ベンチウォーマーマン

ちびまるフォイ

誇らしい自分の仕事

「え!? 今月の給料ってこれだけですか!?」


「ああそうだ。なにか不満か?」


「不満に決まってるでしょう!?

 なんで残業減らして効率化したら給料減るんですか!」


「残業してないからに決まってるだろう」


「ふざけんな! こんなしょうもない接着剤しか作れない会社なんかつぶれちまえ!」


などと吐き捨てたのが昨日のこと。

今は公園のベンチに座っている。


うちの会社はニドアルファとかいう新接着剤を開発していた。


接着剤を塗っただけでは効果がなく、

同じ接着剤どうしをくっつけたときに二度と離れなくなる……というしろもの。


「なにに使うんだよ……ふざけやがって」


必死に勉強して一流の大学を出た結果に待っていたのは

何に使うかもわからない接着剤の研究ばかり。


かといって会社を離れてしまえば生きていくこともできないので、

SNSで見つけた「座るだけでいい仕事」というベンチウォーマーをはじめている。


求人を見る限り、指定の場所のベンチに座り続けるだけでいいらしい。

それだけでお金がもらえるという。


「世の中には、なに考えてるかわからない人もいるんだなぁ」


自転車をこいで配達することもなく、

必死に頭をつかって何かを作るわけでもなく。


ベンチをケツで温めているだけでお金がもらえるなら、これ以上楽な仕事はない。




あれからどれくらい時間がたっただろうか。


スマホのゲームもやりあきて、漫画アプリも読み切ってしまった。

普段はみないようなニュースも見て、追っているドラマもすべて見きってしまった。


なのにベンチウォーマーの仕事は続いている。


「これ誰か来ないのかな……」


だんだんと不安になってきた。


ベンチウォーマーなんていうふざけた仕事はなくて、

いつ自分が席を立つかを遠くで誰かが見てバカにしているとかではないのか。


「ドッキリ大成功」とか書かれた看板が出てくるんじゃないか。


このままおとなしく座り続けているのが正解なのか。


ネットで見た情報では、ベンチウォーマーの人の前に支払人がやってきて金を払うという話だった。

こんなにも待たせるものなのか。もしかして忘れてるんじゃないか。


「ううう……どうしよう……トイレにも行きたい……!」


しかし、契約によれば一度でもベンチを離れれればNG。金は1円ももらえない。

わかっていても、お腹からはゴロゴロと嫌な音が鳴っていく。


「ぐぅぅ……! もう限界だ……!」


ひたいに汗がにじみはじめたとき。

目の前にホームレスの男が目に入った。


「お、おいそこの! そこのあんた! ちょっとベンチまできてくれ!」


「ワシかい? いったいなんだ。ワシは缶を拾うのに忙しいんだ」


「あんた、俺の代わりにこのベンチに座ってくれ! それだけでいい!」


「はあ?」


「俺がトイレから戻ったらベンチを渡してくれ!」


「それをしてワシになんの得があるんだ?」


「こいつ……! 足元見やがって……!」


ホームレスの瞳には「¥」のマークが浮かんでいた。


けれどここで漏らしてしまうよりは、多少身銭を切ってきれいな状態で支払人を迎えたほうがいいに決まってる。

ベンチを汚損したと逆に怒られるかもしれないし。


「わかった。金なら渡す。これでいいだろう」


「これっぽっちかい?」


「俺がトイレを済ませてベンチに残っていたなら、もう半分を渡してやる。今のは前金だ」


「ふん。ケチめ」


ホームレスをベンチに座らせると、慌てて公園のトイレに猛ダッシュ。

ギリギリのところで事なきを得てトイレを出た。


そして、公園のベンチにふと目を向ける。



「あ! あのホームレス! いないじゃないか!!」


無人のベンチだけが残されていた。


こんなところを見られてはまずいと慌ててベンチに座る。

ベンチに座ってから誰も見られてないかと確認する。


まわりには誰もいない。

おそらく見られてないだろう。


「あのくそホームレスめ、覚えてろよ……!」


毒づいたがもう誰も見えなかった。




またしばらく立ってから、公園の向こう側からスーツの男が近づいてきた。


「やあ、こんばんは」


「あ、はぁ……どうも」


「あなたはベンチウォーマーさんですか?」


「は! はい! いかにも!! 私がベンチウォーマーです!!」


「私は支払人です。あなたに仕事量を払うためにここへ来ました」


「待ってました!!」


ついにこの仕事の終わりがやってきた。

長いこと座り続けてきておしりが痛い。


「お金を支払う前にひとつ確認させてください。

 あなたは本当にずっとこのベンチに座り続けていましたか?」


支払人はじっと目を見て問い詰めた。

一瞬、ドキッとしたが怪しまれないように自信満々に答えた。


「はい! 私は一度もこのベンチにずっと座ってました!!」


座っている間に何度も監視カメラや、

他の通行人がいないかを確認し続けていた。


それらしいものはなかった。

席をたったのがバレる要素はどこにもない。


きっとカマをかけて、こっちが取り乱す様子から判断する作戦だろう。


そうはいかない。会社で何度もプレッシャーのかかる場面は経験済み。

こんな程度のことで慌てる自分ではない。


「信じてください。私はずっとこのベンチを温め続けていました!!」


「ええ、ええ。わかりました」


「信じてください! 本当です!」


「もちろん信じます。ただ……」


「ただ?」


俺の疑問に答えることなく、

支払人はベンチの空いている横の席に座った。


「あなたは本当に座り続けていたのでしたら、

 一度立ってみてもらえますか?」


「なんでそんなことを……?」


「このベンチにはちょっと特殊な細工をしているんです。

 もし、なにごともなく立つことができたら、約束通り支払いをしましょう」


「ははは。そんなの簡単ですよ。せーーのっ!」


いきおいをつけてベンチから立ち上がった。





すると、ベンチに塗られていたニドアルファが

二度づけされたズボンのお尻をひっぱり、俺は派手にすっころんだ。

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