短編集
太田肇
わたしたち
同じ顔に同じ体、同じ服を着た少女たちが川の土手に座ってお喋りしていた。ただ一人、これまた同じ顔に同じ体、同じ服を着た少女が、座っている少女たちを対岸から眺めていた。対岸にいる少女の影が限りなく赤に近い橙色の水面に伸びて黒く染める。
一見、この少女たちは全て同じ少女に見える。ところがよく見てみると一人ひとり違っていた。一人の少女が隣り合う少女たちに話しかけた。
「私は悠介くんの中の私。あなたたちは? 好きな食べ物とかある? 私はショートケーキが好きよ。それと、もちろん悠介くんもね」
「私はカオリ先生の中の私です。悠介くんの中の私は随分と、まぁ、乙女なのですね。私は鯖の味噌煮が好きですよ。給食の中だったらあれがピカイチです」
それに続いて別の少女が言う。
「私は妹の中の私。はぁー。だるいわ。てかさ、悠介さ、デートに頻繁に誘ってくるのマジで怠くね? 話も大して面白くないし。顔だけはいいから彼氏にしてるけど、正直付き合い切れないって、最近思ってきたんだわ」
それを聞いて悠介くんの中の私が言った。
「なんでそんなこと言うのよ。私は悠介くんのことが世界で一番好きなんだから! 誰がなんて言おうと絶対そうなんだから!」
「そりゃそうだろ。悠介の中の私はそういうふうに出来てるんだら。じゃなきゃ頻繁に誘ったりしないだろ」
「じゃあ、あなたは?」
「私は妹の中の私だからな。家にいるときの私だな。家でくらい自由でいさせてくれってな」
その話を聞いていたカオリ先生の中の私が言った。
「だからそんなに他の私たちに比べて、服を着崩しているのですね」
「まぁ、私はそういう私だからな。お前もそうだろ? お前のおかげで私たちは成績優秀なんだから」
「そうですね。感謝してくださいね」
ふと、悠介くんの中の私が言った。
「そろそろ時間だね」
「あぁ。そうだな」
「今日は何人の私たちが死ぬ……いえ、消滅するんでしょうか」
綺麗に並んでいた少女たちの列にところどころ隙間ができていく。
「今日もいっぱい消えたね。あそこの私は誰の中の私だった?」
悠介くんの中の私が指をさす。
「小学生の時の同級生だった鈴木さんの中の私です」
「そっか。残念だね」
「もう五年も会って無いですからね。仕方ないです」
カオリ先生の中の私がそういうと、悠介くんの中の私が眉を八の字にして見せた。
「ねぇねぇ。妹の中の私。前からずっと気になってたんだけど、向こうの私は誰の中の私なのかな」
「知らないよ。てか誰でも良くね?」
「えー。だって気になるじゃん? 声かけてみる?」
「勝手にやってなよ。私は興味ない」
悠介くんの中の私は息を吸い込み、手を大きく振った。
「おぉい。そこの私さぁん! 聞こえますか。貴方は誰の中の私なの」
返事は何も返ってこなかった。「聞こえないのかな? つまんないの」と言って悠介くんの中の私は口を尖らせた。
***
私は私の中の私。だから一人称でしか書けないの。ごめんね。あの子たちは三人称でも大丈夫みたいだけど……。とにかく私はダメなの。住む世界が違うわ。だって私は私だもの。仕方がないじゃない。
乙女なあの子、あれは美化され過ぎだわ。あんなに私は綺麗な少女なんかじゃないわよ。恋は盲目とはこのことね。でも私、恋をするのは嫌いじゃないの。人間は恋と革命のために生まれてくるのですもの。そうなるように設計されているんだわ。人は皆、恋は悪くて愛は善いみたいに思っているみたいだけれど、私はそうは思わないわ。恋しても善いじゃない。人を好きになれることって素晴らしいことだと思うの。でも自分のことだけはどうしても好きになれないの。不思議だわ。
私は私のことが嫌いなの。例えば、あの子みたいに頑張って真面目なフリしても損するばかりだもの。馬鹿馬鹿しくなるわ。今日だって私は人の倍勉強して、学校終わりのお掃除をサボってる人の分までやったわ。だけど、なーんにもいいことなんてなかった。サボって遊んでいる人の方がよっぽど楽しそうに、幸せそうにしてたわ。泣かぬ蛍が身を焦がすってね。でもそうするしかないのよ。だって怖いんですもの。人に嫌われるのが。愛されたいわけじゃないのだけれど、一人は嫌なの。真面目なフリをして人に優しくしないとみんなどこか行ってしまうの。正しくないと私はダメなの。中学校の時が正にそうだったもの。心を病んで少し学校に行かなかったらみんな私から離れて行ったわ。だから滑稽でもいいから私はみんなの前では真面目で優しい私を演じるの。
私には夢があった。航空機の研究がしたかった。空って自由で好きなの。でも受験で失敗して諦めてしまったわ。でもね、最近テレビで何年勉強し続けて医者になるって夢を叶えた人を見たの。なんだか、諦めてしまった自分のことが情けなくなってきてやってられなくなったわ。昔、可愛いリスみたいな顔をした子がいたの。彼女は私のことを嫌っていたわ。でもそんな彼女がキャビンアテンダントになって日本や世界を飛び回っているって聞いた時は胸が焼けるかと思ったわ。諦めたとは言え、空への、夢への憧れは消えないものなのね。そしてそれが彼女の夢だったのかはわからないけれど、もしそうだったら賞賛させるべきことだし、私も素晴らしいことだと思うわ。そういう人たちを見ていると本当に情けなくて自分のことが嫌になるわ。
劣等感。他人と比べるななんて言われても無理よ。私はそういう人間なんですもの。どうしても他人の顔色を窺っちゃうの。逆らえないのよ。だって他人の中の自分を見て自分を発見していくのが人生ってものでしょ?
服を着崩してるあの子。妹はよく私のことを見ているわ。仕方ないじゃない。学校で優等生をすると疲れちゃうんだもん。何もする気になれないわ。ああやって鬱憤を晴らさないとやっていけないのよ。家族には悪いと思っているわ。全く私って狡猾で醜いわね。
私がそんなことを考えていると、斜陽を浴びて伸びる私の影が最大限の長さに達した。その影は対岸の彼女たちに届く事はなく遂に闇に飲まれた。
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