先生は意地でも振り向いてくれない

咲倉なこ

20回目の正直



「先生!愛してます!付き合って下さい!」


「却下」



今日で19回目の告白を秒で断られた。


でも既に断られる事には慣れちゃってる私。



「じゃあ、1回だけ記念にキスを…」


「却下」


「ハグだけでもいいんで…!」


「却下!」


「なんでダメなんですか!」


「それはな」



放課後の数学準備室。


先生は含みを持たせて私に近づいてくる。


私の身長に合わせて顔を近づけてきたと思ったら…。



「お前に手を出したら、俺が社会的に死ぬからだよ」




耳触りのいい低音ボイスで、先生はごもっとな事を言った。



「ぐう…」


「分かったらもう帰れ」



私は今の仕草ひとつをとってもドキドキするわけで。


塩対応の先生もかっこよく思っちゃうんだから、もうどうしようもない。



あーあ。


さっき顔が近づいた時にキスしておけばよかったなー。


そしたら、私のこと少しは意識してくれたかな?


いや、めちゃくちゃキレただろうな…。


先生のことだから、そのまま学校辞めちゃうかも…。


でも好き!キスしたい!



次の日、最近クラスで仲のいい梶(かじ)くん相談してみた。



「男の子って何されたらドキッとするの?」


「は?何だよ急に」


「いいから教えて。梶くんは何されたらキスしたくなる?」


「えー、そうだなー。髪の毛を結ぶ時の仕草を見た時とか?」


「何それ、マニアック」


「じゃあ他あたって下さーい」


「うそじゃん。え、こんな感じ?」



私は普段おろしている髪を手で束ねてみた。



「めっちゃいい」


「梶くんに、いいって言われてもね」


「さっきから何なんだよ」



ヘアゴムは持ってないからそのまま手を離すと、肩に落ちる髪。



「葉月って髪、綺麗だよな」


「へ?そう」


「何?鳴宮とキスしたいの?」



梶くんは私の髪の毛を触りながら聞いてきた。


梶くんは私が先生のことを好きだって知ってる。


ってか最初にしゃべった一言が「葉月って鳴宮のこと好きだろ」だった。



そんな時、鳴宮先生が教室に入ってきた。


いつの間にかチャイムが鳴っていたようだ。


自分の席について、先生がこちらを向いている間に、試しに髪の毛を束ねてみた。


全く無反応な先生。


ほらやっぱり。


梶くんの意見は当てにならない。



「先生とか辞めときなよ」





次の休み時間。


梶くんは髪の毛を束ねて先生に見せている私を見ていたらしい。



「辞めない」


「勝算ないよ」


「勝ち負けで恋愛してない」


「でも全然相手にされてなくない?」


「ぐう…」



それは身をもって知ってるけど、他の人に言われるとちょっとキツイ。



「でも、好きな気持ちはかえられないからなー」


「じゃあ、俺から提案」


「えーなに?」



さっきのは全然ダメだったし。


でも男子の意見は貴重だから、参考程度に聞いてみる。



「俺と付き合ったことにして、鳴宮を妬かせてみない?」


「へ?」


「葉月に彼氏ができたら、鳴宮も少しは振り向いてくれるかもよ?」


「なるほど!名案!たまにはいいこと言うじゃん!」



でも待って。



「もし失敗したらどうしてくれんの?」


「そん時は俺がもらってやるよ」


「何その上から目線」


「いいだろ、別に」



先生に手詰まりだった私は、梶くんの戦略に乗っかることにした。


先生、少しは私にヤキモチ妬いてくれるかな…?





放課後、私はさっそく数学準備室に行く。


先生は扉の音に振り向くと、またお前かって顔をした。



「ねー、先生?」


「なんだ」


「私、彼氏ができたの」



「は?」



「だからもう、ここには来ない」



これは賭けだった。


少しは引き止めてくれると思ってた。


少しは名残惜しくなってくれると思った。


根拠のない勝算があった。


でも。



「よかったな。おめでとう」



先生の言葉は呆気なくて、私をどん底に突き落とすには十分だった。


おめでとう、ってなに?


先生は私の顔さえ見てくれない。


やっぱ梶くんの作戦、全然ダメじゃん…。


梶くんのばか。



私は目に涙を溜めながら、椅子に座っている先生の胸ぐらを掴んでこっちを向かせた。


そんな私に、先生は表情をピクリともさせない。


昨日、先生にされたみたいに、ぐっと顔を近づける。


あーあ。


この顔も、仕草も声も全部、好きだったな。



「これからは彼氏にいーーっぱいキス、してもらいますね」



私の最後の意地だったのに。



「そうしてもらえ」



先生はそう言って、自分の胸元から私の手を丁寧にはがした。


もう…先生のばか!!



