儚さは微塵もない僕のマーメイド

紫陽花の花びら

第1話

 息子が真剣に仕事を為ている。

私にとってこの上もない喜びだ。

あお、上手く行ってるか?」

「上々だよ。昨日教えて貰った裾のドレープが綺麗にできた。どう?」

「うん、良い出来だよ。これならニ日はかからないな」

 波華、蒼は良い職人になるよ。見てるか? 病室で私が涙した時、お前は力ない声を振り絞って

「母は太陽。夜明けから陽が沈むまで見えてるから。寂しくないよ」ってな。

見てるか……そうだよな。

「父さん、父さん! 僕和裁を本格的に習おうと思うんだ。色々落ち着いたらだけど。いいかなぁ」

「お~、勿論。澤先生か?」

「うん、実はもう話しは通してあるんだ。先に相談し無くてごめん」

「んなこと気にするな。お前も三十になるんだし。じきに凪ちゃんと家庭を持つ男なんだから」

いやいや思っている以上に、大人になってる。

波華、嬉しいもんだな。それはそうと凪ちゃんのウエディングドレスなんと白じゃ無いんだ。青だぞ、青。それもアクアブルーのグラデーション。生地選びに時間かかったけど、ふたりで頑張って探してきたよ。雫をイメージしたイミテーションダイヤを散りばめるんだそうだ。凪ちゃんにぴったり。蒼か? あいつはタキシードだ。白だよ。男は引き立て役だからな。

 

 私の家は三代続く町の仕立屋だ。息子の蒼で四代目になる。

蒼は職人としてはまだまだだが、デザインとパターンにセンスを感じる。最近は息子の評判を聞きつけて若い男性がスーツを仕立てに来てくれるようになったのが嬉しい限りだ。 

 不景気の中うちがなんとかやってこられたのは、二年前癌で亡くなった妻波華の叱咤のお陰だ。今どきの仕立屋は浴衣ぐらい縫えなければ潰れちゃうと言われ、私も蒼も波華に仕込まれた。

そのおかげで夏は結構忙しくさせて貰っている。

 波華は花嫁衣装を仕立るほどの腕を持っていた。近隣の県から仕立ての話が来るほどに。


「こんにちは! 田中です。」 

「いらっしゃい。出来ていますよ。さあどうぞ」

私も仕事仕事。また後でな波華。


 凪とは高二から付き合っている。だか、出逢いは学校ではなく近所の海だった。サッカー部だった僕は、夜明けの砂浜を走っていた。誰もいないその時間は本当気持ちが良んだ。

 その日も夜明け共に砂浜を走っていた。

うん? 黒いものがぷかぷか浮かんでいるのが視界に入ってきた。立ち止まり暫く見ていると、その黒いものは突然水面からがばっと姿を現したのだ! 僕は声も出なかった。朝日を浴びてキラキラと輝くその姿はまるで「マーメイド」そんな言葉が頭をよぎるほど美しいく思えたんだ。

まあ少し煩いマーメイドだったけど。惚れた弱みだから仕方ないか。

 今僕はその彼女のドレスを仕上げている。さあ雫を散りばめよう! このマーメイドドレスは僕がデザインした。凪にどうしても着て欲しくて。初めは戸惑い気味だったが、初めて凪の第一印象を伝えると、頰を染めて頷いてくれた。

「でも色は決めさせてね」 

「勿論」

そして……アクアブルーを基調にしたグラデーションになった。

難航した生地選びも舞台衣装を手懸けている問屋さんが協力為てくれることになり入手できた。本当感謝だな。

感謝と言えば生前の母は、

「蒼。沢山のお客様の幸せを祈りながら仕立てられるこの仕事って有難いね。感謝だね」と口癖のように言っていた。 

 何気なく聞き流していた僕も、気が付けば仕立てながら、面接上手く行くようにとか、お見合いが良い出逢いでになりますようにとか、考えながら縫っている。なんだかんだ母に刷り込まれているななんて面白いよな。

 翌日、僕はウエディングドレスを出来上がらせた。我ながら上出来だ。

「凪? 出来たぞ! 素晴らしいんだ! 僕の腕は凄い!」

「うん、お疲れ様でした。本当有難う!嬉しい!蒼嬉しいよ……」

「バカ……泣くなよ……僕まで……えっとさ……凪? あの約束覚えてる?」

「当たり前です! 明日でいいの? うん、うん判った。楽しみだね。 じゃお休み」

携帯が切れると、途端に緊張して来た。母さん! どうしよう。

 午前三時過ぎ僕は荷物を持って家を出た。向かうはあの砂浜。

まだか……そうだよな。まだ早いよな。おっと凪だ。

「着いた」

なんと素っ気ない。

「うん」

人のことは言えないな。

「お待たせ!」

振り向くと花冠を付け綺麗に化粧している凪がいた。

「んじゃ、これ」

「は~い後ろ向きで立って両手横に上げて」

「なぜ」

「もう~ここ着替える場所のないの。だから~バカ……」

「判った。判りました!」

「綺麗! 凄い! 綺麗! 感激! わあ~泣ける! 有難う! 蒼」

「うん」

着替え終わった凪を抱き上げ、堤防の上に立つと身も心も朝焼けに染り出す。

「蒼、愛してる」

「愛してる。あの時より美しい夜明けのマーメイドがここにいる」

「ったく恥ず……」

「シッ」

その唇をそっと塞ぐ

長いキスの後、陽の光に向かい僕らは叫ぶ。

「ふたりは結婚します!」

僕だけのマーメイドがやっと

この腕の中で生きてくれる。

仕立屋とマーメイドのお話は

めでたしめでたし。





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