カサブランカの棘 百合の花言葉は純潔。でも、怖い意味もあるの。

詩歩子

第1話 リリー・ホワイト


 真夏に向けて、燃え盛るようなカサブランカが一気に咲くように生理が来ても嫌気がなくなったのは素っ気ないくらい早かった。


 乳房も手で掴めるだけ膨らみ、乳輪がこりこりと違和感からの痛む日もあったけれども前ほどはしつこくは気にならない。


 彼が福岡に帰ったのはそれから間もなくだった。


 あの御池での入水騒ぎがばれた日、彼の父方のおばあちゃんがわざわざ迎えに来たからだった。


 彼の親族が私の家に迎えに来たとき、その連れ添ったマダムは、百貨店で購入したような臙脂色のワンピースが場違いなくらい、際立ち、威圧感さえあった。


 連れ添いにもう一人、彼とはちっとも似ていない女の人もお土産を持参して訪問していた。


 その人は彼の義理のお母さんだった、と後日、お母さんから耳に挟んだ。




 高飛車に見える貴婦人をよそにその女の人のほうが年を重ねていないにも関わらず、憔悴し、老け込んでいるように私には草葉の陰から窺いながら思えた。


 対面した瞬間、俯き、血の気が引き、頬が引きつる彼を引っ張って短い謝罪を繰り返しながら重い足取りで帰郷した。


 その光景を見て、やっぱり、お兄ちゃんが吹いた法螺話は本当だったんだ、と私はまざまざと悟った。




 彼が読んでいた本を図書館から借りて、休み時間に読むルーティンが確立されると、学校でどんなに独りになっても割と平気でいられるようになった。


 本を読めば時間もあっという間に過ぎてくれるし、むしろ有り余っているように思える、自由時間は足りないくらいだった。


 相乗効果で本を読むようになってから成績が格段に上がり、私への評価も見違えるように豹変した。


 英語はなかなか難解だけれど、前にみたいに致命的に悪くはなかった。


 私の通う中学から高校へ通うためには都城か、小林まで電車通学しなくてはいけない。


 お兄ちゃんと送り迎えも重なるから、とにかく今は勉強しなくちゃいけない。


 お兄ちゃんの学費が嵩む理由で私はまだスマートフォンを持っていない。


 学校ではみんな持っているのに私だけコミュニティから今のところは疎外されてしまっているけれども、高校生になったら買ってもらえるから今は耐えるしかない。


 彼が福岡へ帰ってから私の机の上に一通の便箋が置いてあった。


 露草色の置手紙には電話番号とメールアドレスが小さく滑るような、丁寧な字で記されていた。


「真依は高校、どこに行くの? あたしは美容師になりたい」


 二年生の一学期も終わろうとする七月の帰り道、莉紗に人工的に真っ白に発光したような夕影を浴びながら話しかけられた。


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