女神の糸
全体の構図はこれで良いとしてどこまでやる気なの。
「善人なおもって往生を遂ぐ。 いわんや悪人をや」
それ悪人正機だけど意味が違うでしょ。
「そうでもないで・・・」
まさかコトリ相手に仏教論争するとは思わなかった。仏教用語の悪人とは苦しんでる人であり、苦しんでいるのは悪いことをした結果でもある。悪因悪果の話になるのだけど、
「まだ小杉親子は悪いことをしている段階で、その結果を受けて苦しんでへん。そやから苦しんでもらわなアカンやんか。苦しむとこまではコトリらがやるけど、それでちゃんと苦しんだ小杉親子を阿弥陀さんが救うて下さるって意味や」
どっか間違ってるぞ。
「何言うてるねん。世の中何があろうとも阿弥陀さんが全部後始末してくれると言う有難い教えやんか」
それだけの意味じゃないって法然や親鸞が生涯をかけて理論化したんじゃない。それよりなにより本気で信じてるの。
「ああこれでもコトリの家は曹洞宗や」
いつのコトリの話なのよ。それにね悪人正機は親鸞の歎異抄にあるから浄土真宗でしょうが。
「ありがたい教えは洋の東西を越える」
コトリみたいなのが勝手に解釈を捻じ曲げるからおかしくなるのでしょうが、
「コトリもユッキーも女神やから、人の世の束縛は超える。阿弥陀はんやキリストはんかって友だちみたいなもんや」
それも変でしょうが。そこにアラーを出したりしたら爆弾テロを喰らうよ。
「宗教とはなんや知ってるか。神を信じる事や。確実に御利益与えてくれる神さんが最強やろ。もっとも魂の救済とかは興味あらへんけど」
そんな宗教やってたけどね。そんなことはともかく、
「これだけはユッキーの了解を取っとこなあかん」
ちょっと待ってよ。それはクソエロ魔王をぶち殺した時に二度と使わないと決めたじゃない。
「だから了解や」
どうせ止めても使うだろうし、了解を取ってくれるだけマシか。でもどうして、
「忙しいからに決まってるやろ」
う~ん、そうだった。欠かせない海外出張が目白押しなんだよね。これだってコトリが悪いんだよ。コトリの致命的な持病が時差ボケ。殴っても蹴っても治らないんだもの。だから海外出張はトコトン嫌がるのよ。嫌がるものだから積もり積もった分がデンとあるんだもの。
「行かんでエエんやったら・・・」
ダメ、絶対ダメ。この長期出張をコトリにウンと言わせるためにどれだけの手間がかかった事か。これをチャラにするなんて許せるものか。でもあれを使うと言うことはあっさり殺してケリをつけるのか。
「そうするのが話が早いけど、今回はもう一つ話が噛んでるやんか」
どちらかと言うとそっちがメインとも言えなくはない。
「ちゃうやろ。あっちがあらへんかったら、そもそも動かへんやろうが」
まあその通りだ。皇室がどうなろうとあんまり興味ないものね。せいぜい無いより有った方が良いぐらいにしか考えてないからね。
「あれも使い方が色々あるやんか」
なるほどね。人ってね信心深いのよ。これは宗教に入れ込んでいるって意味じゃなくて、そうだね幽霊だとか、祟りをすぐに信じ込んでしまうってやつ。理解できない超自然的な力の存在をすぐに信じてしまうぐらい。
「それを起こしているのが神って発想や。お化けも幽霊も神の親戚みたいな扱いや」
お化けと幽霊と神を同列に置いたら怒られそうだけど、日本人にとっての神とはそんなもの。だって祟り神とか、疫病神、貧乏神まで認めてるものね。
「根本は多神教やからな」
神はいかなるものにも宿り、機嫌を損なうと祟りがあるって考え方だものね。そこを利用するのならあれを使うのは確かに効果的かも。それぐらいは朝飯前の仕事だもの。コトリの事だから、
「もう掛けたの」
「あたり前や」
いつもの通りの事後承諾だ。こんなやり取りがあった後に長期出張に出発。時差ボケをボヤキまくるコトリを宥めながらのいつもの旅だ。そっか海外出張はアリバイ作りもあるのか。
「いらんと思うけど、東宮御所で綾乃妃殿下と会ったのはバレとるぐらいは思うとかなあかんからな」
コトリが使っている災厄の呪いの糸は人では切れないし、それ以前に見ることも感じる事も出来ないもの。それにいくらでも伸ばすことが出来る。少なくとも地球上ならどこでも問題はない。
本来は女神の糸なんだけど、これ自体は今でも使ってるの。気に入った女の子に恵みを施す時にも糸を介してパワーを送り込んでるからね。女神の糸は恵みの力も送り込めるけど、逆に災厄をもたらす事も出来る。
