再会
今日はついに潮岬だ。この日のためにどれだけ準備を重ねた事か。
「電車やったらすぐやのに」
バイクで行くのに値打ちがあるのでしょうが!
「プラン立てたんはコトリやで」
まあそうだけど。
「朝一で元気なうちに難所を突破するで」
洞川温泉から国道三〇九号に戻って南下するだけなんだけど、この三〇九号は近畿三大酷道と呼ばれるぐらいの難所だそう。どれぐらいの難所かと言えば、
「あのナビが回避するぐらいや」
ナビの案内する道は、時に、たまたま、いやしょっちゅう、
『なんじゃこりゃ』
てな道におびき寄せる魔力があるんだよね。小型バイクだからなんとかなるけど、クルマだったらゾッとするような道だよあれ。そんなナビさえ、
「天川村から南に抜ける国道三〇九号は迂回するぐらいや」
ここは名前こそ国道だけど、かつての行者還林道で今だって林道のままだそう。行者還林道は、
「ああ、近畿でも屈指の林道や」
国道三〇九号も天川村までは整備された二車線の道だけど、天川村を越えるといきなりだよ。一車線半どころか、一車線でクルマのすれ違いも難しい狭い道。さらに片方は崖と言うより絶壁、反対側も林になっていて見通しが非常に悪い。
ついでに路面も悪くてガタガタ。あっちこっちに湧水があるみたいで、道路に水が溜まってるところも多い。言うまでもなくクネクネ道だ。これだけでも十分すぎる酷道だけど、どうしてこんな道なのに、こんなに通行量が多いのよ。
「川沿いやから、キャンプしたり釣りに来るのも多いんちゃうか」
こんなに狭い道なのに、ちょっとスペースがあれば駐車してるんだもの。さらに他人の事を言えないけど、こういう道を目指して来るツーリング連中も次々にすれ違うじゃない。大型のマスツー集団に出くわしたら、バイク同士なのに停まってすれ違う必要があるぐらい。こんな道がいつまで続くんだよ。
「国道一六九号に入るまでや。二十五キロぐらいやから、一時間もあったら通り抜けられるはずや」
気楽そうに言うな。信号もない道で平均時速三十キロも出せないじゃない。つうか、出せないよこの道。ひたすら神経をピリピリさせながら、
「しとるんは前を行くコトリや。ユッキーは金魚のフンやってるだけやないか」
ギャフン。でもコトリの後ろを付いて走るだけで消耗するよ。ダムサイトを越えて、ひたすら走り続けているとトンネルか。こんな道にもトンネルがあるのに驚くよ。名前もモロで行者還トンネルとなってるけど、あれは出入り口にシャッターでも付いてるのかな。
トンネルぐらいはラクに走れるはず・・・なんじゃこりゃ。けっこう長いトンネルなのに照明がないじゃない。こんなトンネルが今どきあるの。それでもさぁ、こういう道ってトンネルを潜ると道路状況が一変するって良くあるじゃない。トンネルを抜けたぁ。道は・・・続きがあった。
「これで半分ぐらい終わったで。峠を越えるってやつやな」
こういう道のトンネルって一番高いところにあるはずだから、そりゃ、峠を越えたんだろうけど、まだ半分か。さすがは近畿の三大酷道だ。それでも、それでも、なんとなく走りやすくなってる。
「道の幅が広がったな」
ゴチゴチの一車線から、一車線半ぐらいになってると思う。これだって余裕で狭いし、見通し悪いし、クネクネと節操なく曲がって行くのは同じだけど、あのトンネルの前の道が酷すぎた反動みたいなもの。
「やっと終わりや」
突き当たった二車線の道が国道一六九号のはずだけど、センターライン付きの二車線だ! なんて快適なんだよ。
「トイレ休憩や」
あははは、これもPAになるんだろうな。あるのは数台分の駐車スペースと、公衆便所と、なぜか公衆電話。この辺は電波も怪しいのかもしれないね。自動販売機ぐらい置いてくれてもイイのにな。酷道を走り抜けた休憩を取ってたんだけど、そこに四台のマスツー集団がやって来た。
「あれ昨日の姉ちゃんやん」
テメエに姉ちゃん呼ばわりする覚えはないわよ。ああ、なんてメンドクサイ。ツーリングに出てしまえば、そうは会わないはずなのに、選りによってまたこの連中かよ。
「熊野の方に行くんやろ。一緒にマスツーせえへん」
