第20話
「どういうことなんですの……?」
「俺たちはこいつを昨日詰所で見かけた。あのあと、ここで誰かに埋められたってのか?」
「そんなわけないでしょ。たった1日で死体がミイラ化するわけがないわ」
「じゃあいったい……」
ここにあるブラッドスの亡骸は、なんなのか。
外見が酷似しているだけで、昨日会った彼とは別人とでもいうのか。
ローラの見解は正しい。この死体がブラッドス本人であるならば、辻褄が合わない。
矛盾した現実に混乱するカズヤ。
カズヤと同様に戸惑う表情をみせていたセレスタが、隣でぼそりと呟いた。
「シャドー……」
小さく発せれた単語を耳にして、ローラは真剣な顔のまま頷く。
「あたしも、その可能性を考えていたわ」
「シャドー?」
「カズヤにも前に説明したでしょう。ナイトやオークと同じ、
「ああ。そういや、そんな話をされたような覚えがあるな」
「だけど、シャドーの守護者はまだ確認されてないんじゃないの? ローラはそう言ってたよね?」
「アンタもあたしの話を聞いてなかったわけ? 単に確認されてないだけで、潜在してる可能性は充分にあり得る。そう教えたわよね?」
「そういえば、前に聞いたかも?」
暢気に返事をするブレイズに、ローラは苛立ちを強くする。
「なに気の抜けたこと言ってんのよ。つまり、いま詰所にいるブラッドスは偽者ってことなのよ?」
「え…………そうか。守護者の死体は残らない。ということは、こっちが本物で、いま生きているほうは偽者、しかも誰かの守護者になるんだ」
「ちょっとまて。つーことは、本物のブラッドスを3ヵ月も前に殺した奴がいまも騎士団内に潜伏してるっつーわけだよな? そいつ、ぜってぇなにか企んでんじゃねぇの?」
「カズヤの推測に同意ですわ。急ぎ詰所に戻り、この事実を報告いたしませんと!」
ブラッドスには申し訳ないが、死体を墓地に運ぶのは後回しにして、なによりも報告を優先すべきだと4人は来た道を戻ろうと振り返り、
想像もしなかった光景に、踏み出したばかりの足を止めた。
森に広がる木々の隙間に、陰より深い色の黒い“何か”が点在している。
歩いてきたときには見かけなかった異質の存在感に緊張がはしり、4人は一様に息を呑む。
森林の暗闇。
出口に向けた視界には、数え切れないほどのカルマの群れが映っていた。
しかしセレスタもローラも一人前の騎士。驚きはしたものの、怯まずに冷静に腰から剣を引き抜いて、正眼に構える。
「まったく、悪いタイミングで現れてくれるわね。強行突破するわよ!」
「むろんですわ。わたくしとローラで突破口を切り開きますっ! カズヤとブレイズは後方を警戒してくださいましっ!」
「カズヤくん、がんばろうね」
「厄介なことになってきたな。俺の能力なんざお察しだから、おめぇに期待させてもらうぜ」
「任せて。私の実力を存分に見せてあげるよ」
見た目と不釣合いすぎる純朴な微笑みで、ブレイズがカズヤに答えた。
不気味な闇を湛えた森の奥から、異形の存在がじりじりと詰め寄ってくる。
「いくわよッ!」
フォーメーションを組んだ4人は、騎士団での経験が最も長い先輩騎士の号令に従い、街を目指して、殺意を持った怪物の群れへと突っ込んでいった。
*
激戦を繰り広げて、けれども優秀な剣術を有する2人の騎士とブレイズの膂力をもって無傷のまま、4人は深い森を抜けて城壁都市バルドルの見える平原に戻ってきた。
「ここにもカルマが……それも、半端な量じゃないわよ」
そこは来たときとは一転して異形の群れが支配する無法地帯。
漆を塗ったような骸骨の化け物が数え切れぬほどに跋扈して、いまこの瞬間にも新たに地中から這い出てきている。
カルマたちはまるで引き寄せられるように、他に目もくれず城塞都市バルドルの正門の位置する方角へ進攻していた。
「急いだほうがよいですわね。おそらく、すでに正門は付近に出現したカルマの襲撃を受けているはずですわ」
「そうね。妙な事件のせいで人員も手薄になってるだろうし、このままじゃマズいわ。突っ切るわよッ!」
一度は立ち止まったセレスタとローラが、街に向けて疾走を再開する。
全力疾走で森を駆け抜けたきたのだが、ふたりの移動速度はまったく衰えていない。
カズヤは変身した自分のスタミナにも驚いたが、生身の人間でありながら守護者と同等の体力を有する2人の騎士の身体能力の高さには、それ以上に驚嘆せざるを得なかった。
「負けてらんねぇな……っ!」
胸のうちに宿った小さな炎に、カズヤは心が熱くなっているのを感じる。
それは、無謀を嫌うカズヤがこの世界に飛ばされて味わう2度目の感情であり、
元いた世界ではもう何年も体験していなかった、彼が随分と昔に捨てたはずの魂であった。
だが、必死にならざるを得ず、湧き上がる高揚感に身を任せるカズヤは、自分を突き動かす原動力が何であるのかを自覚していなかった。
先導する主人の背中を守るため、カズヤとブレイズもまた、彼女らのあとに続いて平原に群れる漆黒の軍勢を割るように、一心不乱に正門を目指して突撃していった。
*
ようやく正門のそばに到達したセレスタ一行を発見して、近くでカルマの大群を迎撃していた若い男性騎士が駆け寄ってきた。
「ローラ! セレスタ! こんなときにどこ行ってたんだよ!」
「外に重要な用事があったのよ。でも大丈夫。それは片付いたわ。状況はどうなの?」
