3・素敵すぎて悶絶

「あら、蓮。よく会いますわね。ご機嫌いかが? 地味な彼女さん」


 数十分前。

「夕飯、外で食べて行こうよ」

 終業後、いつものように蓮と手を繋ぎながら駐車場へ向かう悠。

「外食がいいの?」

 蓮は料理上手。夕飯は大抵、彼が作ってくれる。

「デートがしたいのっ」

「じゃあ、悠にお任せで」

 優しい彼がニコッと笑う。やはり社内での彼とプライベートでは別物だなと思った。


 いつものように助手席に乗り込みシートベルトすると、少し座席を倒した蓮。

 悠は運転席側から乗り込むと、彼に覆いかぶさり目を閉じる彼に口づけした。

「ちょ、え?」

 想定外の彼は慌てる。

「キス、したいなあって思って」

と言えば、彼の手が悠の頭の後ろに伸び、引き寄せられた。

「んんッ……」

 さっきよりも長い口づけ。

「満足した? 俺のお姫様」

「んー。もっとしたくなっちゃった」

 ”ここ、会社の敷地内だからさあ”と言われ、彼の手が背中に伝うのを感じる。

 なにかあったわけでもなく、突然イチャイチャしたくなるのが恋人同士というものだ。


「お泊りセット積んでたよね?」

 悠は体勢を直すとカーナビで周辺地図を確認しながら。

「ん、あると思う」

 カーナビを操作していた悠の手を取り、その手の甲にちゅっと口づける蓮。

「俺は良いけど、そっちは大丈夫なの?」

「ん、ある」

 それは着替えのことだ。

「じゃあ、泊まろっか」

と言う彼に同意するように悠はシートベルトを確認し、アクセルを踏み込んだ。


 愛の営みと言えばラブホが定番だが、二人はそのような場所を活用しない。厭らしい話だが商社マンの強みと言えば、その収入。

 クラシカルな外観の良いところを予約したまでは良かったが。


──また会っちゃった。

 ここの最上階のレストラン、商談とかでも使われるしねえ。

 お洒落だもの。


 蓮の元カノにロビーで出くわし、蓮が固まった。

 よっぽど苦手なのだろう。

 相変わらず嫌味な女は商談相手なのだろうか、前回とは別な外国人と同伴だった。蓮の話しでは社長令嬢。それなりのポストに違いない。

 

 彼女は連れを先に行かせると、蓮のネクタイの上からつつつっと指先で撫でる。ゴージャスで妖艶な彼女。

 彼女に比べたら確かに自分は地味かも知れないが、普通だ! と思いながら、その腕を掴もうとした。気安く蓮に触らないでもらいたい。

 だが、蓮は悠のその手を制す。


「嫌味しか言えないの?」

 悲し気に彼女を見つめるその瞳。哀れだとでも思っているのだろうか。

「あら、事実でしてよ?」

と彼女。

「そう。でも俺にとって悠は”世界一素敵な人だから”」

と蓮。

「うっ」

 悠は彼の言葉に悶絶し、うずくまった。


──やばい、鼻血でそう。

 蓮、素敵すぎる。


 悠の様子を見てぎょっとする彼女。

「え? ちょ……大丈夫? 悠」

 具合が悪いのかと、慌てる蓮。

 なんだか申し訳ない状況になってしまったのだった。

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