古代エレギオン時代は女神の刑に使ってたかな。これを使えば死刑ってこと。ポピュラーなのは死に至る災厄が間断なく振り注ぐやりかた。これを使う時は、
『そちに女神の恵みは断たれたり』
こんな感じの宣告をやってた。どこに逃げても確実無比に災厄に見舞われるから、そのうちに死んでしまうぐらいだよ。でもコトリはもっと恐ろしい刑を宣告する時があった。それが、
『汝、永遠に苦しむべし』
こっちは直接には殺すものではないけど、耐え切れないほどの苦痛が永遠に続くと言うもの。それは苦痛に耐えかねて自ら死を選ぶまで果てしなく続くぐらいなんだ。どっちも残酷なんだけど、当時は必要だったんだよね。今回はどの程度なの。
「そやな『女神の恵みは断たれたり』の超々ソフトバージョン」
あははは、コトリも遊んでるな。具体的に言えば、
「運が悪いの団体さんとのお付き合いしてもらっとる」
暮らしの中でいつも通りに行かずに運が悪いと感じることがある。たとえばクルマなりバイクで通勤していて信号が悉く赤で停まるとか。これにさらに味付けして、見えている間に赤になるとかなりイラっとくる。これは歩いていても同じ目に遭う。
前を行くクルマが異常にノロいのも地味に応える。さらにノロいのにとにかくブレーキ踏みまくり。もちろん道を譲る気配など微塵もない。でもこれにイラっとして強引に追い抜こうものなら、
「白バイが追いかけてくる」
クルマの故障も起こる。パンクとか、突然ワイパーが動き出して止まらなくなったり、夜なのにライトが消えたり、
「交差点の真ん中とかの、こんなところでってところでエンコが起こるんや」
仕事もそう。PCで書類を作っていてもアプリが突然落ちたり、PCごとフリーズする。そのために長時間けて作成していたのに根こそぎ吹っ飛ばされる。
「それもこれから帰るとかのタイミングで起こるんよ」
平穏そうな商談もそうで必ずトラブルが起こり、そのリカバリーの途中でも次々とマイナートラブルが頻発し、ウンザリするほど消耗させられる。
「小杉親子はあんまり働いてへんから効果は乏しいけど、日常のイライラは蓄積されるで」
家では家電が次々に故障する。エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器・・・家の照明も順番に切れていく。それもお風呂に入ってるみたいな時に計ったように起こる。お風呂だって温度調節がおかしくなり、シャワーが突然熱くなったり、冷たくなったりが起こる。
「お手洗いもな」
家なら照明が切れる程度だけど、外では切羽詰まって入ってホッとした後に定番のようにトイペがないとかね。
「ついでに詰まって便器から水が溢れる」
外食に行ってもそう。まず入店しても気づかれない。やっとこさ店員をつかまえてオーダーしても忘れられる。やっとこさ来てもオーダーと違い会計も間違えられる。
「自販機を使おうとしても反応せえへんし、入れたおカネも戻って来うへん」
電車に乗れば痴漢と間違われ、街を歩けば不審者と疑われて職務質問される。職務質問されたら、どう頑張ってもその場で終わらすことが出来ずに交番までお付き合いさせられる。しばしば交番で終わらずに署まで連れていかれる。
「さらにぶつかった人の三人に一人ぐらいに因縁を付けられてカツアゲされる」
街だけでなくどこを歩いたり、いや動いているだけでやたらと何かに引っかかったり、つまずいたりする。小指が引っ掛かって痛いとこもあるけど、
「それで何かが倒れたり、落ちたりするだけやなく、それが大事なもので必ず壊れる」
一つ、一つは誰でも日常の中で年に一度かもっと少ない程度に経験する運の悪い事だけど、これが毎日のように押し寄せるのか。これは相当ストレスが溜まりそう。わたしだってそうだけど、物事が思う通りに行かないとイラっとするものね。
「その通りや。女神でさえそうやけど、暮らしってリズムやんか。リズムが良いと快適やけど、リズムに乗りたくとも必ず運の悪い事が起こってぶち壊しになるんよ」
命に関わるようなものじゃないけど、生活のリズムを奪われる暮らしは応えるだろうな。
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