カラクリの真相
妃殿下の協力が得られたので菊のカーテンの向こうの甘橿宮家の実情の情報はかなり入ってきた。肇さんの情報で大筋は合っているけど、肇さんでも知る事の出来ない話がかなりあったよ。喬子様と小杉慶太の出会いはありきたり。大学のテニスサークルだった。
「皇族は伝統的にテニス好きが多いからな」
これはテニスコートの出会いから、史上初の民間人からの皇太子妃を迎えてからの伝統かもしれない。そのためか皇居にテニスコートがあったはず。自前でコートを作っとかないと気軽にテニスを楽しめないものね。
喬子様も伝統に則ってかテニスを嗜むで良さそう。だからテニスサークルの入っているし、喬子様が所属したテニスサークルには入会者が殺到したのは定番かな。その中の一人に小杉慶太もいたって事で良さそうだ。
サークルだからテニスもするけどコンパや合宿の比重も大きい。スポーツ系サークルも様々で、体育会系のノリに近いところから、飲み会専用に近いところまであるけど、喬子様のテニスサークルはバランス良くぐらいかな。
そこで愛を育んで、もとい、小杉慶太が喬子様との距離を詰めて行ったのだけど、皇室がつかんでいる情報でも二人が恋仲になった形跡はなさそうね。
「せいぜいサークル仲間の親しい方ぐらいみたいや」
小杉慶太も顔は爽やかイケメンぐらいは言えるけど、喬子様は深入りしなかったで良さそう。というか、結局誰も恋仲まで進んだ男友達はいなかったとするのが正しいかも。
「ようわからんけど、最後のところで壁があるんやろか」
それは喬子様本人に聞いてみないとわからないな。単に本人の性格なのか、皇族の娘全般にそうなのかは、知り合いどころか、知り合いの知り合いもいないから何とも言えないもの。それでも敷居は高そうな気がする。
「古典的な詐欺やな」
喬子様と小杉慶太の決定的な接触は、思い悩んでいた風に見えた小杉慶太に喬子様が声をかけ、相談に乗ったことで良さそうなんだ。そこで小杉慶太が涙ながらに打ち明けたのが母親の病で、その治療費の捻出のために大学を辞め就職をしないといけなとかなんとか。
「ああ病気なんは確かや。浪費癖による慢性金欠病や」
また次のカモを探していたけど、さすがに歳で思うように見つからなかったみたいだ。もちろん、そんな話をしたわけでなく、適当な病気をデッチ挙げたはずだけど、
「これが肇さんの言っていた喬子様は優しすぎたって話やな」
あまりに親身に小杉慶太の身の上話を聞きすぎて、力になってやりたいと思ってしまったみたいなんだ。ここでなんだけど、皇族も貯金を持ってるんだよ。皇族は皇室予算で生活費を渡されるけど、その使い道はある程度の自由がある。
「一般市民なら小遣いって事になるんやが小遣いとするには少々多い」
独立した生計を持たない女王、つまり喬子様のような宮家で暮らす人でも年間に六百万円以上ある。六百万円は独立して生活するには少なそうだけど、喬子様は六百万円で衣食住を賄っているわけではなく、甘橿宮家の娘として養われている。
「その気になればお手当すべてを貯金にするのも可能や」
そこまでは極端としても相当部分を貯金にするのは可能だそう。だからコトリが言うように六百万円は一般庶民なら小遣い相当になるんだよね。小杉慶太の身の上話に同情しすぎた喬子様は、
「治療費七十万円を貸してもたんや」
ああなんて事を。それは今の皇室の最大のタブーじゃないの。
「やってもたもんは仕方あらへん」
これは絹子様事件の余波の一つなんだよ。絹子様はあれこれ仕出かしてるけど、内親王時代にかなりの金額を彼氏や彼氏家族に渡してるんだよ。それが後々大問題になってしまったんだよね。
皇室はぶっちゃけのところ皇室予算という名の税金で養われてるとも言えるのよね。皇室を維持するために税金を使うことは殆ど異論がないのだけど、皇室の人が一般人に援助するのを極度に問題視されたのよ。
「あの時は感情論が表に立ってもたけど、理屈としては金持ちの気まぐれの施しとは根本的に違うぐらいやったな」
特定一般人に対して税金が費やされるとは何事ぞみたいな主張だった。出どころからしたらそういう理屈も成り立つところはあるものね。これも少額なら社会儀礼の範囲と出来るのだけど、その範疇を越えてたのは確かだからね。
「皇室経済法の解釈論議やねんけど・・・」
だから法令化はされなかったけど、皇室の人から一般人への金銭や物品の供与は厳しく制限されただけではなく、
「不文律の内規みたいなもので皇族追放にも抵触するタブーになっとるらしいからな」
絹子様事件の頃は自販機の缶ジュース一本まで問題視されたぐらいだけど、そこまではやりすぎとして今は社会儀礼程度は認められている。でも喬子様の七十万円は抵触すると見て良いと思う。
「そこから喰らいつかれたんや」
皇族が一般人にカネを貸した事実を公表されたくなかったらもっと貸せの強請りのタネになってしまったんだよ。ここも喬子様が甘橿宮家の体面を守ろうとしたのが被害を大きくした。
「小杉親子は喬子様の貯金を食いつぶすぐらい強請り続けたんや。ついに貯金が尽きた喬子様は父親の甘橿宮親王殿下に相談する事になる」
甘橿宮家でも大問題になったのだけど、既に喬子様が支払った額が大きすぎ、これを公表されただけで喬子様だけではなく、甘橿宮家も巻き添えになって皇族追放になると判断せざるを得なくなったで良さそう。
