始まりは大変だっていうけどもう大変すぎてメンブレしそう、むりみ6


「ね、ちょっと待ってクレハ」


 角を曲がれば家がすぐというところでシオン君がいきなり立ち止まった。

 もしかして忘れ物じゃないだろうな……と思ったけど若干シオン君の顔色が悪い、気の所為かもだけど。あ、もしかしてお腹壊した感じ?


「どうしたん?」

「今、何時かわかる?」


 おっと実は私には内緒の約束事でもしてたのか。この幼馴染、私にも言えないような重大な秘密を隠してやがったのか!と内心荒れながらスマホの時間を見てやる。


「えーと、6時半前ぐらいやんな」


 残りの充電が少ないスマホで時間を確認して教えると今度は明らかにシオン君の顔色が悪くなった。なに、そんなにまずいことでもあんの?本当に何を隠してるのこの先輩。


「早かった……団地ぐるっと回ろか」


 そう言ってくるっと後ろを振り返るシオン君。


「え……どゆこと?」

「はよ行くで。ほら、着いてきい」

「は、え、マジでどゆことなん!?」


 珍しく久々に訛って喋るのが珍しくてとりあえず言われた通りに着いていく。

 シオン君が訛った喋り方になる時は焦ったり怒ったり感情が昂る時だけ。怒ってる様子はないし焦ってるんだと思うけど相当焦ってるな。何かヤバいことが多分だけど家で起きてるのかもしれない。

 てかさりげなーく私の右手を掴まれてるんだけどなんで??

 ちょ、お願いだから離してもろて……。


「あの、あのーシオン君??お手手離してもて……」


 トントンっと軽くシオン君の腕を叩いてからそう言ったけど全く私の声は耳に届かず、スタスタと競歩の如く歩いていく。

 普通の女子なら疲れてしまうぐらいこの人マジで歩くの早いんだけど、アリスじゃなけりゃ疲れて倒れてたわ。女の子と本当に付き合ってんのこの人?私だからこんなに歩くペース早いとかじゃないだろうな。


「もう少し遅う出たらよかったな……」

「もう少し遅う歩いてくれん?」


 もう少しゆっくり歩けと愚痴を漏らした瞬間__


「おい、何お前ら二人三脚しとんねん。やーっと帰って来たと思ったらどこ行くん?シオン、クレハ」


 低くてチャラけた声。

 ぎゅっとシオン君の握る手が強張る。


「ずーっと待っとったのによぉ、なーに女子といちゃついとるんや。シオン」


 シオンが避けようとしていた理由が今になって完全に理解した、きっとこいつに会いたくなかったからだと思う。


「わ、忘れもん……しただけですよ。アヤトさん」


 ゆっくりと振り向けば黒髪天パでだらしない服を着たガタイの良い男――私が焼肉屋で名前を使ったご本人様の岡本アヤトがそこに居た。


「寂しかったでぇ、アンタら」


 そう言って吸い終わった煙草を地面に躊躇なく捨てる。まさかここで出会うなんて思ってもいなかった、噂をすればなんとやらじゃん。最悪すぎる。


「忘れもんねー。ほんとかよ」


 睨みながらタバコを吹かし始めるアヤトに臭いからやめろ、と意味を込めて顔の前で全力で煙をシッシッと仰ぐ。受動喫煙って言葉知ってるかな??んん??はっ倒すぞこら。

 良識のないチャラチャラしたヤツは生理的に無理、なんでお前生きてるん?って言うぐらい無理。


「よ、要件はなんです?」


 手を痛いほど握りしめるシオン君の手はとても冷たく、いつもの胡散臭い笑みは消え、マジで死んでくださいコノヤロウという冷めた顔になっていた。

 めちゃくちゃ力が入ってるから相当感情が昂っているって分かるけどくっそ痛い。腕折れるからもう少しソフトに握ってくれませんかね!?普通の女の子だったらぶん殴ってるところだぞ!


「シオン。ずっと連絡中って寂しかったんやぞ。今日はおめかししてどこ行ってたん?」

「別に、クレハと遊んでただけですけど」

「別に他の日は時間あるやろ」

「最近は大会練習とバイトが……忙しゅうて…」

「ほんまか?」


 やけにシオン君を問い詰めるアヤトだけど2人は割と歳は離れている。私を通して知り合った2人だけどシオン君はこのクズから距離を取ってたから関わりはそんなにないはず……。

 なんでこんなに問い詰めるん?


