3・初めての告白

「やっぱりいいよねえ。ネクタイ緩める姿」

「はい?」

 悠は彼の上着をハンガーにかけながらネクタイに手をかける姿を見ていた。

 蓮は眠たくなってくると言動がおかしくなるが、家でもスタイリッシュな恰好をしていることが多い。襟付きのシャツばかり着るのは、悠が好むから。

 彼の丸襟などのTシャツ姿を目にしたことはかつて一度もなかった。

 大体ちゃんとした生地のポロシャツを着ているが、身体にピタッとしたものばかり着る為、身体の線が分かりそそるものがある。

 部屋着に着替えた蓮に後ろから腕を回すと、

「先にお風呂行ってきなよ」

と促された。


「一緒に入る?」

 腹筋に手を這わせば、彼が困った顔をする。

「お風呂でその気になったらどうしてくれるの?」

「出るまで待って」

と悠。

「お預け?」

「お預け」

 肩を竦めた蓮は、身体を反転させると悠を抱きしめる。

「大好きだよ、悠」

 だからと彼は言う。

「早く入ってイチャイチャしたいな」

 理性のある時の彼はとても大人だなと思う。

「んーッ」

 離れがたいというようにむぎゅっと抱き着けば、触れるだけの優しいキスをくれる。

「じゃあ、先に行ってくるね」

「うん。俺は洗い物でもしとくよ」

 積極的に家事をこなしてくれる彼。一緒に暮らし始める前は、互いに一人暮らしだった。

 悠は脱衣所に向かいながら、別れを切り出した日のことを思い出していた。


 

 別れ話をしたのは、会社の屋上。

 我が社はワンフロア式で面積はそこそこ広く、二階が休憩所やロッカールーム、倉庫などの設備になっている。

 階数は高くはないが広い屋上があり、そこで昼休憩するものも多くいた。


 別れを切り出した時、彼は何も言わずただ悠の言葉を受け止めていたように思う。その時はどうして追いかけてくれないのだろうと思っていた。

 だがすぐに、

「池内くん、泣いてたけど」

と女子社員に声をかけられ、悠は慌てて屋上へ引き返したのである。

 

──たった数分だったのに。


 屋上へ引き返すと、蓮は他の女子社員に慰められていた。

 怒りに震えたのは、彼が好きだったから。

 それが嫉妬だと気づくには遅すぎた。


「なんでそうなの?!」

 つかつかと彼に歩み寄るとその腕を掴む。

 別れを切り出されて泣くくらいなら、思っていることを言って欲しかった。何も言わないくせに。それなのに、他の女に慰められているのは許せない。

「ごめん、彼と二人で話したいから席外してくれる?」

 蓮を慰めていた女子社員を追い払うと、再び彼を見上げた。


「池内く……」

 そこで悠はため息をつくと、言い換える。

「蓮はなんで思っていることを言ってくれないの?」

 初めて彼の名前を呼んだのも別れを切り出してから。

「ねえ、わたしのこと好き?」

 ハラハラと涙を零す蓮は掴まれていた腕をぐいっと引くと、悠をぎゅっと抱きしめた。

「え?」

「愛してるよ」

 初めての告白。

 何を考えているのか全く分からない彼に、そんな風に想われていたことを知り、何故か身体が熱くなる。

「別れたくない。さが……悠が好きだから」

 初めて名前を呼ばれたのも、あの時が初めて。

 彼を知りたいと思った。その心を。

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