第3話 情報屋と手錠と
調査で王都に繰り出したギーは、多くの専門店や飲食店が立ち並ぶ繁華街を訪れていた。昨日、屋敷を抜け出したルイーズが最後に目撃された地点だ。
ジャックミノー卿の話によると、ルイーズは決して家族と不仲なのではなく、昔から好奇心が強すぎる性格で、庶民の暮らしに興味を抱き、護衛も連れずに時々単身で家を抜け出しているのだという。便宜上家出という表現を使っているが、実態は世間知らずのお嬢様による冒険といった方が適切なようだ。
昨日もルイーズの家出に気付いた使用人たちが捜索を開始し、その過程で複数名からルイーズらしき少女を繁華街で目撃したとの情報が得られているが、そこから先の消息は不明である。
「この時間なら、たぶんこの辺りで遊んでいるよな」
ギーは放課後の王立学院の学生が多く行き交うエリアで、目的の人物を探す。郷に入れば郷に従え。ギーには繁華街を縄張りにする情報屋の知人がいる。昨日のルイーズ失踪についても何らかの情報が得られるかもしれない。
「カロル、セシル。探したぞ」
目当ての人物の姿を見つけギーが声をかけると、肩を並べて歩く双子の少女が足を止めた。それぞれ片手には、東方の国から伝来し、王都の若者たちの間で流行しているという【たい焼き】を握っている。
「あれ、ギーちゃん。仕事もせずに昼間っから遊び歩くとは良いご身分だね」
「反面教師ですね。この駄目人間」
「出会って早々に
双子とあって二人の容姿は瓜二つだ。栗色の髪は等しくボブで、服装も王立アンフィニ学院魔法課の制服である、ワッペン付きのローブを着用している。
明確な違いは掛けている眼鏡と言葉遣いで、フランクな喋り方をする片眼鏡の少女が姉のカロル・マルモル。大きな丸眼鏡をかけた言葉遣いが丁寧(内容は同じぐらい辛辣)なのが妹のセシル・マルモルである。
二人は所属する王立アンフィニ学院関係や、自身の遊び場である繁華街周辺に強い人脈と情報網を有しており、それを活かして、小遣い稼ぎに情報屋を営んでいる。探偵であるギーは二人にとっていわばお得意様だ。若者の町はマルモル姉妹の縄張り。普段は生活圏が異なる貴族令嬢が迷い込んでいれば、二人の情報網に何か引っ掛かっているかもしれない。
「この女性を捜索している。守秘義務につき詳細は語れないが、御覧の通り高貴な身分のご令嬢だ。昨日この繁華街周辺を最後に目撃証言が途絶えている。何か関係ありそうな情報は入っていないか?」
ギーはジャックミノー卿から借り受けたルイーズの写真を提示した。マルモル姉妹はまだ若いが、情報屋としての分別がしっかりとしており、事情に深入りしてこないので付き合いやすい。
「お姉様。昨日ということはもしかして、バルバラさんの件と関係があるのでは?」
「確かに、タイミングは一致するね」
「詳しく聞かせてくれ」
何が手掛かりになるか分からない。ギーは手帳とペンを取り出した。
「学生に人気の【ウイユ・ド・シャ】ってカフェがあるんだけど、そこの店員のバルバラさんに昨日、変わった出来事があってね。バルバラさんは仕事がお休みだったから繁華街に遊びに来てたんだけど、そこで見るからにお嬢様な女の子に声をかけられたそうなの。そのお嬢様はバルバラさんに、自分の着ている服とバルバラさんの着ている服を交換して欲しいと言ったそうだよ」
「それに対してバルバラさんは何と?」
「最初は驚いたみたいだけど、お嬢様に押し切れる形で承諾したみたい。近くのバルバラさんのお家で着替えて、お嬢様は再び町に繰り出していったそうな」
「色々と合点がいった」
繁華街を最後に目撃証言が途絶えたのは、いかにもお嬢様然とした恰好をしていたルイーズがバルバラと服を交換したことで、周囲に溶け込んだからと考えれば納得がいく。これまでに家出をする度に連れ戻されていたようだし、ルイーズも経験に学んで一計を案じたのだろう。
「お嬢様と交換した、当時のバルバラさんの服装というのは?」
「残念だけど流石にそこまでは把握してないな。バルバラさんに直接聞いてみなよ。お店は近くのクロシェット通りにあるから」
「クロシェット通りの【ウイユ・ド・シャ】だな。有益な情報をどうもありがとう」
ギーが情報を一通り書き留めると、カロルとセシルは守銭奴染みた品のない笑みを浮かべて、シンクロした動きで両手を差し出した。
「ギーちゃん。お礼の気持ちは言葉ではなく現物でお願い~」
「私達の一週間分のスイーツ代を寄越しやがれです」
「分かってるよ。いつもの額でいいか」
笑顔と言い回しは気になるが、金銭を支払うのは有益な情報をもたらしてくれた情報屋に対する正当な対価だ。ギーは懐から財布を取り出し、ロサンジュ王国の通貨である銀貨を数枚二人に手渡したが。
「現行犯逮捕する」
「えっ?」
