第5話 王国軍治安維持局
「聞いたか? 先日のマンディアルグ大尉の活躍」
「単独で武器取引の現場を抑えて、グリラファールの構成員を確保したんだろう。西部での活躍を買われて王都に赴任したって話だが、こっちでも大活躍だよな」
昼食時。王国軍治安維持局本部の食堂は、活躍著しいアメデ・マンディアルグ大尉の話題で持ちきりだった。マンディアルグ大尉は治安維持局西方支部所属時に、支部でトップクラスの犯罪検挙率を誇っており、西部で幅を利かせていたグリラファールとも長年対峙してきた経歴を持つ。
グリラファールが活動拠点を王都へ移したことで、内情をよく知るマンディアルグ大尉(当時中尉)も王都へ引き抜かれる形で異動となり、上層部の期待通りに上々の成果を上げている。昇進も近いと噂され、将来の幹部候補として取り入ろうと考える者も少なくない。
「次は少佐か。うちのエースはロンデックス少佐の一強かと思ったが、マンディアルグ大尉の登場で一気に勢力図が変わったよな。当時の少佐を上回る速さで出世しているし」
「少佐はあんなんだし、俺達も今の内に大尉に媚び売っとく――」
若手将校たちが勝手に盛り上がっていると、食堂の一角で誰かが威圧するように、あからさまに音を立ててコップをテーブルに置いた。場が静まり返り、居合わせた者たちの視線が一点に注がれる。音を立てたのはリュカ・エルヴェシウス少尉で、噂をしていた若手将校たちを一睨みにしていた。遅れて席についた上官のロンデックス少佐が申し訳なさそうに苦笑したが、当事者であるロンデックスにも聞かれていたことが気まずくなり、若手将校たちは足早に食堂を去っていった。
「エルヴェシウス少尉。お行儀が悪いぞ」
「……すみません。ついカッとなってしまって」
組織である以上、階級や昇進、派閥争いの話題など別に珍しくもない。ロンデックス自身まるで気にしていないのだが、直属の上司を馬鹿にされたように感じてしまい、感情的になってしまったリュカはまだまだ青い。
「出世に興味のない私は、すでに階級社会での底が見えている。そんなつまらん男よりも、めきめきと頭角を現し、上昇志向も強いマンディアルグ大尉に注目が集まるのは自然な流れだよ」
「……地位や出世を重んじる風潮の全てを否定するつもりはありませんが、治安維持局所属の軍人として一番大切なのは、目の前の事件一つ一つにしっかりと向き合う覚悟だと思います」
だからこそ、リュカにとっては若手将校たちの振る舞いは不誠実に思えた。
「気骨のある部下が持てて嬉しいよ。どうかその志を忘れないでくれ」
まだまだ青いが、誰よりも正義感に厚いリュカのことをロンデックスは高く買っていた。全ての軍人に志を同じくしてもらいたと思うが、それが理想論に過ぎないことは身に染みている。
「……あえてお尋ねしますが、少佐はどうして出世への興味を失くされたのですか?
「スタンスは何も変わっていない。私にとって出世は目的ではなく手段というだけの話だ。組織に所属していると、能力や正義感だけではどうしもないような理不尽な状況に遭遇することだってある。若い頃の私もそうだった。だからこそ、
「我を通せるだけの地位を得たから、それ以上は望まないと?」
「少佐権限である程度は自分の考えに沿って行動出来るし、今の階級が最前線で動き回れる程よいラインだ。これ以上の昇進は管理職や内勤の比率が高まるからな。私は心底現場が好きでね」
ロンデックスは口調こそ世間話のように軽いが、その内容は捜査官としての矜持を感じさせるには十分すぎる熱量を宿していた。
「少佐殿。自分は一生少佐殿についていきます!」
リュカは感極まった様子でロンデックスのがっしりと握りしめた。
「一生は大袈裟だ。君には君の人生があるし、軍属である以上、時には配置換えもある」
「これは気持ちの問題です! 仮に別の班や部署に異動になっても、心はいつだってロンデックス少佐の部下であります!」
「いやいや、組織人としてはそれはどうなんだ」
嬉しいことではあるが、ここまで慕われるというのは、流石のロンデックスも
「見ろよ。マンディアルグ大尉だ。何かの捜査に動いてるって話だし。そろそろまた大きな成果の一つでも上げてくるかもな」
「どうにか今の内に派閥に入れないかな」
出動していくマンディアルグ大尉の姿が食堂の窓から見え、別の若手将校たちが懲りずにそんな話題を始めた。リュカを気にしてか声を抑えているが、地獄耳のリュカには丸聞こえである。それでも、ロンデックスの言葉で頭が冷えたので、今度は露骨に反応するようなことはしなかった。
「マンディアルグ大尉か。仕事熱心で感心するばかりだよ」
苦笑を浮かべると、ロンデックスは食事を開始した。
※※※
「戻ったぞマルク」
「お帰りなさいませ。何か有益な情報は得られましたか?」
各所で情報収集を終えたギーが事務所に戻った頃には、すでに日が沈みかけていた。どこか浮かない表情で頷くギーを見て、想定よりも厄介な状況なのだとマルクは悟った。
「長い夜を
「残念ながらそのようだ。これまでに得た情報を統合すると、ルイーズ嬢はグリラファールの
「あの
「どちらでもない。一言で表すなら不幸な偶然だ。ルイーズ嬢は服を取り換えて庶民的な服装で歩き回っていた。貴族令嬢とは露知らず、普通の町娘と思われて拉致されたと考えられる」
「尚更ご令嬢の安否が気がかりですね。貴族令嬢と知っての犯行であれば、取引までは丁重に扱われる可能性もあったでしょうが」
「彼女は恐らく無事だ。グリラファールは無知な集団ではない。早々にルイーズ嬢が高貴な身分であることに気付き、今頃は扱いに困っているところだろう。そのまま送り返せばルイーズ嬢の口から事情が伝わり、組織は王国軍に
そう言うと、ギーは自身のデスクから王都の地図を取り出し、グリラファールの拠点の一つである、表向きは穀物庫として届けが出されている倉庫群を指差した。
「別件で調べていたグリラファールの情報がこんな形で役に立つとはな。今からルイーズ嬢を奪還するぞ」
「犯罪組織に殴り込みとは、完全に探偵の領分を越えていますね。こういうの大好きですよ」
「ここに来る前にロンデックスにも事情は通しておいた。事後処理は任せて存分に暴れていい」
「ロンデックス先輩も相当な無茶振りをされて大変ですね」
「貸しを消費するだけだ」
「貸し? 僕の知らないところで何かありましたか?」
「お前には絶対に教えん」
昼間の不審者と誤認されて逮捕されかけた一件。うっかり口を滑らせたものなら向こう一カ月はそのネタで
もっとも、マルクもマルモル姉妹とは交流があるし、姉妹は仕事に関する内容以外は口が軽い。昼間の件をバラすかバラさないかと言えば、面白そうだからという理由で絶対にバラす。これは無駄な抵抗なのかもしれない。
「より詳細な経緯は移動しながら説明する。今から出られるか?」
「もちろん。出立の準備はこの身一つで十分です」
マルクはシャツの袖を捲り上げただけで、武器の一つも取り出さなかった。
「それじゃあ、お嬢様をお迎えに上がるとするか」
町に魔法灯の明りが灯り始める頃。二人の姿は王都の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます