第9話
スタンピード。
その名の通り、魔物の異常発生のことだ。
原因は様々な説があり、よくわかっていない。
曰く、ドラゴンやザ・ビーストなどの高ランクモンスターがモンスターの群れを操っている。
曰く、森や山、谷などにモンスターを大量発生させる何かがある。
とにかく色々なのだ。
前兆として、モンスターの数が普段より多い、本来ならいないハズの高ランクモンスターが目撃されるなどがある。
しかし、前兆がなにもないこともある。
数時間後。
というか、お昼。
農業ギルドのギルド長執務室。
そこには、農業ギルドが独自に開発した転移魔法で、南部に行って帰ってきたウカノの姿があった。
「終わりましたよ。
あ、駆除剤余ったので返します」
「もう?!」
「そんな驚くことでもないでしょう」
「さすが、ウカノ君だわ」
「ありがとうございます。
それじゃ、はい」
褒められて悪い気はしない。
しかし、それはそれ。
これはこれである。
ウカノは手を出してきた。
「?」
エリが首を傾げる。
「働いたんでお金ください」
「えぇ、ボランティアじゃ、ダメ??
というか、君、お父さんに似てきてない?」
エステル達に保護される前なら、きっとこんな要求はしていなかっただろう。
でも、色々学んだからこそ働いたら対価を得るという行動は大事だと知った。
「……親父の話はしないでください。
あ、思い出した。
【黄昏の侵攻軍】を止めたの、誰でしたっけ??
あー、そういえばあの時は、新任のエリさんが指揮して止めたって事になってましたね」
「今それ言う??」
【黄昏の侵攻軍】とは、二年前に起こったスタンピードの名称である。
農業ギルドは、とくに記録的なスタンピードが起きた時にこう言った名称をつける。
【黄昏の侵攻軍】はその名の通り、畑仕事を終えるかといった黄昏時に起きたスタンピードである。
ウカノの実家がある、セントフィル村近くの山で発生したスタンピードだった。
これは、前兆が観測されなかったスタンピードだ。
それを止めたのが、ウカノとフェイ、カイの三兄弟であった。
本来なら、英雄として賞賛されてもおかしくない働きである。
けれど、世界はそれを認めない。
そもそも、起きていたことすら認めようとしない。
スタンピードの被害が、他の街や、それこそ王都に出ていたら話は違っていたのだと思う。
きっと、連日新聞で未だに進まない復興とかなんとか、そんなふうに書かれていたはずだ。
でも、ド田舎で起きた天災など街の人々は気にしないから。
だって、自分たちの身に起きたことじゃないから関心がないのだ。
だから、表向きは無かったことにされた。
農業ギルドの中でだけ処理された。
ウカノとフェイ、そしてカイも別に英雄扱いはされたくなかったし、興味もなかった。
されたところで、どうせ父親に、調子に乗るな、別にお前たちじゃなくても普通に処理できた、等といわれたに決まっている。
そして、事実そうなのだ。
父でも母でも、隣人でも、村の誰でもできる仕事なのだ。
そして、誰がやってもきっとエリに手柄を譲ったことだろう。
無欲とかではなく、そうしなければ村八分にあってしまうから。
目立ったことをすると、あっという間に噂になり場合によっては嫉妬を向けられる。
良い行いでも悪い行いでも、それは変わらない。
だから目立たないようにしなければならなかった。
それはあの村で、平々凡々に過ごすための処世術だった。
「今だから言ってるんですよ」
そう、ここは村の外だ。
外の世界だ。
ここでは、村のローカルルールは適用されない。
「わかったよ」
エリが仕方ないなぁ、と了承する。
続いて、
「それと、仕留めたドラゴンですけど。
全部で二十体、解体して可食部だけ向こうにいた農業ギルドの職員に渡してきました。
残りは魔法袋に入れてきたので、後で査定お願いします」
魔法袋とは、錬金ギルドが開発した冒険者向けの道具袋である。
なんでも入るので、農業ギルドが大量に買い入れ各地の農民に配布したものだ。
実際、収穫の時や、他の村に野菜のおすそ分けを持って行く時にとても重宝している。
現在は農業ギルドでギルドカードを作ると貰えるようになっていた。
「いいけど、農業ギルドでいいの?
冒険者ギルドに持っていった方が、もう少し高く買い取ってくれるかもよ」
「冒険者ギルドに登録してないので、別にいいです」
すでに農業ギルドでギルドカード、つまりは身分証を作っているので、わざわざ冒険者ギルドでカードを作る気が無かった。
二つも三つも身分証があっても管理できる自信が無い。
あと単純にめんどくさい。
「便利だからって、王都近くの農民の人たちは作ってるけど」
冒険者ギルドでも、希少価値のある野菜を受け付けているらしく、そこに卸すために作っている農民がいるらしい。
エリの言葉に、ウカノは正直に答える。
「作るの自体が面倒臭いので、いいです」
ステータスを調べられたり、書類を書いたりするのがダルいのだ。
「私も作ってあるよ」
ほら、とエリは冒険者ギルドのギルドカードを見せながらさらに言ってきた。
「ほんとだ」
「何かあって片方のカード無くした時、予備としてもう一個あると再発行が楽だよ。
無いと、それこそ手続きがめんどくさくなるし」
「なるほど」
ウカノは素直に納得した。
「そういうことなら、作っておきます」
多少面倒臭くても、そういった理由なら多少の労力は惜しまない。
それがウカノだった。
エステル達からの連絡は、まだない。
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