二人の手に銀貨を落とした瞬間、ギーの両手に突然手錠がはめられた。
突然の出来事にギーは頓狂な声を上げて右方向を見やると、ロサンジュ王国軍の軍服を身に着けた黒髪短髪の青年が、眼光鋭くギーを睨み付けていた。腕には王国軍の
「学生に金銭を渡すなどいかがわしい。治安維持局までご同行願おうか」
「誤解だ。事情は説明する」
確かに絵面だけ見れば、学院の制服姿の少女たちに金銭を支払う様子は誤解を生むかもしれないが、決して疚しいことはない。そもそも疑わしいからと、いきなり手錠というのはいくらなんでも横暴だ。
「あらら、とうとうやっちゃったか。ギーちゃん」
「お勤め頑張ってきてください」
何故か他人事のように、悲し気に手を振る双子であった。
「いや、そこは一緒に弁明してくれよ。何で俺が監獄に送られる前提?」
「見苦しい。さっさと私と一緒に」
誤解を解けぬままギーが連行されそうになっていると、遅れて青年の上司らしき赤毛をオールバックにした軍服姿の男性が現場に姿を現した。治安維持局所属の軍人は二人一組での行動が基本だ。
「何事だ。エルヴェシウス少尉」
「ロンデックス少佐殿。女子学生に金銭を渡す不審者を捕獲したところであります」
「不審者って……」
シルヴァン・ロンデックス少佐の視線が部下のリュカ・エルヴェシウス少尉に向き、そのまま手錠をはめられたギーへと移った。
「こんなところで何をしているんだ。シュショットマン」
「奇遇だなロンデックス。この坊やはお前の部下か? だったら是非お前からも誤解を解いてほしいんだが」
手錠をはめられてるのが知人のギーであること、この場に居合わせているのが情報屋としての顔を持つマルモル姉妹であることから、ロンデックスは全てを悟った。
「すまんな。うちの新人が早とちりをしたようだ」
「ロンデックス少佐。この不審者を知っているのですか?」
「不審者扱いは止めてもらっても?」
悲しいことに、ギーの言葉には誰も反応してくれなかった。
「彼は探偵のギー・シュショットマン。双子はこの一帯を縄張りとする情報屋のマルモル姉妹だ。金銭の授受は探偵と情報屋の正当な取引であって、君が勘繰ったようないかがわしい意味合いはないよ」
「探偵に情報屋?」
「非公式ながら、探偵と我々治安維持局は時に共闘を結ぶこともある。良い機会だから探偵ギー・シュショットマンの名前はよく覚えておくといい」
「ロンデックス少佐にそこまで言わしめる程の大物には思えませんが」
「この仕事を続けていればじきに分かるさ」
リュカはなおも釈然としない様子だったが、ロンデックスはそれ以上は何も言わなかった。融通の利かない新人時代というのは誰もが通る道だし、こういうことは実際に自分で経験してみなければ、上手く飲み込めないものだ。
「エルヴェシウス少尉は配属されたばかりでな。熱意は本物なのだがどうにも気合いが空回りしている。上司として謝罪させてもらう」
リュカの誤解を解いたところで、ロンデックスが改めてギーに謝罪した。
「お詫びといってはなんだが、調査中なら何か協力しようか?」
「貸しにしておくさ。もし協力が必要な場面がやってきたらその時は頼む」
「覚えておこう」
お互いに長い付き合いなので、恨みっ子も変な同情もない。貸し一つということでこの場は一先ず落ち着いた。
「行くところがあるから俺はこれで失礼する。カロル、セシル。また何かあったら頼む」
「まいどあり~変質者」
「行ってらっしゃいませ。変質者」
「解けた誤解を掘り返すな」
一言余計な双子の情報屋に物申すと、面白く無さそうな顔で視線を送るリュカと目が合った。
「思いっきりの良さはあったが、詰めが甘いな」
「……早とちりしたことはお詫びするが、詰めが甘いとは?」
「これは返しておく」
そう言ってギーは笑顔で、リュカの手に外れた手錠を渡した。
「いつの間に」
今更ながら、手錠をはめっぱなしで開錠していなかった。それなのにいつの間にかギーから手錠が外れている。会話中にロンデックスが代わりに手錠を外した素振りも無かった。だとすればギーは自分の腕にはめられた手錠を自力で外したことになる。
「貴様、どうやって手錠を」
リュカの問い掛けには何も答えず、陽気に手を振りながらギーはその場を後にした。
「ロンデックス少佐。あの男は一体何者なのですか?」
探偵という言葉では説明のつかない得体の知れなさがギーからは感じられた。軍人であるロンデックスと知己である様子からも、その正体に興味を抱かずにはいられない。
「話せば長くなるし今は
「……分かりました」
ロンデックスの言うことは尤もだ。リュカも気持ちも切り替え、ロンデックスと共に警邏任務へと戻っていった。
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