推し活のススメ!!

宮川雨

第1話 2次元アイドルが3次元アイドルに!?

 鬱陶しい雨が降るなか自分の住むアパートまで帰ってきた私は靴を脱ぎ部屋に入った。部屋の時計を見るともう21時を過ぎている。時計を見た瞬間お腹が空いていることを実感し、スーパーで買ってきたコロッケなどを電子レンジに入れて温める。

 温めている間に少し濡れたスカートなどを脱いで部屋着に着替えテレビをつける。特に興味なんてないけれど部屋の中に音がないと寂しいのでなんとなくつけているだけだ。

 そうこうしているとコロッケが温まったため、電子レンジから取り出してごはんと買ってきたサラダを盛り付けた。ランチョンマットの上に盛り付けられた野菜コロッケ、ごはん、サラダを置いたら席について手を合わせる。


「いただきます」


 そう一人でつぶやいて黙々と箸を進める。そうやって味気ない食事をしながら、この梅雨の時期だからまだ洗濯物乾いてないよな、明日また仕事だから早めに寝ようなどと考え事をする。

 ぼんやり食事を口に運んでいたらいつの間にか食べ終わっていた。片付けてお風呂に入らなきゃと思いながらまたしても私は律儀に手を合わせる。


「ごちそうさま」


 食べ終わった皿を洗って歯を磨き、お風呂の準備をしてパパっとシャワーだけ済ませる。髪の毛をドライヤーで乾かしたら今日やるべきことは終わった。つまり、この時間からは


「推し活の時間だ!」


 そう、私が1日のなかで愛してやまない推し活の時間。これがなきゃもう生きていけない! 比喩表現ではなくわりと本気まじである。スマホのアプリから『月の輝きを胸に』をタップして起動する。声優さんが演じるキャラクターたちの声を聞いて自分のテンションが上がっていくのがわかった。

 さて、あと寝るまで1時間もないから数曲プレイするくらいしか時間がないな。どの曲にしようかな、やっぱり定番のあの曲かな、いやでもなんて考えながら選曲して音ゲーを楽しむ。


「はー、やっぱりMarcuryの曲はどれも素敵。もちろんほかのユニットの曲もいいけれど、推しユニットの曲は別格だよね」


 この曲はあの時のイベントをモチーフにしているから聞いているだけであの神イベントのこと思い出すんだよね、あのときはユニットのみんなどうなっちゃうのって心配だったけれど最後はみんないつも通りに戻って本当によかった。

 そんなことを脳内で考えながら音ゲー周回をしていたら、いつの間にか24時近くになっていた。いけない、そろそろ寝る支度しないと明日仕事遅れちゃう。正直仕事なんかしたくはないけれど、これも推しのライブとかの費用を稼ぐため。


「来年にはアニメ化も決まっているんだし、円盤買うお金貯めないとね」


 そう自分に言い聞かせながら電気を消して布団に入る。しばらくすると少しずつ意識が無くなっていき、眠りについた。




 真っ白な空間だ。何もない空間に私は立っていて、そして目の前には白いワンピースのような服をきて白いひげを生やした80歳くらいのおじいさんがいた。なにこれ、夢?それにしてはなんか意識がはっきりしているような……。


「君が望月唯もちづきゆいくんかね?」


「え、はい。そうですけれど」


「君は神様抽選会で見事選ばれた。願い事を一つかなえてあげよう」


「……は?」


 何を言っているんだろうこのおじいさんは。ひょっとしてボケてる? いや、そもそもここはどこなんだろう。先ほどから腕をつねっているが痛いから夢ではなさそうだ。


「夢ではないよ、ここはわしの空間じゃ。君は100年に1度行われる神様抽選会に選ばれた。大変すばらしいことなのじゃよ」


「とりあえず神様抽選会ってなんですか? それとあなたは?」


「わしか? もちろん神じゃよ」


 そうして自分のことを神とかいう変な人はこう説明した。曰く100年に1度様々な神様が自身の選んだ善良な人間の願いを叶えてあげる行事があるらしい。感覚としては私たちでいうクリスマスプレゼントのようなものだとか。

 しかし私の目の前にいる神様は選別するのがめんどくさくて、なんとなく手に取った書類が私のもので特に犯罪歴などもないからこれでいいか、といいかげんに決めたとのこと。いいのかそれで。


「わしとしてはこんな行事めんどくさくての、さっさと願いを叶えて終わらせたいんじゃ。さ、だから願いを言っておくれ」


「いや、そんなこと急に言われても」


 そもそもなんだその近年よくある異世界転生もの小説みたいな展開。でも私は特に異世界になんか行きたくないし、かといって急に手持ちのお金が増えると税金とかどうなるのかわからなくて怖い。じゃあ不老不死? いや、そんなのばれたら周りの人たちがどんな反応をするか。

 あー、うー、と悩んでいたら貧乏ゆすりをして待っていた神様がしびれを切らしたのかこう言った。


「そうじゃ! 君の大好きなあのゲームの世界に転送してあげよう。あー、わしなんていいアイディアを思いついたんじゃろう」


「は? いや私はそんなこと望んで」


「さあ行くぞ! ほいっと」


 私の言葉を遮って神様が両手を上げると急に目の前が真っ白になった。そして気が付くと私はいつものベッドの上で横になっていた。夢? それにしてはやけにリアルで……


「さあついた。ここが君が望んだ世界じゃよ」


「いや私全く望んでないわよ!」


 気が付いたら私のベッドの真横にあの神様が立っていた。夢じゃなかったの!? というか不法侵入するな、ここ乙女の家よ。さっさとでていけ! などと叫ぼうとしたがまだ時刻は朝の5時。お隣さんが怖くて叫ぶこともできない。


「というかここ普通に私の家じゃない。なにが君が望んだ世界よ、変なこと言って」


「まあまあ、テレビをつけてみなさい」


 内心なんなのよと思いながらテレビをつけてみる。するとそこには信じられない光景が広がっていた。


「なにこれ、なんでテレビのCMにMarcuryがでているわけ?」


 私の推しユニットMarcuryがアニメーションではなく実写で動いていた。すご、実写になっても毛穴とか見つからないくらいの美形なんてさすが。特に私の最推しの相楽祥平さがらしょうへい顔良すぎ。国どころか地球が傾くわ。


「これで信じてくれたかの、ここが君の好きなゲームの世界だということが」


 ふぉっふぉっふぉ、と奇妙な笑い方をしながら私のことを目を細めて見つめてくる。そしてさらにこう言った。


「仕事場や住んでいる場所など世界観や歴史は基本君たちがいた世界と同じじゃ。だから今日も存分に働くがよい。あと一応1か月後と3か月後、6か月後と1年後に顔出して様子を見に来るからよろしく頼むぞ」


「なにその新人研修みたいな制度。っていうか説明それだけなわけ!? ちょっともう半分透けてるし、帰るな!」


 私のその制止の言葉も虚しく、神様は帰っていった。……とりあえず2度寝してちょっと混乱した頭落ち着けよう。そして起きたら仕事に行かなくちゃ。

 異世界転送しても、私が社畜であることに変わりないのだ。

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