序②

     1



そこは瓦礫の山だった。


元々は超高層建築が立ち並ぶ大都市だったのであろう。

しかし今では見る影も無く、完膚なきまでに叩き潰されていた。


真ん中から半分に折れ、残った部分も斜めに傾いた廃墟のビルから、何かの影が這いずり出てきた。


あきらかに全身に大怪我をしているその女は、頭からウサギのような耳を四本生やした奇怪な姿をしていた。

元は長く艶やかだったのだろう黒髪も、今では見るも無惨に焼けただれており、一目で瀕死の状態だと分かる。


「ハァ……ハァ……ハァ…………」


何かから逃げようとしてでもいるのか、必死で這いずり、その場から離れようとする。


異変はその時、突然起こった。


何の前触れもなく、女の体が宙を舞った。

そしてクルクルと回ったかと思うと、頭を下にして逆大の字を描くように、空中にピタッと静止した。


「や……めて……助け……」


「イヤだね!キサマらは全員ぶっ殺す!」


倒壊したビルの陰から、一人の男が現れた。

男は奇怪な女に向かって右手をかざし、何もない空間で強く握りしめた。

男が握りしめる度、女は宙に浮かんだまま苦悶の表情をその端麗な面に浮かべた。


男の目がキラリと光った。


すると同時に女の右足が赤い飛沫を撒き散らしながらちぎれ飛んだ。


次に左足、そして右手、更には左手と、女の五体は順番にちぎれ飛び、その頃にはすでに女の命は尽きていた。


「へっ!ざまぁみやがれ!」


そう言い放った男の頭部が、一瞬後には大きな音を立てて爆発した。


気付けば周りには幾つかの人影が取り囲むように出現していた。その影達はいずれも異形の姿をしていた。


下半身が蛇のようになっている者、四肢に猛禽の爪を携えている者、顔面から気味の悪い触手を無数に生やしている者もいた。


異形の者達はそのまま男に群がり、その死骸を貪り始めた。


「ガフッ!!」


一人の異形の脳天から光が生えるかのように、槍状の物が突き刺さっていた。

それを皮切りに空から無数の光の槍が異形達に向かって降り注いだ。


それは戦争であった。


異形の者達が異形の力を使い争いあっていた。


それは我々の知らぬ遠い宇宙。


それは我々の時代より遥か昔の出来事であった。






     2




「先生、オペの時間です」


「うむ……分かった。今行く」


都内にあるその総合病院の廊下を、二つの影が急ぎ足で過ぎて行こうとしている。

その表情は重く、この先に恐らく重大な案件が待ち受けているであろう事がうかがえる。


二つの影が階段を降りてそのまま真っ直ぐ進んだ時、男の悲痛な叫び声がフロア一杯に響いてきた。


「先生!どうか家内を……美樹をよろしくお願いします!絶対に……助けてください……お願いします、先生!!」


「ご主人、落ち着いて……大丈夫です。精一杯やりますので、ご安心下さい」


「お願いします、先生!私達にはまだ三歳の息子がいるんです……どうか、美樹の命を救ってやって下さい!!」


院長は幼い視線を感じ取ったが、そのままそちらへは一瞥もくれずに部屋の中へと入っていった。


残念ながらその病院はその日、今年に入ってから5人目の癌による死亡者を出す事になるのであった……。






とあるオフィス街の一角にある公園では、四人のOL姿の女性らが弁当を広げて談笑していた。


「でさぁ、そのハゲ課長が言うんだってば」


「ヤッダァ!?ホントぉ!?」


「……………………………………………。」


「この間、光子がさぁ………」


「あぁ、あの広報の子?」


「なんかケバいのよねぇ」


「……………………………………………。」


「ねぇ、響子?どしたの?さっきから元気ないじゃん?」


「そういやそうよね……ホントどうしたの?具合悪い?」


「う……うん……なんかね、最近お腹が頻繁に痛くなるっていうか……」


先程までずっと沈黙を守っていた女が口を開いた。

なるほど、確かに顔を見てみると少し青ざめているようであった。


「ヤッダァ!便秘じゃないの?ちゃんとピンクの小粒飲まなきゃダメよ!」


「あ、そうそう!便秘って言えばこの間さぁ……」


「ヤダァ、幸子ったら~」


「あはははは」


「キャハハハハハ」


一人の女の話でまた会話が盛り上がった。


(笑い事じゃないのに……)


響子と呼ばれたその女性は、それから三時間後、急に倒れ病院に収容された。

医師の診断結果によると、すでに末期の胃腸癌であるらしかった。





北海道に在住するこの二人は、今現在、新婚二週間目にありとても幸せそうに過ごしている。


しかしもう一週間もするうちに男の容体は悪化し、ついには死に至るであろう。

女はそれが自分のHIV(エイズの病原菌)が原因であることに、未だ全く気付いてはいなかった……。






奥羽山中にあるこの小さな村では、どこからともなく流れてきたウィルス性の伝染病のため、村人三十八人全員が死亡するという事件が発生していた。


ウィルス自体は既に全滅しているようであったのだが、その症状から新種のウィルスである疑いがあり、直ちに新型ウィルス研究委員会が開かれ、病理学者、細菌学者による十七名の派遣が決定されようとしていた。






統計によると、この年は病気による死亡者数が過去最高であるらしかった。


もしかすると、どこかで何かが狂い始めているのかもしれない。


なぜなら……その証拠に次の年も、またその次の年でも、過去最高の死亡者数という言葉が使われるのであったのだから……。

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