喬子様に代わって甘橿宮家が小杉親子の強請の金額を払ったのだけど、いかに甘橿宮家と言えども限界がある。というかいくら強請ったんだよ。
「そこで提案されたんや」
それが小杉慶太と喬子様の結婚なのよね。これも結婚で強請りをチャラにするのではなく、
「手切れ金代わりの持参金として表が一億円。裏が五億円や」
表とは皇族離脱の時に支払われるものだけど裏とは、
「本来はその皇族の貯金や。そやけど小杉親子の要求は皇族からかき集めて来いやねん」
そんな金額を強請られ続けた甘橿宮家が払えるはずもなく、ついに天皇家に窮状を相談する事になり綾乃妃殿下の耳にも届いたって事なのだそう。喬子様は自分が事件の発端になっているから覚悟を決めたそうだけど、そんな約束が守られる訳がないでしょうが。
「小杉親子の提案は手切れ金やけど、狙いはミエミエや」
皇室で裏の持参金を調達しようものなら、今度は皇室全体への強請りネタを手に入れたようなものになり、完全にロイヤルATMにさせられるだけだもの。綾乃妃殿下の苦悩もそこで、
「この事態に対処するには甘橿宮家の皇族追放が一番考えられるけど、ここまで強請り額が大きくなると皇室への向こう傷も避けられへん」
それこそ絹子様事件の時のような皇室バッシングの悪夢の再来は必至だものね。
「今の政府がアテにならんのも痛いとこや」
今の政府は中道からやや左派よりぐらいの連立政権。連立与党にも温度差があるけど、皇室制度に冷淡なのも入ってるものね。あんな政府に対応を任せたら、あっさり甘橿宮を皇族追放にするだけで、皇室バッシングは知らん顔をしそう。
「綾乃妃殿下と喬子様も仲が良いらしいしな」
肉親の情もあるのか。たしかに事の始まりは喬子様のミスだけど、絹子様事件と構図はだいぶ違うものよ。喬子様のミスはあくまでも優しさの発露だけど、絹子様はわがままの暴走みたいなもの。
「それでも起こっている事件の規模は絹子様以上かも知れん」
小杉親子の巧妙なところは、事が露見してもそれなりの安全圏にいられること。皇族が一般人にカネを渡すのをタブーにはなっているけど、受け取った一般人になんらかの刑罰があるわけじゃない。
「返してもらうのも望み薄や」
貸したり渡したらタブーのカネの取りたては難しくなるというか、誰が取り立てるかの話が出てくる。カネの貸し借りは借りた方が前向きなら話は簡単だけど、借りた方が開き直ると途端に厄介な話になる。
「そやから金融機関は担保を取るし、貸し金回収業者が存在するんやないか」
今回ならおカネをどこかに隠して自己破産してしまえば、それ以上の追及はなくなってしまう。自己破産もデメリットはあれこれあるけど、借金への抵抗手段としては切り札クラスの威力はある。
ところで喬子様との結婚だけど、カネとして持参金を合法的に手に入れる手段ではあるけど、それだけじゃないよね。
「この辺は小杉親子の間で少し方向性の違いはあるでエエやろ」
小杉母はカネだけが目的で、喬子様を嫁にしておけば人質になる感覚で良さそうだって、
「小杉慶太の方はカネも目的やけど喬子様も目的や」
若い男だから喬子様を見たらそうなるか。あれだけ強請ってるからもうやったとか。
「シノブちゃんが物凄い気合入れて調査してくれたけど、やってないと結論しとった」
さすがにそこは皇室相手か。
「肇さんのガードは徹底しとるって話や」
やるならホテルなり自分の家なりに連れ込まないといけないけど、そこに皇宮護衛官が顔を出すとやりにくいって事で良さそう。現時点では皇宮警察は皇室重大問題に直接関与してないから小杉慶太も追っ払えないぐらいだろ。
でもこれで話の筋が通ったよ。妃殿下はこの問題の大きさを十分に理解していたし、この問題を皇室単独で解決するのに手が余るのも知っていたで良いと思う。だから選べる手段は時間稼ぎのみ。
「手切れ金で相手の情けにすがらなアカンぐらい追い詰められとるんやろ」
そんな気がする。だからこそコトリに会う決断をしただけでなく、エレギオンHD社長でなくエレギオンの女神として扱い、初対面のコトリの提案を受け入れざるを得なかったんだ。それこそ藁をもすがる思いだった気がする。
「苦しい時の神頼みってやつやろ。お賽銭ぐらい欲しかったな」
十円じゃ嫌だな。
「絵馬ぐらい付けてくれるで」
お守りと破魔矢ぐらい買ってよね。でもそうであれば肇さんが人生をかけて小杉慶太を刺し殺しても無駄になりそう。肇さんは喬子様と小杉親子の接点を小杉慶太のみと見てたけど、たとえ小杉慶太を亡き者にしても小杉母だけでもタカリに来るよ。
「そうなるな。そやけどいくら侍衛官でもそれぐらいしかわからんみたいや」
だったら喬子様が微笑んだのは、
「救いやのうて、自嘲に近いかもな」
その体でなんとか小杉親子を食い止めて見せようぐらいか。とはいえ無理だろうな。
「ああそうや。処女を捧げたって、食い散らされて終わりやからな。女が男を体でコントロールするには相当な覚悟だけやのうて、悪どいぐらいの手練手管が必要や。超が付くお嬢様育ちの喬子様に出来るもんか」
コトリを身代わりに差し出せれば、尻の穴の毛まで毟り取れるけどね。
「うるさいわい。ユッキーもやろうが」
わたしはコトリみたいにのんびり尻の毛まで毟り取る趣味はないの。即座に生皮をすべてツルリと剥いてポイよ。同じにしないでね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます