第2話 後悔

 グーッと伸びをして、部屋には大きすぎる姿見で痣を確認する。それが私の朝の日課だった。痣がひどければファンデーションで隠し、何にもない顔でリビングへ向かい、母におはようと声をかける。声の聞こえない冷たい空間、もう慣れたもんだ。母が朝起きられなくなったのはいつからだろうか。一度痣を見られた頃はまだ元気だったのに。もう忘れてしまった、遠い昔のような気がする。父と別れた日から母は懸命に働き、家事もこなしてくれた。でも、身体を大事に使わなかった。朝から晩まで働き、ついに倒れてしまったのだ。身体はすぐに元気になったけれど、今度は心を病んでしまい、朝起きることが難しくなった。母のことをもっと気遣うべきだった。私は取りかえしのつかないことをしてしまったと毎日自責の念に駆られる。それに昨日、柾から話があるから待ってってと言われたばかりだというのに、さっきから柾のことばかりが気になった。もっと母を思うべきだというのに。あぁー、もうやめやめ。頭を切り替えなくちゃ。

行ってきますと玄関先でぽつりと言い、学校へ足を向けた。


 教室に入ると、彼がもう来ていた。いつも私より来るのが遅いのに、今日はよっぽど気合が入っていたのだろう。ただ、一瞬目をそらされたが気になった。彼はまっすぐに見つめてくれる。それが彼らしく、まさに実直な性格を醸し出す動作だった。やはり気のせいなのだろうか。あの彼から話があるというのだから、目をそらすなんてありえない。授業が始まっても彼の話が気になって、先生の話が頭に入ってこなかった。「ここはテストに出るからしっかり覚えておくように」なんて、学園漫画に出てくるセリフを真似た風なことを言っても、私だけがきょとんとしていたほどに。


彼は部活があるので、私は教室で自習することにした。勉強は割と好きな方だ。やった分、結果に表れる。人に対する評価のものさしのひとつとして’’頭の良さ’’があると信じていたというのもあったが、とにかく客観的に’’すごい’’と思われるためには勉強しか取り柄がなかった。彼から告白された時もちょうどひとりで自習している時だった。部活が始まる前に、ノートを取りに来た彼に話しかけられたのだ。


「ずっと前から好きでした、俺と付き合って下さい」



あまりにも真剣な顔でいうものだから、つい「はい」と返事をしてしまった。実をいうとそこまで好きではなかったけれど、その時の顔に胸がキューっと締め付けれられたのだ。


 告白された時のことをなんとなく思い出しているうちに、部活の終わりが近づいてきた。


ヤバ、遅れたら怒られそうだと、ひとりごとを言いながら早歩きで裏門へと向かった。彼はまだ来ていない、ほっと息をついた。


トトッ、トトッ、トトッ。


彼特有の小走りの音が聞こえてきた。顔を上げると、ごめん、待った?と、言ってきそうな勢いだった。でも、今日はそんな甘い恋人気分を味わいに来たわけではない。とにかく早く話が聞きたかった。彼が嫌いな無駄な会話はしたくなかったのだ。



「それで、話って何?」


数秒後に、何を言われるかもしらずにその言葉を口にした。








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