Ⅰ 未知の細胞 〜朝日奈綾の章⑧〜
10
宇宙
宇宙空間に漂っていた水素やヘリウムなどのガスは、互いの引力の作用で集まっていき、次第に巨大なガス塊となった……これを原子銀河と呼ぶ。
その中で更に周囲の水素やヘリウムを集め、収縮していく物がいくつか見られた。
それらは収縮による圧力と熱の作用で核融合反応を起こし、無数の恒星へと変化した。
恒星は核融合反応で水素を燃やす事により、様々な物質を作り宇宙へと放出していく。
それらはまた集まり、恒星の周囲で惑星や衛星へと変化していく。
太陽が誕生したのは宇宙開闢より百億年後。
地球はそれより五億年遅れて生を受けている……今から四十五億年前の事である。
我々の属する銀河系宇宙はシャボン玉のような球形をしている。
銀河系のあるシャボン玉のすぐ隣には別の星系のシャボン玉がくっつき、その隣にはまた別のシャボン玉がくっつき……まるで巨大な葡萄の房のようにつながっているのである。
無数の
それだけの星が存在する中で、生物が住む星が地球だけだというのは逆に非論理的ではないであろうか?
実は我々とは違う空間軸を持った宇宙の中に、かなり高度な文明を持った知的生命体の生存する星が、想像通りに存在していたのだ。
その生命体達は宇宙を越えて他の生命体のいる星を発見する事を現在の目標としていた。
事実彼等は、地球時間で二千年後には我々の星地球へ到達する事が可能な程にまで発展していた。
彼等の一部は恐ろしい程のスピードで宇宙空間を飛来し、我々の星へと辿り着いていた…………地質学上で更新世(以前で言う洪積世。約百八十万年前から約一万年前)と呼ばれる頃の出来事だった。
「何だ……アレは……!?」
綾の声に思わず振り向いた浩二は、綾の視線の先を追う。
そこには何らかの計器があり、それと床との間の隙間には、小兎くらいなら充分に隠れられる程の陰が出来ているのが見えた。
その時、その小さな隙間で何かがモソッと動くのが見えた。
「……何か、いるのか……?」
浩二が恐る恐る近づき、手元にあった瓶を滑り込ませようとした時、
「あ!?危ない!!」
隙間から凄い勢いで飛び出し、浩二の耳を掠めていったモノ……それは、身の丈およそ五十センチ弱、蛇のような長い首の上に人のような頭部が乗っかり、耳は蝙蝠の様にピンと尖った奇怪な生物であった。
昆虫のような節足を胸に二対生やしており、その先端には猛禽の爪を携えている。
後ろ脚二本で直立……少し前傾した恰好で立っている為、正確には傾立であろうか。
その後ろ脚は胸の節足とは対照的に、太く、短く、少し青銅色を帯びた人の足にも見えた。
そして、それの体表面には皮膚がなく筋繊維が剥き出しになっているというところが一番グロテスクであった。
「はは……はぁ?嘘だろ……こんなものが……」
その怪物はジリジリと浩二の方へとにじり寄って行った。
それに伴い浩二の体もジワジワと壁の方へと追い詰められていく。
浩二の背中が堅い壁の感触を感じ取った。
その刹那、怪物は彼に向かって跳躍した。
「ウワアアアーーッ!アアアァァーーッ!!」
浩二の悲鳴が轟く。
しかし、彼が叫んだのは必ずしも襲い掛かってきた怪物に対してのみではなかった。
浩二の目の前には自分の身を呈して彼を庇った、綾の鮮血が飛び散っていた。
「リョウ!?リョオオォォォォ!!」
「うっ……ぐぐぐぐっ…………」
倒れた綾の姿を見て、怪物はなぜか一瞬たじろいだように見えた。
「キャアアアア!!」
新堂早奈子の母親がたまらず悲鳴を上げた。
その前を何かの影が素早く横切る。
次の瞬間、早奈子の母親の首がポロっと胴体から身を投げた。
噴水のように吹き出る彼女の鮮血が天井まで届いた。
「け……恵子……?」
そう口にした早奈子の父親の胴体は腰の部分から上下に別れ、足元へと滑り落ちて行った。
先程の怪物が驚くべき跳躍力でふたりを襲った為であった。
二人を始末した怪物は再び、浩二目掛けてその跳躍力を発揮した。
幸い肩をかすめただけで済んだ綾は、痛む肩を庇いつつ、傍らにあった幾つかの医療器具が入ったままの金属トレーで、浩二目掛けて跳んできた怪物を横殴りにした。
「℃¢∀∝ーーー!!」
聞き取れない悲鳴を上げた怪物は苦もなくすぐに起き上がるが、その表情には明らかに驚愕の色が浮かび上がっていた。
「リョウ!大丈夫か?無理はするな!!」
「と……父さん……早く逃げ……て……」
「父さんに掴まれ!……一緒に……ここを出るぞ……」
二人がゆっくりと動き出した時であった。
「……‰‡∂∴……」
怪物が何やら二人に話しかけた……いや、二人と言うより、綾にと言った方が正しいのかもしれなかった。
二人はビクッと体を震わせ、立ち止まってしまった。
「……仝Å≪……§£?……」
「僕らに……何か言いたいのか?……」
綾の中に得体の知れない胸騒ぎがどんどん溜まっていった。
「……∝¢……プ……ファ……」
綾達の会話から覚えたのであろうか?
少しづつではあったが人の言葉を喋り始めていた。
「……パ……£……ォシュ……
……パプ……ファ……ォシェィ……トゥ……」
「何だ!!何が言いたい!!」
堪らず綾は怒鳴りつけた。
「お、おい……リョウ……あまり刺激するな……」
「何だ!言ってみろ!」
綾の胸騒ぎは留まる所を知らず、どんどん肥大していく。
怪物の言葉を聞かなければいけない……綾の直感はそう知らせていた。
「何だ!何が言いたいんだ!!」
「パ……パ……」
「何っ!?」
「パパ……ド……ウシュィテ……ジュァマ……スルノ……?」
綾の胸の中はその瞬間、ズバンと弾けていた。
「……オナカスイタヨ……エサ、チャウダイ……」
浩二は……ふと、分娩台の向こうへと目をやった。
すると、そこに何かが動いていた。
「早奈子さん!?」
浩二がゆっくりと早奈子の方へと近づいていく。怪物は綾と見つめあったまま動かない。
放心状態の早奈子に浩二は近づき抱き上げた。
しかし……何かが……おかしい……。
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