第2話

 バレンタインの本命チョコレート。

 女の子にとっては大事なものだと、ほとんど色恋沙汰の経験がない由紀恵にもわかる。

 今回の依頼は、お菓子作りの経験がない美結のチョコレート作りを手伝う、という至極簡単なもの。

 由紀恵は、今ではほとんど料理をしないのだが、中学生くらいの時に母親から『花嫁修業』と題して基礎を叩き込まれているので、チョコレート作りは別に難しいものではなかった。もちろん魔法を使う気など、最初からなかった。

 そもそも、難しいタイプのチョコレートにしたり、カカオ豆から作ったりしなければ、手作りチョコレートなど既製品を溶かして固めるだけ。失敗してもチョコレートなんかどこにでも売っているからもう一回買ってくればいい。この雪で外出は厳しいが、コンビニくらいは行けるだろう。ラッピングですら、今はお店でキレイなものが売っている。作業自体は、大したものではないのだ。問題は手作りという、女の子の気持ちである。

 美結は生チョコを希望していた。これなら溶かしてミルクを加え、再度固めるだけで作れるから、由紀恵は快く了解した。

 実際、作業を始めてみると美結は作り方を全て調べており、手際もよかった。


「美結ちゃん、普通に上手いね。料理できるの?」

「一応、普通の料理はできますけど、お菓子作りは初めてで、自信なくて」


 お菓子作りは(種類にもよるが)普通の料理より簡単だぞ。私、なんで手伝いに来たんだろう。魔法庁の選定基準は由紀恵にもわからず、気にしても仕方ないので、雑談で時間を潰すことにした。


「ねえ、どんな人に渡すの? 同じ学校の人?」

「はい。同じ吹奏楽部の男子です。明日の練習のときに渡します」

「なるほど。それなら渡すために呼び出したりとかしなくていいから楽だね」

「そうなんですけど、多分、明日は女子みんなチョコレート作って渡すと思うので、本命だって気づいてくれるかどうかわかんないんですよね」

「それは問題だなあ。どうするの?」

「一応、みんなパートごとにチョコレート渡すので、パーカッションの私がチューバの翔くんにわざわざ渡したら、気づいてくれるかなって。ラッピングも、みんなに配る用とは分けてますし」

「なるほど。でもそれじゃ弱いんじゃない? ちゃんと好きです、って言わないと」

「そ、それは……」


 威勢よくチョコレートをかき混ぜていた美結の手が一瞬止まり、りんごみたいな顔になった。

 若いなあ。

 おっといけない。今とても下世話なおばさんの顔になってしまった。

 せっかく作るのだから、本命だって絶対気づかれるような作戦にしないと。


「じゃあ、箱の中にメッセージ入れとく?」

「あ、それはもう作ってます」

「ほんと? 読ませて! お姉さんが添削してあげよう」

「そ、それは恥ずかしいんですけど……」


 と言いながらも、文章に自信がないのか、あるいは一度しか会わない由紀恵になら何を見せてもいいと思ったのか、美結はとても恥ずかしそうに手紙を見せてくれた。

 いかにもJKという丸文字で、ところどころにイラストも混ざった可愛い手紙だった。内容は、チョコレートを吐きだしそうになるほど甘いラブレターだ。添削する、などと意気込んでいた由紀恵は逆に、あまりの若さにノックアウトしてしまった。自分はもう、手紙にハートマークなんか書ける歳じゃないのだ。


「最高! これだけ書いてれば絶対、本命だってわかるよ」


 由紀恵は思わず変なテンションになり、手紙を美結に戻した。

 その後もテンポよく作業は続き、最後の箱詰めまでなんの問題もなく終わった。

 出来上がったリボン付きの小箱は、いかにも甘い気持ちが詰まっている雰囲気を出していて、バレンタインデーの贈り物としては満点だと思えた。


「これで出来上がりか。上手くいくといいね、はじめての告白!」

「あっ……えっと、告白は初めてじゃないです」

「ん?」


 えっ、地味めの子だから、絶対初めてだと思ってたのに。

 由紀恵は戦慄した。自分ですら高校生の時に告白なんかしたことなかったのに。まあ由紀恵の場合、許嫁がいたという特殊事情はあったのだが。


「は、初めてじゃないんだ。その時は大丈夫だったの?」

「えっと、その時の告白は成功して、中学卒業するまで付き合ってました。その時の彼氏、遠い高校に行っちゃって、それからなんとなく疎遠になって自然消滅したんですけど」

「中学生で彼氏いたのかよ……」


 思わず本音が出てしまった。頼れるお姉さんを演じていたのに大失敗だ。


「あ、あはは。田舎ですからね。他に面白いことないから、みんな誰かと付き合ったり振られたりしてましたよ」


 それを言ったら由紀恵の実家もど田舎だが、そんなイベントはなかった。いや、よく思い出したらあったかもしれないが、由紀恵は対象外だった。そんなことを思い出しても仕方ないので、深く考えないことにした。


「……じゃあさ、その彼氏とはキスとかしてるの?」

「……(こくり)」

「エッチは?」

「きゃっ」


 面倒になってどストレートに聞いてしまった。この反応は間違いなく経験済みだ。未だ経験のない由紀恵にマウントを取っている。違いない。いや実際美結にそんな気持ちはないのだが、由紀恵の強い逆恨み根性がそう確信させた。


「喝っ!」


 由紀恵は突然、両手をかめはめ波のようにチョコレートの小箱へかざした。

 小箱の中にあるチョコレートが、怪しく青白い閃光を放つ。


「きゃっ!」


 眩しさと、突然血相を変えた由紀恵の様子を見て、美結がひるんだ。


「い、今のなんですか?」

「あなたのことを好きになるように、魔法かけておいたから」

「えっ、そんなのあるんですか。なんか今の、すごく禍々しい感じがしたんですけど」

「気のせいじゃない? 魔法なんて見たことないだろうし」


 由紀恵はしらを切った。本能的に怪しい魔法だと感じ取った美結は、リボンを外して中身をもう一度確認していた。何も変わっていなかったのだが。

 こうしてチョコレート作りは無事(?)終わった。

 由紀恵は近くのビジネスホテルを予約していたのだが、暗くなってから車で移動するのは本当に危険だということで、この家に泊めてもらうことにした。

 夕食は陸奥湾で採れたというカレイの煮付けだった。東北らしく醤油味がとても利いていたが、庶民的な味わいに由紀恵は満足した。

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