ」まで乗り気だ。


 今から料理を食べても、この食事の消化が終わる頃にボクたちが一人でも生き残っていたらこの世界は終わる。


 だから、どんなに食べても無駄な食事でしかない。無駄だとわかっていても、なぜだかボクも料理を頼まずにはいられなかった。


「…わかったよ。頼もう」


 最後の晩餐だ、少しは無理をしてもいいよね。


 エルフのボクとしては、生き物の命を無駄にしているようで、大食いみたいなことはあまり気乗りしない。


 でも、ボク達の食事はこれで最後。最後くらい、これまでの冒険を盛大に祝ってもいいはずだ。旅ではあんなことやこんなこと、強い敵と何度も戦った。


 たたかっ…た?


 あれ、おかしい。


 今までどんな旅をしたのかが全く、なにひとつとして思い出せない。ここまで色々あったはずなのに。


 ま、まあいいか!


「「「「乾杯!」」」」


 ここはお酒の席。


 そんな些細な事は飲んで忘れることにした。ボク達四人は最後の夜、浴びるほどお酒を飲んだ。テーブルいっぱいの食事を食べきった。


 食べ終わると、すぐに次の町を後にした。

 ボクの顔は真っ赤に染まり、普段は小さいお腹が珍しくパンパンに膨らんでいたのは内緒だ。


 ●


「…みゃんぱ~いっ!」


 目が覚めると宿屋にいた。


 寝ぼけ眼をゴシゴシと擦りながら尻尾をどかして起き上がる。まだ尻尾がついていることに慣れていなくて体に巻きついていた。


 足を床につくと同時に夢の最後の部分を思い出して叫んだ。


「そうみゃ! 次のみゃち!」


 はじまりの町の次に向かう町だから、次の町。町に名前がないから、ボク達はそう呼んでいた。


 夢が本当の出来事だったのなら、みんなは次の町にいることになる。そこからどこに行ったのかは覚えてないから、頼りになるのはこの夢だけ。


 次の町に行くためには、お金が必要だ。

 でも、宿屋に泊まったボクに残されているお金はほとんどない。


 ベッドの上で猫耳をぺたんと前に倒していると、あることを思い出した。ボクはこのはじまりの町で剣術士に知り合った直後、金策と称してあることをされた。


 それは次の町に行くのに必要なことで、再加入する頃には元に戻るから大丈夫だと言われて行われた。


 無事に次の町にも行けたし、ちゃんと元にも戻ったから剣術士の指示は本当に的確だった。その時と同じ事をすればいいと安易に考えたボクは、片手を上げて気合いを入れた。


「そうと決まれば防具屋みゃ!」


 ●


 ボクはそんな軽い気分で防具屋に行き…


 消費アイテムやアクセサリー。


 帽子に手袋それに靴。


 そして…


「へにゃあああああ…」


 チュニックの売却が終わって、現在に至る。


 昨日から装備を変更していなかったから気がつかなかったけど、どうやら猫獣人になったことで胸も少し膨らんでいたらしい。


 チュニックの下には、ちゃんとアンダーウェアを上下着ていた。そのことに安堵すると、その場でペタンと座った。


 売却をする前にボクは「武器以外、全部売却みゃ!」と言った。言ったこと、すなわち選択したことは必ず実行される。


 それが、この世界のルールだ。


 でも、もう売るものはない。なのにも関わらず、手はまだ自由に動かない。誰かに操作されているかのように、手が勝手に動いていく。


 そして…


 ま、待ってっ!


「それだけはだみゃっ!!」


 ボクの手が、最後に残ったふたつの防具に狙いを定めた。


 そのひとつである、逆三角形の防具をがしっと掴んだ。それを脱いだら、ボクは一糸纏わぬ姿になってしまう。


 そんなのは絶対ダメ。


 ダメったらダメだ。


 下着姿は仲間に見られたことがあるからセーフだけど、それ以上はアウトだ。まだ家族以外の男の人に裸を見せたことなんて一度もない。


 初めては、こんなよく知らない店主に見せるよりも好きな人に見せたい。


 …まだ好きな人はいないから、ボクのことが好きな人でもいいけど。


 そんなボクの感情なんてお構いなしに、手に力が入る。足を閉じて必死に抵抗する。その抵抗むなしく、下の防具がずりずりと下がっていく。


 い、いやっ…!


 焦りから黒目が細くなり、尻尾がブワッと毛羽立つ。限界を迎えたボクは全力で叫んだ。


「キャンセルみゃああああ!!」


 パリン!


 そう叫ぶと同時に、何かが割れる音がして手が自由に動くようになった。


 売られそうになっていたふたつの防具は、なんとか守ることが出来た。売却が完了して、売ったアイテムのお金が所持金に入った。


「…まいどあり」


「た、助かったのか…みゃ?」


 しばらくその場でへたり込む。耳も尻尾も、力なくへなっとしている。装備を売ったお金で、最低限、外を出歩ける装備を買うと、それを着てそそくさと防具屋から立ち去るのだった。


 このお店、もう二度と来れないっ!!




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【ああああ】


 最速を考慮したゲームのキャラクター名。


 大抵のゲームは、名前入力の初期カーソルが「あ」の位置にあるものだ。

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