参ったな。断っても、このまま絡まれるじゃない。振り切るのもアリだけど、初見の道だし、ネズミ捕りに御用になるのもアホらしいもんね。仕方がない実力行使にするか。あんまり女神の力は使いたくないけど。そしたらもう一台入って来た。
「あれはアフリカツインやんか」
バイクはタウンユース、オンロード、オフロードぐらいにまず分類される。タウンユースはカブとか、スクーターになるし、オンロードはスポーツバイクからアメリカンまで含まれるぐらい。オフロードは道なき道を走り抜けたり、競技用のコースでテクニックを競うものまである感じ。
アフリカツインは強いて言えばオフロードだけど、とにかくデカイ。そりゃリッター越えの堂々たる大型バイクだ。
「あれはラリーレイド用やろ」
ラリーレイドとは、そうだね、パリダカみたいなラリーのこと。広大な原野とか砂漠を走り抜けるためのバイクかもしれない。もっとも市販だから、オンロードにかなり振られてると思うけどね。バイクから下りてメットを外すと、
「嫌がってるではないか、やめなさい」
きゃぁ、昨日のあのイイ男じゃない。なんてタイミングの良い時に現れてくれるんだよ。
「昨日のイキガリか。余計なもんにチョッカイ出したら怪我するで」
ああ美人に生まれてしまった宿命だ。どうしたって男どもは群がり、わたしを奪うために争うのよ。なんて罪な女、この美貌が憎らしい。
「ユッキー、寝とるんか。寝言がウルサイで」
ほっといてよ。でも懲りない連中だね。朝っぱらから、こんなところで乱闘しようって言うの。やっぱり止めさせないと仕方ないか。出来たらコトリにやって欲しいな。そんな事を考えている間に諍いはヒートアップ。
「手を出すのはやめた方が賢いぞ」
「なにをエラそうに」
四対一か。四人組の方はタイマンなんて頭にもないものね。だって目的は余計なお節介者の排除だもの。その男さえ叩きのめせば良いわけで卑怯もヘッタクレもないもの。そうやってわたしたちを悠々とナンパするわけだ。
と言うか叩きのめしたらナンパじゃ済まない。そりゃ、目の前でそんな暴力を揮った男に従うしかないじゃない。その勢いで襲われても不思議無い。喧嘩って頭に血が昇らないと出来ないし、その時にアソコにも血が昇るものだもの。
襲われたってなんとでも出来るけど、アフリカツインの男が勝ってくれないと困るのよね。負けたら怪我の状態によっては病院も必要になるじゃない。でもこんな山の中にすぐには救急車だって来てくれないだろうし、見捨ててツーリングを続けるわけにもいかないもの。
う~ん、それにしてもアフリカツインのイイ男の方は余裕あるな。昨夜はまだしも、こんなところでわざわざクビを突っ込んで来たのだから、自信がなければ出来ないはずだものね。そうしたら一人の男が雄叫びを上げながら殴りかかった。
イイ男は相手の拳を掌で受け止めるや否や、そのまま腕を捩り上げちゃったじゃないの。体を反転させられた男は、
「イテテテ、放しやがれ」
あのね。自分で殴りかかっておいて反撃されて泣き言垂れるんじゃないよ。でもこりゃ強いよ、何者なんだろう。
「ここまでにしておけ。それなら見逃してやる」
「なんだと!」
イイ男は捩り上げた腕をポイって感じで放したもんだから、男は三人組の方に突き飛ばされた。
「私の職業はこれだ。これ以上となると応援を呼んで署で話を聞くことになる」
えっ、あれは警察手帳じゃない。だったら警官か。そりゃ、強いだろうし、あれだけ余裕があるわけだ。連中は、
「覚えてろ」
定番の捨て台詞を残して走り去っていったけど、こうなればやる事は一つ、
「うぇ~ん、怖かった」
「助かりました」
コトリも抜かりないな。そこからマスツーを頼み込んだよ、そりゃ、
「またこの先であの連中に絡まれるのを守ってください」
しっかりOK取れた。名前を聞くと鴛淵肇だって。今日の予定も、
「奇遇ですね。私も潮岬に向かいます」
こんな滑り出しが順調なツーリングも久しぶりだ。今度こそ念願のアバンチュールだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます