第2話
由紀恵の、大学時代のこと。
入学早々、同学年の男子が二人、女子三人という状況を知った由紀恵は、すぐに自ら『私、許嫁がいるので彼氏は作りません』と宣言した。
魔法大学は全寮制であり、もちろん男子寮と女子寮は別なのだが、同級生とは濃密な学生生活が待っている。とある山奥にあり、徒歩では脱出できない魔法大学では他の出会いがない。男女が狭いところへ閉じ込められれば、することはただ一つである。
由紀恵はそのことを鋭い勘で予見し、早々と男女のめんどくさい問題から撤退したのだ。男子二人、女子三人となれば女子が一人余る。女子どうしで男を取り合うのは避けたい。由紀恵にそのつもりがなくても、相手から誤解される可能性もあった。だから由紀恵は、自分を除いた二人ずつのペアで幸せになってください、と思っていた。許嫁がいるのは事実で、不用意に男女関係の経歴を作りたくないという事情もある。
しかし――
由紀恵の目論見は、全くうまくいかなかった。
結論から言うと、男子二人とも、由紀恵に気持ちを寄せてしまったのだ。
由紀恵は飛び抜けて成績がよく、どんな魔法でも使いこなせることから、皆の憧れの存在だった。そこそこのルックス(?)と愛嬌のよさも相まって、男子二人は由紀恵に興味を持ってしまったのだ。
一方、麻里子は勝目豪星という男子にかなり早いうちから惚れていた。
女子校育ちだった麻里子は、男子に全く免疫がなかった。身長二メートル近い豪星を見るとなんだか別の生き物のような気がして、はじめは近づくことすらためらっていた。
ところが九州男児である豪星は、女性には優しくするということを習慣的に徹底していた。ある雨の日、学舎から寮へ戻るとき、麻里子が傘を忘れて立ち尽くしていたら、豪星が無言で傘を渡し、自分は濡れながら寮まで歩いたのだという。麻里子が酔った時、何度も何度も聞かされた話だった。
要は初めて出会う男という生き物に優しくされて、ころりと落ちたのである。
由紀恵はかなり早い段階からそのことを聞かされていて、麻里子と豪星をくっつけるべく、色々画策をしていた。とりあえず二人くっついてくれれば消去法でもう片方がペアになり、私は安全だろう。そういう思惑だった。
ところが、麻里子が気弱で、由紀恵、麻里子、豪星の三人グループでなんとか会話を進めようとすると、由紀恵と豪星ばかりが喋ってしまい――
豪星は豪星で、男子校育ちであり、はじめて気さくに話してくれた女性である由紀恵のことを、気にせずにはいられなかった。
結局、大学二年の年度末に豪星が由紀恵に告白してしまい、それを知った麻里子は一週間寝込み、その後しばらく口を聞いてくれなくなった。由紀恵は何とか、豪星の申し出を断った。
* * *
「んでさー、私が早く告白しろって言ってるのに、まりこさま、結局豪星くんに告白するまで半年もかかったもんねー!」
「やだー、昔のことでしょ、もう」
いつの間にか酔いが回ってきた由紀恵は、麻里子と豪星の昔話を面白おかしく語っていた。これで麻里子が不機嫌になったら、まだ由紀恵のことを恨んでいるのか、という話だが、麻里子は笑顔を取り戻していた。紆余曲折あったが、今は豪星と麻里子のハッピーエンドなのであり、少女漫画のような恋愛劇を経験した麻里子は、幸せ者に違いない。
昔話は何度してもいい。話すだけで、少しだけ昔に戻れたような気がする。
「由紀恵ちゃんは、そろそろ許嫁さんと結婚しないの?」
などと由紀恵が考えていたら、麻里子が突然、現実に引き戻すようなことを言ってきた。由紀恵は八杯目のギムレットをうぐっ、と喉につまらせた。
「もう結婚してもいい歳でしょ。話は進んでないの?」
