第3話
最終日になって、異変が起こった。
由紀恵は「シカゴ」へ朝の開店と同時に入り、文俊と同じようにパチンコを打った。
この日は、全く当たる気配がなかった。どれだけ打っても、リーチすらめったにかからず、たまに出る熱い演出はすべて、最後の最後で外した。
こんなはずじゃない、もう少し打てば当たるはず、と由紀恵は考え、万札を際限なくつぎこんだ。しかし、当たる気配は全くなかった。
気づけば、この一週間で稼いだ額をすべて失ってしまった。それどころか、自腹で三万円つぎ込んだが、それでも当たらなかった。
昨日までの当たっている時はよかったが、ずっと当たらないパチンコを打ち続けていると、いつもより疲れた。由紀恵は閉店近くまでいつも粘っていたが、この日は夕方五時すぎに打つのをやめた。
もはや全身に力が入らなくなった由紀恵は、喫煙所に入り、しょぼくれた顔で加熱式タバコを吸っていた。
その時、文俊が喫煙所に入ってきた。
二人しか入れない、電話ボックスのような狭い喫煙スペースなので、文俊とは自然と目があった。尾行で相手と会話するのはご法度なのだが、この状況では仕方なかった。
「姉ちゃん、今日は負けたんかい」
「は、はあ……」
「まだ若いんだから、パチンコはほどほどにして、仕事するか嫁に行くかしないとな! はっはっは」
文俊はタバコを一瞬で吸い終わり、豪快な笑顔で出ていった。
* * *
その翌日、由紀恵は依頼者である恵子に報告した。文俊は本当にパチンコしかしておらず、浮気の気配はない、とまとめた。恵子は納得して、「まあよかった」と言っていた。
この日は夕方の新幹線で東京に戻り、自宅に帰ってから魔法庁の魔法管理官・天原聖人へ報告を行った。タブレットを使ったリモート会議で。
『……由紀恵さん、パチンコしたんですか?』
すでに送られている報告書に目を通していた聖人は、通話がつながるとすぐ、そう言った。
「調査ですよ、調査。パチンコ屋の周囲でうろうろしてたら怪しまれるでしょ」
『まあ、それはそうなんですけど……意外だと思って』
「意外? わたし、そんなに真面目じゃないですよ。知ってるでしょ」
『パチンコとか、そういう運に身を任せるようなことはしないと思っていました』
いつも心を見透かしてくるなあ、と由紀恵は思った。確かに暇すぎてパチンコを打ち始めるまでは、全く興味がなかった。ギャンブルは結局運試しだと思うと、由紀恵は積極的にやりたいと思わなかった。
「まあ、暇だったんで」
『勝てましたか?』
「……」
『ああ、大負けしたんですね。その方がいいですよ。中途半端に勝ち続けると、全体的にマイナスでもまた勝てると思って続けてしまいますから』
「天原さんはパチンコするんですか?」
『学生の頃、友達に連れられてやった事はありますけど、その時だけですね』
「その割にはよく知ってるじゃないですか」
『パチンコだけじゃなくて、ギャンブル全般の話ですよ。心理魔法学専攻でしたから』
「ふーん」
『それで、依頼者はどうでした?』
「恵子さんは普通のおばあさんでした。でも文俊さんは怪しいですね。だって、あんなに毎日勝っておきながら、いきなり一日で買った分全部使い切るとかおかしいでしょ」
『パチンコの当たりが制御されてたという事ですか? 電子機器に介入するのは、かなり高度な魔法が必要ですよ』
「それは知ってますよ。パチンコ台が複雑なコンピュータで動いてることも理解しました。釘とかバネとかいじれそうですけど、結局大当たり判定するのはコンピュータなんで、魔法で介入するのはかなり難しいです。たぶんわたしにも無理です。でもなんか怪しいんですよね。文俊さん、店長としょっちゅう話してたし、グルなんじゃないかと思って」
『文俊さんはいわゆる打ち子だったのでは? お客さんが入ってるよう見せかけるため、店が雇うダミーのお客さんのことです』
「だからなんで聖人さんそんなにパチンコの事知ってるんですか」
『まあまあ』
「怪しいなー! おじさまに言いつけようかな」
『……私がパチンコをしている証拠なんか見つからないですよ。それより、調査対象者・文俊を確保する必要はありますか』
「それはないですよ。仮に魔法だったとして、あの歳じゃあ大したことできませんし。影響があるのはあのパチンコ屋だけなので、人畜無害ですよ」
『わかりました。追加調査はしないことにします』
「それがいいですね。わたし、もうパチンコしたくないし」
『別にパチンコしなくても尾行はできるのでは……』
「もういいです! 寝まーす」
由紀恵は一方的に回線を切った。
その後、由紀恵は自分のベッドで布団を抱き枕にして、「くそー!」と喚いた。パチンコで負けたのが相当悔しかったのだ。
二度とパチンコなんかするか。由紀恵は心に誓った。
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