オールド・サマー・バケーション
秋梨夜風
第1話 マイクの事情
朝五時。マイクはベランダのロッキングチェアで煙草を蒸しながら空を眺めていた。夏とはいえ、アメリカではまだ日の出には早すぎる時間だ。
六十歳を超えてから眠りが浅くなり、この時間に目覚めるともう二度寝など出来ない。同居している息子夫婦はまだ寝ているから、音楽を聴いたり映画を見るのもダメ。薄暗い中、彼等を起こさない様に気を付けて部屋を移動し、本を片手にベランダまで出て先ずは一本、煙草に火を点けるまでが朝のルーティーンだ。
いつもは一本吸い終わると本を読み出すのだが、今朝は読書する気が起きず二本目を吸い始めていた。煙と共に、長い溜め息を吐き出す。
今日は息子夫婦が孫を連れて、二泊三日の旅行に出掛ける日だった。折角の夏休みをずっとこんな片田舎で過ごすのは流石に可哀想だと、息子が孫の為に計画したのだ。前に家族で旅行したのは二年前だったか、あの頃はまだ、孫の子守りくらいは出来た。しかしここ最近どうも老化による身体能力の低下が著しく、孫にも心配されるレベル。遠出について行く事など到底出来なかった。
夏休みに若い衆が自分を置いて出掛ける事は、自らの老いを認めるのに十分過ぎるイベントだ。しかし溜め息が出るほど憂鬱だったのはそれが直接の原因ではない。旅行の計画を聞いた時は、別に一人の留守番に不安など無かったし、「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出すつもりでいた。しかし、優しい息子は老体の父親へのケアを忘れなかった、定期的に通っている老人ホームの夏休みイベントへ参加することを提案したのだ。
「サマーキャンプ?」
「そう!父さんにも夏休み満喫して貰おうと思って……」
言いながら差し出されたパンフレットには
”取り戻そう青春!おひとりさま老人会サマー・キャンプ“
の文字が並んでいた。
「なんじゃこれは……」
「ほら、普段行ってるデイサービスあるだろ?あそこの企画だよ。聞いてみたらもう四、五人は参加決まってるらしいよ。施設に通ってる人達だから父さんの顔見知りばかりだって」
「もう六十二だぞ?今更キャンプなんて」
「なんか湖のコテージで釣りとかも出来るって。ほら見てよ!ビリヤード台もある」
「わしゃビリヤードなんかやらん」
「頼むよ父さん、俺達を安心させると思って」
「むぅ……」
結局そのまま押し切られ、参加を決めた。今日はそのサマーキャンプに行く日でもあった。それが溜め息を吐いた理由である。
高校時代に別荘持ちの友人と騒いだ事は何度かあるが、性に合っているとは感じられなかった。老人会でのサマーキャンプは騒ぐ事になるとも思えないが、あの時に感じた根拠の無い疎外感をまた味わう事になるとすれば、一人で家で過ごした方が幾分かマシだろうと思うのだ。
妻がまだ生きていてくれたなら、夫婦水入らずの時間を過ごせたのに……
「お義父さん、お義父さん!」
「おっと。すまんすまん……」
いつの間にか寝てしまったらしい。息子の嫁さんの声で目が覚めた。
「風邪ひいてしまいますよ、肺炎にでもなったら大変です。さ、早く中に入りましょう。ご飯出来てますから」
「いつもありがとう。そうだね。そうするよ」
言われるがまま部屋の中に入り、遅めの朝食を食べる。孫と戯れながら食後のコーヒーを飲んで、気付くと時刻は午前一〇時を過ぎていた。
「あなた、そろそろ……」
「そうだな。よし、お爺ちゃんに挨拶して来なさい」
「うん!お爺ちゃん!行ってきまーす!」
「あいあい、楽しんでおいで」
「それじゃお義父さん、お昼前までに施設のバスがお迎えに来るはずですから、戸締まりと忘れ物しないように……」
「うん、ありがとう。気を付けて行っておいで」
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