歌姫フォルテとバンドやろうぜ!

第5話 フォルテとの初邂逅

食虫配信から数週間が経った頃、美咲さんから連絡が来ていた。

そこには、俺のvtuberとしての見た目が出来たらしいので、見に来て欲しいとのことだった。その際に、何か変更点があるなら今の時期が最後なので、最終確認の意味を含んで、本社まで来てほしいとのことだった。


自分のvtuberとしての見た目ができた事に、少し気持ちが舞い上がりながら、阿久津は急足でUPライブの事務所まで向かった。


2度目になる出社になるのだが、1度目の時とは違い今はどんなものに仕上がっているのかと、ワクワクした気持ちで入っていった。それに美咲さんに聞きたいこともあるしな。


そうしてまた受付に一旦行き、エレベーターに向かうと、その中には先客が居た。

それは、空色ショートカットで能面の様に表情をピクリとも動かさない、俗に言うクール系美少女というのが似合う少女がそこに居た。

街中を歩けばほとんどの人々が二度見をする様な美少女だが、阿久津は自分至上主義で何においても自分が一番優れていると思っているせいで、その少女を見ても、自分よりは劣っているがそこそこの美少女だな程度の感想しか抱かなかった。


エレベーターに乗り込んだ阿久津が、前回同様四階のボタンを押そうとしたが、それは既に自分ではない誰か、そうこのエレベーターに乗っているもう1人の乗客の手によって押されていたのだった。


それを見た阿久津は、奇遇なんだなと思いながらエレベーターの扉を閉めた。

エレベーターを出てからは、前来た時同様の道を辿り、美咲さんの居る社長室を目指した。


社長室に着き中に入る為に、部屋の扉をノックするとそれは二重に聞こえた。何故?と思いながら阿久津が周りを見渡すと、先ほどの少女が自分と同様に社長室の扉を叩いている事に気づいた。


「君もここに様なのかい?」

「……」

「無視は流石にちょっとどうかと思うよ?」


そんな風に話していると、扉の中から入ってこいとの声がかかった。

その為阿久津は、その少女に話しかける事をやめ、その少女と一緒に部屋の中へと入った。


「やぁ、よく来てくれたね阿久津君……とどうして君が一緒にいるのかな?フォルテ」


その名前を聞いて阿久津は、フォルテと呼ばれた少女が海外の人間だと思い、さっきのも無視したのではなく言葉が通じなかったのだと、勝手にいい方へと解釈した。


「お久しぶりです美咲さん。」

「ああ、そうだなパーフェクトゲロお兄様」

「何ですかその不名誉極まる名前は」

「君のネットでの愛称みたいなものだよ」

「最悪ですね」


阿久津は美咲と少しの雑談をした後に、フォルテを見た。


「あの美咲さん、自分一旦外出た方がいいですかね?」

「いや、私が約束をしていたのは阿久津君なのだから、この部屋から出るとすれば君では無くフォルテの方だね」


そんな風に阿久津と美咲が話し合っている中、当の本人であるフォルテは特に何かを話す事はなかったが、美咲の発言を聞いて少し顔を伏せた。

そしてそれをたまたま見ていた阿久津は、いきなり自分の体を弄り始めた。


「いやーすみません美咲さん、ちょっと財布をどこかに落としたみたいで探してきてもいいですか?」

「ああ、そうなのかそれは大変だな。それとあまり関係ないのだが、そのポケットの膨らみには中に何が入っているのか教えてもらってもいいかな?」


そう言われた阿久津はハッとした表情をした後、急いでポケットからそれを取り出し、扉を開けると全力で部屋の外へと自分の財布を投げ飛ばした。


「え?ポケットですか?何も入ってないですよ」

「そうか、なら私の見間違いだったのだろう。それじゃあ阿久津君、君は財布を探してくるといい」

「それもそうですね」


そういうと阿久津は部屋を出て、先程自分で投げ捨てて、中身が周りに散らばってしまった財布を少し後悔しながら拾いに行った。


財布の中身をいそいそと拾い上げ、全てを拾い切ると阿久津は、社長室の近くでスマホをいじり始めた。


フォルテの名前を確かどこかで聞き覚えていた阿久津は、フォルテで調べてみるとそのほとんどが音楽記号や車などが出て来る中、一つ目につくものがあった。


「やっぱりvtuberだったのか」


阿久津がそう呟いた瞬間、社長室の中から美咲の声ではない女性の声で、少し怒気を含んだ声色で何かを言っている声が聞こえた。

そしてそれと同時に、フォルテと呼ばれた少女が大股で少し足音を鳴らしながら、社長室から出ていくのが見えた。


それを見た阿久津は、中で何かがあったんだな〜と思いながら、次は自分の番だなと思い社長室へと向かった。


阿久津が社長室に入ると、そこには少し憂鬱そうにしている美咲がいた。


「いやー財布ようやく見つかりましたよ」

「そうか、すまなかったね阿久津君」

「いえいえ」


そんな事を話していると阿久津は、美咲に聞きたかった事をふと思い出した


「あっそうでした、美咲さんに聞きたい事があったんですがよろしいですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「実は自分なりにUPライブの事を調べたんですけど、所属vtuber全員女性だったんですけど、お、じゃなくて私が入ってもよろしいのですか?」

「ああその事か、それは特に気にすることはないよ。別にウチは女性だけのアイドルグループとかでは無いからね、今までがたまたま女性ばかりだっただけだよ。現に男性もよく応募して来るからね」


まぁ、そのほとんどがウチの所属vtuberと仲良くしたいだけの下心野郎ばっかりだったけどね、やれやれと言った感じで美咲はそう言った。


「あっそうだったんですか」


てっきり俺の魅力が強すぎて、男女の垣根を超えたとばかり思っていたのだが、そんなことはなかったのだな。と阿久津は人知れず少しショックを受けていた。


「阿久津君の聞きたかった事というのはそれだけかい?」

「そーですね。元々はそれだけだったんですが、これは聞いていいかは分からないんですが、さっきのフォルテさんは何であんなに若干キレていたんですか?」

「ああその事か、フォルテ君、君の妹の同期でもある彼女のことなんだが、あまり私の口から言う事でもないとは思うが、元々は君との時間を彼女が無理やり潰したのだから、君はこれを聞く資格があるだろうから簡単にだが話してあげるよ」


それを聞いた阿久津は内心、そうはならなくね?と思っていたが、普通に話を聞きたかった為、その事は自分の心の中に収めておいた。


「まぁなんだ、アレは彼女特有の物ではなく、何かを生業にしている者なら、誰もが通るもの。言ってしまえば単なるスランプだな」

「はぁスランプですか」


それを聞いた阿久津は、とある友人の言葉を思い出していた。


「ならよかったじゃないですか」

「よかったとは?」

「いや、私の知り合いがスランプは、自分が成長した証拠と言ってた気がするので。そのフォルテさんも成長できてよかったなと思ったまでです。まぁ私は生まれた時から完璧なので、人生で一度たりともスランプに陥ったことはないですがね」


そう言うと阿久津は、スランプになった事の無い自分の完璧さに高笑いをした。

そして美咲はそれを優しい目で見ていた。


その後は本来の目的である、vtuberの見た目を見て、少し変更点などを美咲と話し合って、その日は家へと帰った。


ーーあとがきーー


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