百合太郎

三郎

前編

 昔々あるところに、女性だけが住む小さな島がありました。その島は、男尊女卑な社会から逃げて流れ着いた女性達が独自の文化を築き上げて出来た男子禁制の島で、綺麗な百合が咲き誇る花畑があることから百合ヶ島ゆりがしまと呼ばれていました。

 百合の花畑は島の象徴として大切に守られていましたが、ある日突然外からやってきた鬼達に踏み荒らされてしまいます。鬼達のリーダーが下品な笑みを浮かべながら言いました。「今日からこの島もお前達も俺達のものだ」と。


「ふざけるな! 私達は物じゃない!」


 女性達は武器を構え、抵抗する姿勢を見せます。鬼達はそれを見て「可愛気のない女共だ」とため息を吐き、持っていた棍棒を振り回し、花畑を荒らし始めました。


「やめろ!!」


「うるせぇ! 人間のメス如きが俺達に逆らうな!」


「女は男に黙って従うもんだ。それが賢い生き方なんだよ。鬼も、人間もなぁ!」


 島の女性達は弓や槍を使い、鬼達を追い出そうと攻撃をしますが、鬼達は怯むことなく花畑を荒らし続けます。綺麗に咲き誇っていた花々は見る影も無く荒地になってしまいました。


「なんてことを……」


「くだらん。花なんてまた植えればいいだけの話だろう」


「おい。一本残ってるぞ」


「踏み潰しちまえ」


 微かに残る百合の花を踏み潰そうとする鬼に、一人の女性が槍を投げつけます。槍は鬼の太ももに突き刺さり、槍が刺さった鬼は苦痛に顔を歪めながら、槍を抜き、抜いた槍を怒りのままに女性に投げ返そうとしました。その時——


「な、なんだ?」


「百合が……光って……」


 花畑の中の一本の百合の蕾が眩い光を放ち始めます。鬼達も女性達も思わず争う手を止め、全員そちらに注目します。光る百合はみるみるうちに大きくなり、閉じていた花弁を一枚一枚開いていき、その中から人影が現れます。


「なんだ……? 人……?」


 光が少しずつ収まり、人影のシルエットがはっきりしてくると、女性達の一部が悲鳴をあげながら顔を両手で隠しました。百合の花から出てきたのはなんと、全裸の男性だったのです。


「な、なんだこの変態は!?」


「し、知らん! こっちが聞きたい!」


 争い合っていた鬼達と女性達の双方から警戒心を向けられた男性は茎から地面に降り立つと、胸に手を当ててこう名乗りました。


「我はこの島の精霊だ!」


「……もう一度聞く。人間、こいつの変態はなんだ」


「こっちが聞きたいと言っているだろう!」


「む? 聞いてなかったのか? 我はこの島の精霊だ。名前というものは無いが……うーむ。あ、百合から生まれたから百合太郎というのはどうだ?」


「……」


「む。……あぁ、なるほど、もしかして精霊が何かわからないのか? 精霊というのはだな——」


「……とりあえず服着ろよ百合太郎」


 1人の鬼が呆れるようにツッコミを入れると、鬼達も女性達もこくこくと頷きました。


「服? 服とはなんだ?」


 精霊を名乗る男性は首を傾げながら女性達と鬼達を観察し、自分の姿と見比べます。そして何かを閃いたようにぽんと手を叩くと、地面に手を当てて何かを唱え始めます。すると地面から草が生え、男性の腰に巻き付きました。


「よし」


「「いやいいやいいや……」」


「なんだ。まだ何か問題でもあるのか?」


「問題というか……てめぇは一体なんなんだよ!」


「精霊だと言っているだろう。百合に宿った九十九神(つくもがみ)と表現した方が分かりやすいか?」


「……つまり貴方は、この島を守る神だと」


「まぁ、そんな感じだ。君達がいつも愛情を持って花畑を世話をしてくれていたことは知っている。いつも見ていたからな。感謝している。ありがとう」


 男性は女性達の方を向き、頭を下げます。最初は警戒していた女性達も少しずつ警戒を解き始めます。


「さて、鬼達よ。貴様らは何故(なにゆえ)我が領地を荒らす?」


 精霊は鬼達の方を向き直すと、いつの間にか手に持っていた剣を彼らに突きつけました。


「何故……だと? そんなの決まっているだろう。人間の女如きが島を一つ独占してんのが気に食わねえんだよ。女はなぁ、大人しく男に従って生きればいいんだよ! 鬼はそうやって男が女を支配して社会を築き上げてきた。人間達だってそうだろう?」


