第4話

 朝日こころの通う高校へ聞き取り調査を行った日の夕方、由紀恵は神戸市の三宮駅付近に場所を変え、朝日こころの両親と接触した。

 朝日こころの両親は有名なメーカーに勤めており、社内結婚だという。夫婦揃って全国各地に転勤するため、そのたびにこころは転校しているらしい。

 三宮駅近くにあるホテルのラウンジで、両親と面会した。ちなみに三宮駅は、由紀恵の実家から高速バスで関西へ出る時によく利用していたので、由紀恵にとっては西宮北口よりずっと縁が深く、慣れたものだった。

 こころには、両親と接触していることがばれないように、両親の会社経由で面会を依頼。どうやら両親は、こころが魔法庁へ依頼していることを知らなかったらしく、すぐに面会を受けてくれた。

 二人とも、穏やかな様子の夫婦だった。父親の方は太っていて、スリムだったこころには似ていないが、母親は痩せ型で、こころと似た感じもあった。

 簡単な自己紹介を済ませたあと、ラウンジの周りに人があまりいない席で話を始めた。


「いきなり聞いて申し訳ないですけど、娘さんの様子で最近、何か変わったことはありますか」

「いえ、特に思い当たらないんです。ねえ?」


 母親が、父親の顔を見ながらそう言うと、父親も「ううん」と言いながら首を縦に振った。どうやら父親はあまり話さないタイプらしく、この後も母親がメインで応対した。


「こころさんとは、普段からよく話すんですか?」

「話すようにしてるんですけど、私たちずっと共働きなもので、こころも、難しい年頃だという事もあって、正直あまり会話はしていないんです」

「まあ、そうですよね。高校生だと、わたしも親とはあまり話さなかったかな」

「進路は私たち夫婦と同じ理系大学の方へしっかり決めてますし、成績も問題なくて、こころから話してくれることもあまりないんです。私たちがいろいろ質問して学校であった事とかをなんとか聞いている状況です。ねえ?」

「ああ。昔からハンバーグが好きだったから、今は給料も上がってるしいいハンバーグが食べられる店に行こう、ってこの前誘ったら、『私もうそんな子供じゃない』ってばっさり断られたもんな」

「なるほどー」


 決して娘に愛情を注いでいない訳ではないが、どうしてもこころとのコミュニケーションは手薄になってしまっているらしい。共働き家庭ではよくあることだ。


「お友だちと遊ぶために外出することは?」

「あまりないと思います。転校ばかりなので、お友達もちゃんと作れているかどうか。それが心配なんですけど」

「なるほど。近藤結花さん、というお友達に心当たりはないですか?」

「はい? すみません、こころからお友達の名前を聞くことがほとんどないので、その子も心当たりがないです。ねえ?」

「いや、どっかで聞いたことがあるような……思い出した、大地くんの紹介してくれた子じゃないか?」

「大地くん、ですか?」

「ええ。黒澤大地くんといって、実はこころが小学生の頃にも西宮に住んでいた時期があったんですが、その頃は社宅に住んでて、隣にいる私の先輩の黒澤さんの息子の大地くんという男の子とこころが仲良くしてたんです。歳は三つほど向こうが上なんですが。西宮へ引っ越しする時、黒澤さんの家は転勤がなくてずっと西宮にいるらしく、知り合いがいた方がいいだろう、と思って久しぶりに大地くんとこころを会わせたんですよ。ただ、今は大地くんが大学生、こころが高校生で、男子と女子という関係ですからね。お友達の関係に戻るのは、厳しかったみたいで。でも大地くんはこころが今通っている高校に昔通っていて、部活の後輩、ということで近藤さんを紹介してもらったんですね」

「なんか、少女漫画みたいな再会ですね、大地くんとこころさん」


 由紀恵がそう言うと、父親は少しむっとしたような表情になった。母親は対照的に、「そんな事もあったわね」と言いながら笑っていた。


「最初のころは近藤さんに学校生活のことを色々教わっていたみたいです。馬が合ったようで、しばらくは近藤さんと何をしていたか、家でも話を聞いていました。でも最近はあまり聞かなくなりましたね。向こうは部活で忙しいみたいですし」

「ふむふむ」


 由紀恵はタブレットに三人の関係をメモした。ただの友人ではなく、大地をめぐって三角関係が発生しそうな構図だと直感した。しかしこの両親にそれを聞いても、これ以上はわからないだろう。

 ううむ。怪しい情報は得たが、ここからどうするか。


「あの」


 由紀恵が黙って考えていたら、母親がとても小さな声で話しかけてきた。


「そんなに変わった事じゃないと思うんですけど、最近、一つだけ気になることがあって」

「何でしょう? なんでも仰ってください」

「実は最近、こころが料理を始めたんですけど」

「料理?」

「はい。恥ずかしながら、私たちは共働きで料理をあまりしないので、こころが料理に興味を持ったのは、少し驚きました」

「ふむ」


 由紀恵は中学生から高校生の頃、主婦の母親に『女なら料理くらい覚えな!』という古風な思想で料理を叩き込まれたので、この年頃ならまあ自然な流れかと思っていたのだが。由紀恵の家庭は地方の名家という特殊なものなので、最近の若い子はどうなのだろう、と一瞬疑問に思った。


「それで、しばらくは一緒に料理をしていたんですけど、出刃包丁の切れ味が悪い、って言い出したんです。私が使ってみる限りは、特に問題なかったのですけど」

「ふむ……?」

「何年も変えてなかったですし、せっかく娘が興味を持ってくれているので、包丁は買い替えることにしたんですけど、そうしたらあの子、自分で買ってくるって言って。包丁を一人で持ち運んでいたら変な疑いをかけられるかもしれない、と思ったので、一緒に買いにいったんですけど、やけに真剣に選んでました。正直、料理する時よりも真剣な目をしていたと思います」


 こころのような、最近料理を始めた女子高生が、包丁を見ただけで切れ味を判別できるとは思えない。たしかに、少し不自然なことだと思う。


「その後は、普通にその包丁を使って料理はしているのですけど、もう慣れたから、と言って以前よりは機会が減りました」

「まるで、包丁を買い替えるために料理をはじめたようですね」

「今から思うと、そんな気がするのですよね」


 確かに不思議な出来事だが、なぜこころが包丁にこだわるのか、理由はよくわからなかった。物騒な理由でなければよいが、と由紀恵は思った。

 この日は結局、ここまでで両親との接触は終わった。こころの事で何かあったら、なんでも言ってください、と別れ際、父親からとても丁寧に念押しされた。

 少なくとも、両親に対する恨みは、こころにはなさそうだな、と由紀恵は思った。

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