「最悪だよ。詰所に人を集めてるせいで街にいる団員は殆どいないし、外壁警備の人数も普段より少ない。そんなときに、3ヶ月前レベルの大規模な襲撃だ。はっきりいって、このままじゃあ長くはもたないよ!」
「詰所に応援は呼びましたの?」
「ずっと前に早打ちを送ったよ。けど、まだ援軍はこない。もうかなり経つのに!」
「そうですの……。ともあれ、このままではマズいですわね。わたくしたちも加勢いたしますわ」
屈託のない正義の光を湛えて、セレスタは敵陣に切り込もうとする。
「待ちなさい」
義心に燃えるセレスタを、ローラの冷静な声色が止めた。
「なんですの? 会話に興じている暇などないでしょう?」
「その通りよ。だから単刀直入に言うけど、ここはあたしとブレイズに任せて、アンタとカズヤは詰所に行きなさい」
「なぜ? 援軍の要請は済ませたのでしょう? それでどうして、わたくしたちが詰所に戻る必要があるのです」
「あたしたちが何を見てきたか、忘れたの?」
叱咤するような厳しい声に、セレスタは言葉をつぐむ。
カズヤたちは、街から離れた森の奥で“生きているはずの騎士団員の死体”を発見した。
それはつまり、現在詰所にいるであろうその団員は偽物で、先日の事件の犯人である可能性が非常に濃厚であるということだ。
決定的な証拠を得て、カズヤは改めて事件について思考を巡らす。
脳内に飛び交う様々な推測の渦中で、カズヤは“危険な真実”に気づいた。
「待てよ……前の事件は、騎士団がカルマに気を取られている間に起きた。つーことは、奴はカルマを操れるかもしれねぇってことか?」
「ありえない……とも言い切れませんわね。カルマに注意を集めて、また背後から誰かを襲うつもりかもしれませんわ」
「それならまだマシよ。危惧すべきは、もっと危険な可能性。もし犯人が、騎士団が援軍を送れないように詰所で混乱を引き起こしていたら、戦力不足の正門が陥落するのは時間の問題よ」
「ですが、詰所にはフリッグ小国でも指折りの強さを誇るマリナとアヤネがおりまわ」
「そうね。彼女たちがその気になれば、ドラゴンになって早馬に先んじて到着できるはずよね? で、その彼女はどこにいるの? いないわよね? ここにはまだ、誰一人として詰所からの援軍は駆けつけてない」
詰所で発生している異状をセレスタに確信させて、ローラは敵に対峙する。
「いきなさい。大変な役割は、先輩騎士が責任持って請け負ってあげるわ。といっても、アンタたちのほうが危険かもしれないんだけどね。ま、アンタみたいな正義の味方には、そっちのほうがおあつらえ向きの任務でしょ? 頼んだわよ」
ローラとブレイズが防衛線の集団に加勢して、カルマとの戦闘を開始した。
目元を僅かに緩めて、戦場を背にしたセレスタはカズヤに瞳を向けた。
「あなたも充分に正義の味方でしょうに……。この混乱が収まったら、悪人と罵ったいつかの非礼を詫びなければいけませんわね」
「だな。あいつもおめぇと同じ騎士としての矜持ってのを持ってるのは間違いねぇ」
「そうですわね。……ローラも言ってましたが、詰所で何が起きてるのか、わたくしにも皆目見当がつきません。もしかすると、犯人と戦闘になるかもしれませんわ。一応訊いておきたいのですが、カズヤ、
「第二開眼っつーと、アヤネの出したでっけぇ剣のことか? ありゃあ主人の騎士が命じるんじゃねぇの?」
「いいえ。第一開眼は主たる騎士の意思で発動いたしますが、第二開眼は守護者自身の意思で発動いたしますの。ただし、解禁されるには条件がありますわ」
「その条件が、もう満たされてるかもしれねぇってのか?」
「ええ。この先、どんな者と戦うことになるのかわかりませんが、第二開眼が使えるのであれば心強いでしょう」
「たしかに、あんな強そうな武器が使えるようになんなら、俺も戦力になれるかもしれねぇな。それで、その条件ってのは?」
「カズヤがわたくしに召喚された理由を理解すること。その願望を受け入れること。先日の夜、わたくしたちはお互いの共通点を見つけましたわよね? あれが理由なら、カズヤはすでにそれを理解しているはずですわ」
――尊敬する人のために。
――応援する人のために。
自分ではなく、自分よりも大切に想う存在のために。
そのために、持てるものを全て捧げる覚悟がある。
かつての世界で、カズヤは自らの諦めた夢を、アイドルである伊藤小町という少女に託して、自分は彼女を支えるファンの一人としてその活動を応援してきた。
この世界で、セレスタは自分の目指す理想である女王のように、人を導く者としての意識を身につけて、いずれは女王を支える騎士となるべく研鑽を積んできた。
憧れの人を支えるために、すべてを捧ぐ。
誰よりもその感情に共感できるからこそ、カズヤはこの世界に、セレスタの守護者として呼ばれたのであろう。
だとすれば、
第二の能力解放の条件がセレスタの言うとおりだとすれば、
封印の枷は、すでに解き放たれているはずだ。
カズヤは精神を集中する。
そして、己のうちに眠れる力の存在を、たしかな直感で察知する。
――――――ッ!
閉ざされた瞼の奥で、目に見えない強烈な輝きの胎動を感じた。
カズヤは己が深奥に秘められていた光に触れようとして、
深淵の闇に覆われた先、眩さを放つ光の泉に対して、意識という名の腕を伸ばした――。
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