第8話 二度目の遭遇

轟奏初配信事件から数日後、阿久津は初配信をめちゃくちゃにした件で、UPライブの事務所に直々に呼ばれ、説教を喰らっていた。


「あんな変な事をするならば、せめて次からは私とは言わないから、マネージャーにぐらい一言言ってやれ、お前ら新人のマネジャーが大層慌てていたそうだぞ」

「あっそうだったんですか。でもその代わりインパクトはあったと思いますよ?」


そう言われた美咲は、そんな事をせずとも元々阿久津の存在そのものがインパクトの塊である為、必要なかったんだがなと思ったが、それを言って仕舞えば、阿久津の良さを潰してしまうと考えた美咲は、適当に相槌を返しておいた。


「まぁと言う訳だから、今後はここに呼ばれないように気をつけてやりなさい」

「分かってますよ。俺を誰だと思ってるんですか?あの天王寺阿久津ですよ?」

「はいはい」


そんな事があり、社長室から出た阿久津は、帰るためにエレベーターに乗った所でふと思った。

ここの二階や三階って何があるのだろうと。


という訳でまずは三階から向かったところ、三階はアーカイブを確認したり、いい人材がいないかのチェックの為に、いくつもの画面で同時に別のvtuberや配信者などをチェックする人などの、俗に言う裏方の人達が働くスペースだった。


「やぁ皆んな調子はどうだい?」


阿久津が堂々とした足取りで部屋の中に入りそう聞くと、周りの社員達はこんな人いたっけ?と若干困惑しながらも、阿久津に仕事の進捗や見つけた人材などを紹介した。

それを阿久津は直感で全て答えていき、それを聞いた社員達は成程と呟きながら、自分の席に戻り仕事を再開し始めた。

その様子に感心する様に首を上下に振った後、阿久津はその社員達一人一人に労いの言葉を掛けて、部屋を退出した。

その後今日そこで仕事をしていた社員達からは、自分達の上司には年は20代前半ぐらいの若さの、仕事の腕は凄腕で、更には部下を一人一人労うという、どこからどう聞いても完璧な上司が居るという噂が、UPライブの事務所内で流行ることになった。


三階も一通り見終えた阿久津は、次に二階へと移動した。

二階は幾つもの防音が施された部屋があり、事務所に併設されたスタジオだという事がわかった。

大量にあるスタジオを適当に中を開けて見ていくと、中身には色々な種類があり、用途によって使い分ける者だという事がわかった。

そんな事を考えながら見て回ると、使用中と書かれた看板が架けられている扉を発見した。

扉についてあるガラスから中を確認してみると、中には前にエレベーターでエンカウントしたことのあるフォルテがそこにいた。

バレない様に音を立てずに中に入ると、中ではフォルテがその持ち前の透き通る様な歌声で、ゆったりとした落ち着いた歌を歌っていた。

それを黙って聞いていた阿久津はフォルテが現在スランプ中だという事を思い出したが、阿久津が聞いた限りでは普通に歌えている様に感じ取れた。


そんな事を考えながらフォルテの歌を聴いていると、歌い終えたのかフォルテはマイクを近くの机に置き、代わりに机に置いてあったリンゴジュースを手に取り飲み始めた。


そんな事はお構いなしに阿久津は、自分が無断で侵入している事を忘れているのか、フォルテに向かって拍手を送った。


1人で歌っていると思っていたのに、いきなり部屋に知らない男がいて、更には拍手を送ってくるという状況にフォルテは恐怖を覚え、二、三歩後ろの方へと後退りした。


「やぁ久しぶりだねフォルテちゃん。君スランプって聞いてたけど普通に歌えてるじゃん。それとももうスランプは解消できたのかな?」


いきなり部屋に入って来た存在が、UPライブの社員の中でも一部の人しか知らないはずの、自分の正体がvtuberのフォルテである事や、更には仲のいい同期にもまだ言えていない、自分がスランプに陥っていることまで知っている事に、本格的に恐怖を覚えたフォルテは腰が抜けたのか、その場でちょこんと座り込み、持ち前の肺活量を活かした大絶叫を上げた。


「おいおい、急に叫んでどうしたんだ?もしかしてゴキブリでも居たのか?」


全く見当違いのことを言いながら、その男は一歩、また一歩とこちらへと着実に歩を進めてきた。それに同期する様にフォルテも後方へと下がるが、その攻防は長くは続かなかった。

フォルテの背中が部屋の壁にぶつかることで、その侵入者の男との距離は一気に縮まった。


「さっきから無視はひどくないか?ってそういや前会った時もずっと無視して来てたよな」


そう言われた事で、フォルテは目の前の人物の正体を理解した。


「リリィちゃんのお兄さん?」

「あれ?もしかして分からなかったのか?そうとも俺はリリィの兄にして、初配信でUPライブ初の同接数100万人を達成した、伝説的vtuberのアクトだよろしく」

「あっはい」


謎の侵入者の正体が同期の実の兄であり、つい先日デビューしたばかりの自分の後輩だとわかった事で、先程までの恐怖は少し和らいだ。だとしても自分がスランプに陥っている事を知っているのはおかしい。


