第2話 2日後に死ぬ

「なんだ、これ?」


 自分で引いたおみくじを見ながら、俺は誰にともなく問いかける。答えなどないことは分かっている。だが、問わずにはいられないのだ。こんな摩訶不思議なおみくじは、いままで見たことがない。話に聞いたことさえない。


 裏面もただの白紙。いくら眺めても、このおみくじから得られる情報はもうなさそうだ。気になるのは謎の文字。ここになんかヒントがあるのかも知れないと思い、目をこらしてじっくり観察してみた。


 いくら見てもなにも分からない。試しにそっと触れてみた。微かに指先に段差のようなものが感じられた。まるでエンボス加工のような感触だ。


「このでこぼこを指先で読むことができたりするのか。さわさわさわなでなで……ん? うわぁぁぁおっ!!」


 文字の上を何度もなぞっていたとき、そいつは僕の手のひらの上に突然現れた。年甲斐もなく大声を出してしまった。


「そそそ、そんなに何度も撫でるものではない! 僕をなんだと思ってるモん!!」


 しかもしゃべった!?


「ぐるるるるるる」


 俺の手の上に乗ったまま、そいつは唸った。どうやらこちらを威嚇しているようだ。しかしなぜかちっとも怖くない。


「もふもふもふもふ」

「こ、こら、こらぁ! だから撫で回すなっての。もふもふするな! しっぽも掴むな!! 首に巻こうとするな!!!」


 おみくじの中からでてきたのは、面妖な小動物だった。体長30cmほど。顔は猫だ。模様からしてトラ猫だろう。顔と同じ模様の動体は長くてイタチに似ている。しっぽは白くて短い。ウサギのしっぽそのものだ。


 地球上にこんな生き物いたか? しかし、これは可愛い。そこいらのペットなんか目じゃないぐらい可愛い。その上に稀少動物なら高く売れるかも知れない。Twitterで買い手を募集してみるか。損失補填になるかもしれない。それともyoutubeに動画を上げてアクセスで稼ぐか。


「なんかすごいものが手に入った」

「いや、入ってないから。まだ出会っただけだから。すでに売却予定とかしているようだが、そんなことできないから」


 あらら、心の中を読まれたか。意外と賢い生き物のようだ。


「当たり前だモん。僕は神の使いとしてやってき……だからくしゃくしゃにするなって!」


 この可愛らしさ。手のもふもふが止まらない。これはクセになるもふもふだ。小さいから家の中でも飼える。しかもしゃべる……しゃべるだと!?


「さっきそれで驚いたではないか。改めて気づいたのなら、僕を尊敬するモん」

「お前は……えっとなにものだ?」


「ボクはサルトラヘビ。何人もの英雄や魔法使いが僕を退治に来たが、それができたものはひとりもいないという強者だモん」

「ほぉぉ」


「ヒダの山奥で生まれ育った弱小魔物を束ねる長だモん」

「それはすごい……のか?」


「ボクにはどんな魔法も修法も効かないモん。その上に上級魔法を使うことができるモん。ここらの魔物も束ねる長でもあるモん」

「ほぉぉ。ここいらには弱小の魔物しかいないようだな」


「いちいちツッコミがきついな、お主は。魔物がいるってことには驚かんのか」

「お前が日本語をしゃべっている時点で、魔物ってのがいても不思議さは感じない」


「そ、それはまあ、そうだが。近頃のこっちの人間は、まったくもラノベズレしやがって。モん」

「なにを呆れてるんだ?」

「昔の人間は、ボクが見えるだけで飛び上がって驚いたものだという話」

「ああだからラノベズレか。うまいこと言うなあははは」


「まあ、おかげで話が早くて助かるのだ……だからもふもふはいい加減に止めろって!」

「良いではないか、良いではないかもふもふ」

「お主はどこかのお代官様か! 止めろってのがぶっ!」


「痛っっ!! 親指に噛みつきやがった」

「こへにほひたらもうしなとひかえ」(これに懲りたらもうしないと誓え)

「分かった分かった。お前は強い。痛いから離せ」

「分かれば良いモん」


 しかし、こいつの話をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない。俺の中でひとつの疑惑が発生しているのだ。それだけは確認しておこう。


「どうしてサルトラヘビなんておどろおどろしい名前なんだ?」

「顔がサルで」

「どう見てもトラ猫なのだが」

「同体はヘビで」

「イタチにしか見えん」

「しっぽはトラで」

「ウサギだろ!?」


 名前と見た目がこれほど乖離している生き物も珍しい。それがなんで弱小とはいえ動物や魔物の長ができるのか分からない。自称しているだけなんじゃないか、という疑惑である。


「わぁぁぁぁぁん」

「なんで突然泣くんだよ!」

「こんな愛らしい姿なのに、みんなろくに見もしないでウソの情報を流すんだモん」


「その噂を自分で上塗りしてどうするよ」

「もうやけくそモん」

「それで問題が解決するんか!」

「……名前はそっちのほうが強そうだから……放置している……モん」


「そ、そうか。お前なりに苦労ってものがあるんだな。もふもふもふも」

「だ、だからそれは止めろって。身体中の毛がくしゃくしゃになるではないか」

「むしゃくしてしてやった?」

「うまいこと言ったつもりか! ちっとも話が進まないからこっちから言うが、ボクを呼び出した以上は責任をとってもらうモん」

「呼び出した? そんなつもりはないが」


「おみくじを引いたではないか」

「ああ、これのことか。これがどうかしたのか?」

「察しの悪いやつだなもう。歴代最低だモん」


「悪かったな最低で。姿は愛らしいのに口は悪いな。そういうやつはちょっと懲らしめてやるもふもふもふもふ」

「口が悪いのはお主に言われるすじやややめろ!。くすぐっきゃはははははたいではなきゃはははなさいか。やめ、止めろ、止めないと」

「止めないとどうなるんだよ」

「2日後に死ぬ」

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