第3話 僕なら泣かせないのにな
◇◇◇
それから自分になりに研究してマッサージをしてみたり、食事に気を付けたりしてみたけれど。どんなに努力したところで、胸の大きさは変わらなかった。母から察するに、遺伝に違いない。だから、諦めるしかなかった。持って生まれた体の特徴がそう簡単には変わらないように、持って生まれた性癖も、たやすく変わりはしないのだろう。愛することができない相手と婚約を結んでしまったとは。お互いに、不幸なことだ。
だが、どうやらアルバートは運命の相手。巨乳の令嬢と無事巡り合ったらしい。
(この婚約は、解消するしかなさそうね)
エリーゼは、そっと胸に手を置いた。持てるものには、持たざるものの気持ちなど、永遠に分かるまい。
(ふっ、貧乳を理由に浮気され、婚約破棄された令嬢。私の青春もここまでね)
一生を共にする相手とは、できれば恋がしたかった。燃えるような恋をして、溺れるように愛されて、攫われるように結婚したかった。けれど現実はこんなにも残酷で。夢も希望も有りはしないのだ。
エリーゼの頬を涙が伝う。
「ねぇ、エリーゼ。どうしてこんなところにいるの?」
静かに響いた声にはっと振り向くと、王太子であるガイルが立っていた。
「で、殿下!ど、どうしてこんなところに……」
みっともなく泣いているところを見られてしまっただろうか。慌てて扇で顔を隠す。
「せっかくのパーティーなのに、エリーゼの姿が見えなかったから、探したんだよ?」
そう言って近づいてきたガイルは、ひょいっとエリーゼの顔を覗き込んだ。
「なんだ。やっぱり泣かされてたんだ」
「な、泣いてなど……」
恥ずかしい。よりによって、ガイル殿下に泣き顔を見られてしまうなんて。
「ねえ、君を泣かせたのは、あいつ?」
ガイルの指さした先、ガラス越しにアルバートの姿が見えた。カーテンの影に隠れて、メロンのような胸の令嬢の腰を抱き、今にも口付けをかわそうとしている。
エリーゼはとっさに目をそらした。あんな光景を、わざわざ見せつけるなんて最低だ。
「ガイル殿下には関係のないことでしょう!」
王太子殿下相手に思わず声を荒らげてしまった。情けなくて情けなくて、涙が流れる。どうして放っておいてくれないのか。人前で涙など見せたくないものを。公爵令嬢としての矜持まで、踏みにじられなくてはならないのか。わたしが、貧乳だから!?
しかし、ガイルは困ったように首を傾げるとそのままエリーゼの瞼に軽く口付けを落とす。
あまりのことに目を見開いたまま硬直するエリーゼ。
「僕なら泣かせないのにな」
そういうと、今度はエリーゼの頬を伝う涙を口付けで拭う。
「なっ、えっ、ええ~~~~~~~!?」
「ふふ。泣き止んだ」
そりゃあ涙も止まる。だけど、この状況は一体どうしたら。
「泣くほど辛いなら、あいつとの婚約なんて辞めちゃえばいいのに」
事も無げに言うその言葉にカチンとくるエリーゼ。
「貴族の婚姻は政略的なもの。私個人がどうこうできる問題ではございませんわ。それに……たかが浮気に目くじらを立てていては、大貴族の女主人はつとまりません……」
「エリーゼは嘘つきだね」
そういうとそのまま抱きしめられてしまう。
「殿下!」
「その涙が止まるまで、隠してあげる」
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