「本当です……。ね、クレハ」

「ほ、ほんまやけど。なんでそんな問い詰めるんやしアンタ。キモいで」


 敬意のない先輩には敬語は使わない主義であるので私はズバッとスパッとストレートに言う。こんな奴に敬意を払う奴がいたらきっとそいつのおつむは腐った卵が詰まってるとしか言えん。


「別になぁ?可愛い後輩やから心配なんよ、なぁ?」

「そ、ですかね……」

「俺はなぁ、お前らのことが大好きで大好きで心配なだけなんよ。先輩の俺が守ってやらんとダメやからなぁ」

「クソキモ。別にアンタに守られるぐらい私ら弱くねぇから帰れ、ブンブン走ってこいや」

「そな寂しいこと言わんといなやぁ、俺悲しいわぁ……昔は抱っこしろー!って散々言いよったんに……もうせんでいいんかクレハ?」


 クズの気持ち悪い発言に盛大におええっとゲロが出てきそう。自分に酔いすぎてて草、キモイからマジ帰れ。


「てかクレハには連絡するのに俺にはしてこーへんのって酷すぎやない?忙しい言う割にはクレハと遊んどるやん。シオン、お前――」

「ごめんなさい!!!」


 アヤトが何か言いかけた時、シオン君が大きな声で謝罪をする。


「ごめんなさい‼今から、行きますから。ずっと連絡取れんの、ごめんなさい。泊りで出かけてもいいき、泊りで後で、向こうでゆうて」


 焦った言葉が住宅地に響き渡った、こんなに大きな声を出すシオン君は初めて見た。こんな、こんな感情的になるって……。

 絶対コイツ、シオン君にやべぇことしてるんじゃないん?


「だ、大丈夫なんかシオン君……」


 そう問いかけたけどシオン君は何も言わず、静かに私から手を離してアヤトの方へ行ってしまう。


「分かったわかった。ほな、クレハ。今からシオン借りてくわぁ!」


 明らかに嫌そうな顔だったシオン君の顔はいつもの読めない顔に戻っていた。絶対無理矢理元の顔を作ってる。ここは私がアイツから引き剥がすしかない。

 私が救世主___メシアになるしか!!


「ちょ待ちや!!シオン君と先に約束しとったんは私なんやけど!」

「ん?なんて?」


 ピタリと足を止めるゴミクズ。


「やから私が先に勉強教えてもらうって約束しちょったって言っとるんやアンタ!その手離せや、なんで約束もしてないアンタがしゃしゃり出てくんなや、はっ倒すぞ」


 口の悪さを最大限に引き出してとっとと離せお前圧を全力でかける。早く話さねぇなら男の急所を蹴りあげて逃げてやろう。


「隣同士やから別にいつでも会えるやろ。俺は一応社会人やからクレハ達みたいに暇な時間はないんよ。邪魔せんといてくれるか?」

「はぁ?先に約束したやつが優先やろ、約束した人が先って知らんの?社会人なら知っとるんやないの?あれれ?社会人の癖にそんなことも知らんのー?」


 煽ることによって感情が昂り、若干だけど魔力が体外に漏れる。


「常識外れもいいとこやで、前から私は約束しとった。やからはよ帰りや、アンタのせいでテストの点落ちたらどーしてくれんの?え??えぇー?」


 落ち着きながら話すのって難しい、くっそ魔力調整が上手くできないんだけど。

 人間が魔力を認識することはないらしいけど魔力が大きければ大きいほど感じやすく、人の体に支障がでやすいとアイさんが言っていたから調整を意識しないと。


「ク、クレハ…。お、おれ、へーきやから」


 感知してしまうぐらい魔力を出してしまったせいかシオン君の顔色が悪い、慌てて深呼吸をして魔力の乱れを抑える。


「クレハ。自分、ちょっと遊んでくるだけだから大丈夫。アヤトさんえー人やし、大丈夫」

「でも___」

「大丈夫。また来週教えるから」


 いやいや明らかに大丈夫じゃない、大丈夫じゃないでしょ。変な痩せ我慢やめてもっとシオン君も嫌だって言えよ!と思ったけどシオン君はそれ以降口を開かなかった。


「もう時間も時間やし俺ら行くで、じゃあなクレハ」


 強制的に話を切られて2人は私を置いて歩き去る。当然追いかけたけどバイクに乗られちゃ太刀打ちできない。

 魔法少女___アリスの身体能力を全力で活かせばすぐに追いついて無理矢理引き離せるけどアリスだと人に言ってはいけないから見つめるしかできなかった。


「アイツも……消したほうがええがやろうか…………」


 私の周りの人間を不幸にするやつもこの手でぶっ殺してやればみんなハッピーでは……と私から離れていくクズのバイクを見て静かに思う。アイツも、自分にとっても、シオン君にとって邪魔な存在だし嫌いな人達と言えばアイツも――

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