「……我は人間でも鬼でもないが故、君達の社会のことはよく分からんが——その社会の仕組みとやらに、彼女達がどれだけ苦しめられてきたのかは知っている。全て聴いてきたからな」


「はっ。神のくせに女を贔屓するのか? 神も女に弱いんだな」


「先ほども言ったが、我は人間や鬼の社会のことはよく分からん。故に何が正解かも分からぬ。彼女達が間違っているのかもしれない。しかし我にはそんなこと関係ない。この島を、花畑を大切に守ってきたのは彼女達であり、踏み躙ったのは君達だ。我にとってはそれだけが真実。故に我は、彼女達は我の味方であり、君達は敵だと判断した。さて侵略者達よ。これは忠告だ。今すぐこの島から去れ。そして二度と来るな。さもなくば命の補償はせぬぞ。我はこう見えて、大切な島を荒らされて怒っておるのだ」


 精霊を名乗る男性の怒りに呼応するように、島だけを覆うように雷雲が立ち込め始めました。ゴロゴロと威嚇するように鳴り響く雷鳴に、鬼達は引き攣った笑みを浮かべます。鬼の中の一人が「やべぇよこの島……引き返そうぜ」と怯えるように言います。しかし、一人の鬼が「何が神だ! ふざけやがって!」と精霊に向かって棍棒を振り上げました。その瞬間——

 ドカーン! と雷鳴が轟き、鬼の目の前に雷が落ちました。腰を抜かす鬼を見下しながら、精霊は言います。


「もう一度言おう。今すぐこの島から去れ。そして二度と島にも、彼女達にも近づくな。次は直撃させる。よいな?」


 鬼達は精霊の言葉に頷き、情けない悲鳴をあげながら去っていきました。彼らが去っていくのと同時に、空も少しずつ晴れていきます。精霊が一息吐くと、女性達は一斉に彼に深く頭を下げました。


「島をお守りいただき、ありがとうございます精霊様。そして……力及ばず、花畑を守ることが出来ず、申し訳ありませんでした」


 島の長が代表して精霊に感謝と謝罪の言葉を述べます。すると精霊は言いました。「感謝するのは我の方だ」と。


「先ほども言ったが、我はずっとこの島を見てきた。君たちが上陸する前からずっとな。あの花畑はな、遠い昔、ここに住んでいた女性二人が作ったのだ。しかし彼女達は亡くなって、しばらく誰にも手入れされずに荒れ放題だった。その花畑を君達が見つけて、手入れしてくれた。美しい花畑を見て癒される君達の心に我もまた癒されていたのだよ。だなら、ありがとう」


「……ですが私達はあの花畑を守り切ることが出来ませんでした」


「いいや。大丈夫だ。確かに死んでしまった花もいるが、全ての花が死んだわけではない」


 そう言うと、精霊は花畑の地面に手を当てて呪文を唱え始めます。すると、土からいくつかの芽が出てみるみるうちに成長し、百合の花をぽつほつと咲かせ始めます。荒らされる前に比べれば数は減ってしまったものの、荒れていた花畑に少しだけ花が戻りました。女性達が奇跡が起きたと感動する中、精霊はパタリと横に倒れてしまいます。女性達は慌てて駆け寄ります。精霊の身体はうっすらと透けていました。


「精霊様!? どうなさったのです!」


「姿形を保つには力が必要でな……どうやらこれ以上は持たんらしい。君達からは見えなくなるが、死ぬわけではないから心配は無用だ。これからも我はずっと、君達のことを見守っているよ」


「そんな……私達はまだ貴方に何もお礼を出来ていないのに」


「ははは。礼など要らぬよ。言っただろう。感謝したいのは我の方だと。ありがとう。人間達よ。これからもこの島のことをよろしく頼むよ。機会があればまた逢おう」


「精霊様!」


 精霊の姿は少しずつ光の粒子となり崩れていき、最終的には跡形もなく消えてしまいました。

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