墓標

原田案山子

棺探し

 私は死ぬ。そして、闊歩かっぽする。

 特別に辛いこともやましいこともないが。いや、そんなことすら浮かばないから、こんな夜道を歩いてるんだろう。だが、死への覚悟はある。もし、今、誰かの為に命を賭けろ、と言われたら、有無も言わずに賭けるだろう。だが、そんな恰好良く死ねる程、世の中は甘くない。

 先程も言ったが、特別、人として生きることに絶望した訳ではない。只、特に才もない今の自分が必要かわからなくなったから、面白くない、呆れ、を感じたから、とでもしておこう。所沢にある築30年は越える階段が1段外れかけている自宅から出て、無心で歩き続けて、どれ位の時間が経ったか。流石にとっくのとうに、東京入りは果たしているだろう。ちらっと、何かの店の看板を見ると、「調布」の文字が見えた。もう調布まで来たのか。だが、「武蔵野台地」という狭い領域は抜け出せないらしい。‐武蔵野台地、北を荒川、入間川、南を多摩川に囲まれた、青梅を頂点とする扇状の土地。面積は700k㎡程。‐狭いなんて言ってみたが、井の中の蛙である私からすれば、十分に大海なのだろう。ふと、気になって、ズボンの右ポケットにある筈の、睡眠薬を触ってみた。あった。まあ、ないならないで、適当な線路に飛び込んでみてもいいさ、迷惑を被られたんだ、たまにはかける側に回ってみてもいい筈だ。

 流石に歩きっ放しだからだろう、辺りの景色も霞み始めてきた。只でさえ、夜なのに、更に見辛い。いや、待てよ。逆に、このけた視界のまま歩いたら、気付かぬ内に、車道に出て、轢き殺してくれるんじゃないか。何時いつの間にか彼岸への切符を手に入れたら、何の未練も残さずにいけるのでは。なんて考えたが、事故の類ならかえって防衛本能が働き出そうとするのではないか。電源を切れるなら、切ってやりたい、その防衛本能の。上手に死ぬというのは難しいものだ。老衰で、なんてものは、耐え抜いた熟練の猛者のみに通用する。私は、折れた者だ。折れたなら、折れたらしく―うっ。目に光が入った。暗黒の中の白は、いささかもいいものではない。疲弊した、きっと青白く見えるその顔に仰天した人が近寄る。微かに機能する視力で見る。派手な蛍光の半袖の服、走りやすそうな鋭い見た目の靴。サーモグラフィの様なレンズのサングラス。つばを後ろに帽子を被り、その上からライトを付けてる。この季節にこの寒そうな姿は滑稽にも見えなくもないが、どうせランナーだろう。「大丈夫ですか?」私は答えとして、一睨みした。昔から、目付きは悪い。流石に怯んだランナーは、後味悪そうに2、3歩下がって、コースへと戻った。ランナーが見えなくなるまで、目線を残し続けた。

 また、歩く。そういえば、私は何処を目指していたのだろうか。忘れてしまった。死にに来たのは覚えてる。嗚呼、そうだ。死に場所を探していたのだ。そこが、私の墓標だ、棺だ。寺と家ばかりのここでそれを探すのには、骨が折れそうだ。寺で死ねば、仏にでもなれるかな。

 気付いたら、あさひが私の顔をより白くし始めた。さっきのランナーよりはマシだ。ふと、見ると、目の前に木が並んでいた。公園か、矢鱈とデカいな。旭が少し強くなる、もう潮時か。出来るなら、最後の居場所の名を知りたかったが、携帯を途中で棄ててしまったので、知る由もない。流石に武蔵野台地は抜けたか…。‐ここは、野川公園。調布と小金井と三鷹にまたがる。自然観察園、テニスコート、バーベキュー広場等がある。‐公園を歩き続ける。何の木かわからないが、見続けて、目が良くなった気がする。暫くすると、芝生が広がり始めた。‐ここは、わき水広場。‐少し寝転んでみた。まあ、少しも何もないが。まあまあ、旭が昇ってきた。ズボンの右ポケットに手を入れて、薬を取る。瓶を口に押し付けるようにして、どんどん薬を入れる。苦味が味蕾みらいを支配する。段々、まぶたに重みが伝わる。

 「さて、一眠りするか。」


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墓標 原田案山子 @hrdream

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