先生が、私の手を離した瞬間、我慢していた涙が溢れ出る。


止まれ…。


止まってよ…。



先生はそんな私を見て少し困った顔をした、ように見えた。


涙で滲んではっきりとは分からなかったけど。



「なんで泣いてるんだよ…」



そんなの、先生が好きだからに決まってるでしょ…。





次の日。


私は真っ赤に腫らした目を誤魔化すように濃いめのメイクで学校へ行った。



「葉月、おはよ」



教室に向かう廊下で話しかけてきたのは梶くん。



「あ…おはよ」


「あれ、顔色悪いけど大丈夫?」


「あー、ね。梶くんの作戦、全然ダメだったよ…」


「え、もう鳴宮に言ったの?」


「うん。だけど、”おめでとう”だって。私全然意識してもらえてなかったんだなーって」



分かってたけど、言葉に出すとくるものがある。


やばい、また泣きそう。


昨日、もう体の水分全部出し切ったと思ったのに。



「そんな男やめて、俺にしとけば?」


「え…?」


「葉月の魅力が分からない奴なんて辞めときな?」



分かってるよ。


相手にしてくれてない事も。


女としてみてくれてない事も。


全部分かってるけど、どうやったら好きな気持ち、なくなってくれるの…?


梶くんは私の目からこぼれ落ちる涙を、指で拭ってくれた。


その時、梶くんの腕を誰かが掴んだ。



「葉月、どうした?」


「───せんせ…?」



先生の顔は少し焦っているように感じた。


突然の鳴宮先生の登場にびっくりして、涙が引っ込んでいく。


今、化粧がやばいことになっているに違いない。


こんな顔、先生に見られたくない。


そう思って先生から顔を背けた。


その瞬間、梶くんが私の肩に手を回して、私とグッと距離を縮めた。



「俺たちの問題なんで、先生は関わんないでくれます?」



梶くんは私をかばったんだろう。


優しいやつ。


もう梶くんに乗り換えちゃってもいいのかな。


なんて。


できたらとっくにやってるって…。



「梶、ごめんな。やっぱり泣いている生徒を放っておけない」



先生はそう言って、私から梶くんの腕をどかした。


え…?



「大丈夫か?」


「はい…」


「とりえ保健室行こう」



先生は梶くんを置き去りにして、私をかばいながら、ゆっくりと保健室まで連れてってくれた。


いつも塩対応の先生が、今日は優しい。


私がもう先生の事好きじゃないって、分かったからかな。



保健室のベッドに私を座らせて、先生は近くにあった丸い椅子に座って、私と視線を合わせた。



「梶に何かされたか?」


「違います」


「じゃあ何で?」


「…先生のせいだもん」



「俺?」


「先生が、”おめでとう”とか言うから。私まだ先生の事大好きだもん!」



やっぱり言っちゃった。


自分の気持ち。


先生が私に振り向いてくれない事はもう分かったから。


頑張ってこの気持ち忘れるから。


だから最後だけ正直に言わせて。



「先生のことが大好き」



「昨日から何なんだよ…」


「え?」



「…お前は俺をどうしたいわけ?」


「どうしたいって…」



何を言いたいか分からない私に、先生は深くため息をついた。



「俺がどれだけ我慢してるか、全然分かってねーのな」



なに我慢って…。


え?


どうゆうこと?



「今だって、いつだって、お前をめちゃくちゃに愛したいって思ってるよ」



───え?



今、愛したいって言った?


先生が?


私を…?



「先生なに言って…」


「少しは俺の身にもなれよ…」



先生はそう言って、私の横髪をかき上げた。



「…先生?」



「何で梶に触らせてんだよ…」



「へ…?」



先生は、少しずつ私に顔を近付けてくる。


今までにない距離感で、心臓がこれでもかってくらいドキドキ言ってる。



私、ずっと片思いだと思ってたよ。


だって、全然相手にしてくれないんだもん。


でも今のが本音って信じてもいいかな。



「ダメだよ…先生」


「さんざん煽ったのはお前だろ?」


「でも社会的に死んじゃうよ…?」



唇が触れそうな、あと数センチのところで先生は止まった。



「あー、もう…!」



先生は深いため息をついて俯いた。





「葉月、卒業したら覚悟しとけよ?」





「はい!」







*end

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