第6話 マルク・クララック

「こんばんは。商売は繁盛してますか。クズ共」


 犯罪集団グリラファールが拠点とする倉庫。

 分厚い扉が破壊され、不遜ふそんな態度を引き連れたマルク・クララックが姿を現した。突然の出来事に、中にいた数十人の悪漢は唖然とした様子で壊れた扉を見つめている。


「一人で乗り込んでくるなんていい度胸じゃねえか」


「俺らが泣く子も黙るグリラファールと知っての狼藉ろうぜきか?」


 治安維持局や敵対勢力の襲撃かと身構えたが、姿を見せたのは丸腰の優男が一人だけ。圧倒的優位を確信し、悪漢たちは余裕を取り戻した。


「目についただけでも、大量の違法な魔法薬に、取引が禁止されている魔物の飼育。おまけに倉庫の奥には拉致した女性たちを監禁ときている。クズここに極まれりですねこのクズ共」


 今後売りさばく予定と思われる、植物属性の魔物由来の違法薬物や、裏市場で高値で取引される希少な魔物を捕らえた大量の檻。グリラファールの拠点である倉庫はさながら犯罪のバーゲンセールだ。


「好き勝手言いやがって。倉庫を見られた以上、生きては帰さねえぞ!」


 喧嘩っ早い怪力自慢の巨漢が斧でマルクに斬りかかった。いけ好かない優男が無残に死に顔を晒す様を、悪漢たちはショー感覚で楽しもうとしたが。


「クズはクズらしく床に転がってなよ」


「いつの間――」


 巨漢が馬鹿力で斧を振り下ろした先にはすでにマルクの姿は無く、代わりに背後から、殺気をまとった冷淡な声が聞こえた。次の瞬間、マルクの強烈な回し蹴りが巨漢の側頭部に炸裂。巨漢は即座に意識を刈り取られ、宙を半回転してから地面を転がった。


 あまりにも一瞬の出来事で、この場の誰もがマルクの軌跡を目では終えていなかった。優男一人と軽視していた空気は一点、化け物でも見るかのような緊迫感へと変貌を遂げた。


「あ、相手は一人だ! まとめて掛かれ!」


 グリラファールの悪漢たちが数の暴力でマルクへと襲い掛かる。そこに戦略的な思考など存在しない。悪漢たちを突き動かすのは、底知れぬ強者に対する恐怖心そのものだ。


「手間が省けるよ。クズはまとめて掃除するに限る」


 数の不利などマルクにとって何の問題にもならない。小細工無しで真正面から迎え撃った。


「こいつ。何で当たらねえ!」


 曲刀使いとメイス使いの二人が、間髪入れぬ波状攻撃でマルクに迫るが、マルクは優雅な所作で全てを紙一重で回避していく。美麗な容姿も相まって、そういった舞の一種かと錯覚させる。


 無駄のない回避はそのまま無駄のない反撃へと繋がり。波状攻撃の切れ目を見極め、マルクは即座に強烈な掌底をメイス使いの腹部に叩き込んだ。堪らずメイス使いはメイスを手放し、その場で卒倒した。


 マルクの攻撃はこれだけに留まらない。落下前のメイスを拾い上げ、強烈に振り抜く。硬質なメイスが曲刀使いの利き腕を粉砕し、戦闘不能にした。


「バレバレだよ」


 物陰からこちらを狙っていたボウガン使いを感知し、マルクはノールックでメイスを投擲とうてき。直撃を受けたボウガン使いは短い悲鳴を上げて気絶した。


「情けない奴らめ。どいていろ俺がやる」


 グリラファールが雇った魔法使いが、遠距離から火炎魔法でマルクを狙う。大事な商品を保管している倉庫内で火炎魔法を使うことは、グリラファールにとっても危険だが、そんなことを気にする余裕もない程に追い詰められていた。


 魔法使いが生成した高火力の火球がマルクへ向けて放たれる。如何なる強者であろうとも、まともな装備も無しに魔法の直撃を受ければ無事では済まない。


「この程度。僕には温いよ」


 あろうことか、マルクは迫る火球に真正面から右の拳を叩き込む。そんなことをしても腕が焼け落ちるだけだと誰もが嘲笑を浮かべたが、途端にその表情は凍り付いた。


 マルクの拳と接触した瞬間、火球は跡形もなく消し飛び、衝突で発生したインパクトが周囲の物を吹き飛ばす。その中心にいたマルクは拳骨から煙が立ち上っているが、本人は火傷一つ負っていない。


「無傷だと……お前、一体何をした?」


「別に。ただ殴っただけだよ」


 そう言って、マルクは右手の甲を晒した。人差し指には精巧な彫刻と黒い石が特徴的な指輪が光っている。


「その指輪、魔法抵抗系の魔法具か。だからといってあんな芸当は」


 マルクの指輪は魔道具の一種で、黒い石の方が本体だ。魔法抵抗を強め、接触した魔法の威力を軽減させる効果を持つ。本来は防御性能を高めるために鎧や盾に装飾の一つとして組み込まれることが多い。


 しかし、幾ら魔法抵抗があるといえども、指輪程度のサイズで、巨大な火球を完全に掻き消すことはほぼ不可能のはずだ。


「魔法抵抗が生じるということは、魔法に干渉しているということでもある。指輪を介して伝わった僕の拳が、火球の火力を上回っただけだよ」


 マルクはとんでもないことを笑顔でしれっと言い放つ。理屈は何も間違っていないが、魔法で生み出された火球と拳でかち合えることがそもそもおかしい。


「あり得ない……化け物か?」


「失敬な。僕は善良な一般市民ですよ」


「く、来るな!」


 マルクは笑顔のまま、ジリジリと魔法使いとの距離を詰めていく。半狂乱となりながら魔法を連射するが、全てがマルクの拳に打ち消されてしまう。武装した悪漢も次から次へと襲い掛かるが、魔法以上に成果は乏しく、一人また一人と倒され、大した時間稼ぎにもならない。


「こうなったら倉庫ごと燃やし尽くして!」


 自暴自棄になった魔法使いはさらなるマルクを道ずれに丸ごと燃やし尽くそうとしたが、肝心のマルクの姿は魔法使いの視界から消えていた。


「駄目ですよ。僕だけならともかく、ここには囚われの女性達もいるんですから」


 背後からの手刀で気絶させ、マルクは魔法使いから詠唱を奪った。

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