3・言えなくなった全てを

「痛っ……」

 蓮は悠に近寄ると、無言でその肩を掴む。

 少し後ろに引かれ、口に咥えていたお菓子がポキっと折れた。

「え? 蓮……?」

 悠は驚いたように蓮を見上げる。

 周りの者たちは事の成り行きを黙って見守っているように感じた。

 次第に楽しい雰囲気を台無しにしたという自己嫌悪に苛まれて、蓮は無言で会場を出たのだった。


──なんでこんな気持ちになるんだろう?

 どうして悠は平気なんだろう。


 廊下に出ると、あちらこちらから楽し気な声が聞こえる。

 まるで自分が独りぼっちにでもなったような気分になり、泣きたくなった。

 ”もう、帰りたい”と思っていると、先ほど蓮に話しかけてきた営業部の同期の男性がやってくる。

 彼の名は三多みたという。

 蓮が壁に寄りかかり項垂れていると、

「池内。ごめんな」

と謝られた。

「なにが?」


 謝られる覚えなどない。

 雰囲気を壊したのは自分。

 心の狭い……自分なのだ。


 蓮は深いため息をつくと、

「謝る必要なんかないでしょ?」

と微笑んで見せる。

 三多は少し首を傾けると、

「池内、お前さ」

と眉を寄せて切り出す。

「うん?」

「我慢しすぎ。なんでそんな泣きそうな顔して笑うんだよ。そんなんだから、相模さんが」

 三多が言い終わらないうちに、

「蓮! 帰ろう」

と悠が連の上着と荷物、自分の荷物を持って会場から飛び出して来た。


 肩で息をしながら荷物と上着を蓮に押し付けると、彼女は三多を睨みつける。

「蓮に余計なこと言ってないでしょうね?」

 三多は悠の権幕にぎょっとし、一歩下がり両手を前にかざす。

「変なこと言ったら、許さないんだから」

 蓮には悠が何を怒っているのか分からなかった。

「幹事さんには帰るって言ってきたから。帰ろう? 蓮」

 怒りの為か潤んだ瞳で悠がじっと蓮を見つめている。

 蓮はなんと言っていいのか分からなかった。


「蓮」

 無言のまま手を引かれ駐車場に着くと、彼女が立ち止まる。

「ごめんね」

 悠が何故、謝るのか分からない。

 三多といい、悠といい、何故謝るのか?

「ぼーっとしてたら、王様ゲームにいつの間にか参加させられてて」

「俺が怒る理由はない」

 傍にいなかったのは、自分なのだから。

「じゃあ、なんで泣いてるの?!」

「泣いてなんか……」

 ないと言おうとして、口をつぐむ。

「蓮は、自分が泣いてるかどうかも分からないんだよ?」

 繋いでいた手が離れ、悠にぎゅっと抱き着かれた。


「ねえ? 嫌なことは嫌って言っていいの」 

 怖くて何も言えなくなってしまった自分のことを、誰よりも理解してくれているのは悠。

 そして、蓮をそうしてしまったことを後悔しているのも悠なのだ。

「わたしは、蓮の気持ちが知りたい。言ってくれなきゃ、わたしも言えないんだよ?」

 蓮がゆっくりと瞬きをすると、涙は落ちて悠を濡らした。

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