「んーとねー、色々あってさ。ほら、相手もお仕事忙しいし、全然会えないから」
「それで大丈夫なの? 大学時代から、何も進展ないよね。進める気がないなら、断っちゃった方がいいんじゃない?」
「そういうもんだって、魔法士どうしの許嫁は。お見合い結婚みたいなもんだよ」
古来、魔法の才能は遺伝によるとされ、魔法士たちはその血筋を絶やさないために早くから許嫁を決めていた。現代では自由恋愛が基本になった事と、技術の進歩で魔法士の仕事が減った事で、その慣習は廃れはじめている。名門な魔法士一家の生まれである麻里子は、そのことを知っている。
「由紀恵ちゃんってさ……結婚願望とか、あんまりないよね?」
「んー。まあ、たしかに。今は一人でふらふらしてた方が楽しいかな。まあでも、いつかは落ち着くかもしれないじゃん」
「由紀恵ちゃんがその気にならなくて結婚が遅れたら、お相手がちょっとかわいそうかも」
「えー、まりこさま、私じゃなくて相手の心配するのー?」
「そういう意味じゃないけど……」
「ふふん。実はお相手の方が色々あって結婚に乗り気じゃないんだよね」
「そうなんだ……だったらなおさら、私がお別れするの手伝ってあげようか?」
「いやいや。まりこ様は関係ないでしょ。どうしてそんなにおせっかいしようとしてるの?」
「だって……由紀恵ちゃんは、私に豪星くんのこと、譲ってくれたでしょ」
由紀恵は驚いた。卒業して数年経ったが、麻里子がそんな風に考えていたとは思いもしなかった。
「あっはははは! ないない! 私豪星くん全然タイプじゃなかったし! いや背高くていい男だとは思ってたけど! 無口で堅物でやりにくいじゃん!」
「……むう」
由紀恵は麻里子に譲った、というよりは厄介事を押し付けたという気持ちだったので、思い切り笑ってしまった。しかし豪星のことを若干、批判するような言動になってしまい、麻里子がへそを曲げた。
この子、今でも豪星くんの事が大好きなんだなあ。はじめて彼と出会った時みたいに。
「ごめんごめん。ま、私は私の好きなようにやるから、心配しなくていいよ」
「そうだよね。由紀恵ちゃんは、何でもできちゃうもんね」
「まあねー。これでも魔法大学主席卒業ですから!」
主席といっても五人しかいない同期の中では、大した争いではなかったのだが。
「そういえば、御劔くんと文挾さんはどうしてるのかな」
麻里子がふと思い出したように言った。御劔と文挟。由紀恵、麻里子、豪星以外の男子一人、女子一人のことだ。この二人は、特に付き合う訳でもなく、卒業後も一緒にはならなかった。
「さあ? 就職先も教えてくれなかったし、好きなようにやってるでしょ」
魔法大学を卒業後、私設の魔法研究所や国家の諜報機関など重要な組織へ就職することがあるため、就職先を教えないのはよくある事だった。
「あの二人、結構怪しい雰囲気だったんだけどなあ。今頃くっついてるかも」
「えー、ないよ。二人とも魔法一筋、勉強一筋みたいな子だったじゃん」
「卒業試験の時、文挾さんが由紀恵ちゃんにものすごく攻撃してたでしょ」
「ああ、そんなこともあったね。あいつガチで私のこと、殺しにきてたよね」
「あれって、御劔くんが由紀恵ちゃんに告白した事の復讐だったと思うの」
「いやー、どうかな。あいつとは最後までわかりあえなかったし、単なる喧嘩だと思ってたけど」
「元気だといいけどね」
「私はあいつが元気だと困るような……」
昔話もだんだん、底をついてきた。気づけば二時間以上経っており、由紀恵が十二杯目のギムレットを頼もうとしたところで「飲み過ぎ!」と麻里子に止められた。
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