「あのアクトさん」

「ん?どうした」

「どうして私がスランプだった事を知っていたんですか?」


フォルテがそう聞いたところ阿久津は、特段隠す事でも無いので、正直になんと無くで聞いたところ、美咲さんが謎理論を展開してペラペラと話してくれたと、フォルテに話した。

その話を聞いたフォルテは、自分が所属しているグループのトップに対して、少しの不信感を覚えながらも、阿久津が自分の事情を知っている事に納得した。


「それじゃあもう一つ聞きたい事があるんですけど、どうしてあなたが今ここにいるんですか?」

「どうしてって、適当に車内を見回ってたら知ってる顔を見つけたから、見学にきただけだぞ。それもスランプって聞いてたのに、普通に歌っててビックリしたしな」

「そうですか」


そんな自分勝手な考えで無断で侵入してくるなよとは思ったが、それを面と向かって言えるほどの中でも無いので、フォルテはその気持ちを心の底にしまった。


「でも良かったなスランプ解消できて、もし解消出来てなかったら、これから同僚になる誼みで直してやろうと思ったが、その必要は無かったんだな」


その圧倒的に上からの物言いに、少々苛つきながらも、相手が同期の兄と言うこともあり、フォルテはなんとか手を出さずに我慢した。


「にしても、ネットで歌姫だとか言われてどれほどの実力かと思って、少し楽しみにしてたけどお前の歌全然ダメだったな」


パチーン

フォルテが阿久津の右頬を思いっきり叩いた。


「痛っ、おい!いきなり何するんだよ。」


そう言って阿久津が頬を押さえながら顔を上げた先には、涙目で顔を真っ赤にしてどこからどう見ても激怒しているフォルテの姿があった。


「貴方に一体何がわかるんですか!」

「いや、俺に何がわかるって言われてもな、多分俺じゃ無くても気づくだろ」

「だから何に!」

「はぁ?何、もしかして気付いて無いのか?いやーこれは重症だな」


そう言うと阿久津はケラケラと相手を馬鹿にする様に笑い始めた。

それを見たフォルテは、体重をかけて思いっきり阿久津の足を踏みつけた。


「痛ってぇ!だからさっきからなんで暴力を振るってくんだよ」


足が腫れていないか靴下を脱いで、自分の足を確認しながら阿久津はそう言った。


「にしても、フォルテちゃん君vtuberで良かったね。もし君がvtuberじゃなかったら誰1人に見てもらえない、売れない自称歌手の歌手もどきになってただろうから、その点は拾ってくれた美咲さんに感謝しておくんだぞ」


何故ほぼほぼ初対面の相手に、ここまでボロクソに言われなければならないのだと思いながらも、事実自分が人気になったのはフォルテになってからなので、このいちいち相手を煽る様に話すクズにいい様に言われても、反論する事はできなかった。そんな中で、頭を振り絞って導き出した反論が


「どうしてそこまで言われなきゃならないんですか!」


子供の様に泣きじゃくりながら、子供の質問の様な稚拙な質問だけだった。


「おいおい、暴力の次は泣き出すのかよ。クール系キャラはどこに行ったんだよ。まぁそんな事はどうでもいいか、それで?どうしてここまで言われなきゃならんって、そりゃお前がつまんなそうと言うよりかは、どう見ても嫌々歌ってたからだろ。あからさまに嫌な顔されながら、歌ってる歌を聞かされてるリスナーの身にもなってみろよ、哀れでしょうがないだろ?それもあいつらからは、設定されたvtuberの顔しか見られねぇんだぜ?流石に可哀想だろ。可哀想で涙が出るぜ。まぁでも普通に歌えてるんだし、お前個人としては別にいいんじゃねぇの?」


泣き真似までしながら説明し終えると、阿久津はこれで分かったか?と言う目をフォルテへと向けた。


「これで満足か?フォルテお前もUPライブのvtuberなら俺の配信見てたよな?それなら俺が今お前に対して感じている事がわかるだろ?歌うのが嫌いなら歌うのをやめてしまえ」

「……っ」

「じゃあそう言う事だ。邪魔したな」


そう言うと、阿久津は完全に呆けているフォルテを余所にそのまま部屋を出て、家へと帰宅した。


そして翌日、フォルテを泣かしたことが美咲にバレ、連日呼び出しで昨日とは違いガチ目の説教をされて、美咲はフォルテの個人情報をペラペラと阿久津に話したこと、そして阿久津は昨日の事で、2人揃ってフォルテに誤りに行った。


もちろん許される事はなかったが


ーーあとがきーー


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