王都探偵シュショットマンの多忙
湖城マコト
第1話 シュショットマン探偵事務所の日常
――落ち着け。標的はまだ俺には気づいていない。冷静に仕掛ければいける。
大国ロサンジュの王都ディアマン。人気のない薄暗い路地裏で、探偵のギー・シュショットマンは、気配を消して標的を確保するタイミングを伺っていた。
三つ揃えのダークブラウンのスーツを着こなすその姿は出来る男のそれで、動作にも一切の無駄がない。銀髪の隙間から覗く鋭い眼光は、標的を追い詰める狩人のそれである。
標的とはすでに二度会敵し、二度とも逃走を許している。これまでに数多の追跡や潜入を成功させてきた敏腕探偵にあってはならない失態だ。思えば相手を
――気配、足音、呼吸音、心音。消せるものは何でも消せ。
標的に感づかれる可能性がある、あらゆる要素を意識的に取り除く。これでもギーは存在しないも同じ。触覚で確かめる以外で標的がギーを知覚することは出来ない。持ち前の俊足で一気に距離を詰め、ギーは標的へと両手を伸ばした。
「今度こそ捕まえたぞ!」
ギーの両手がしっかりと白猫を捕縛した。猫はムスッとした表情を浮かべてギーの腕を逃れようともがいている。数日前に飼い主の元から姿を消した迷子の猫の捜索依頼。この足で依頼人の自宅まで猫を送り届ければ無事に依頼は完遂だ。
「この俺を二度も撒いたこと。誇っていいぞ」
これまでに追跡、捜索した標的の中で、今回の白猫は間違いなく難敵だった。ギーは全てを出し切った表情で、抱え上げた白猫と顔を付き合わせたが。
「ん?」
白猫の前足が振り抜かれ、鋭い爪が光るのが見えた次の瞬間。
「痛ええええええええ――」
ギーの鼻に横一線の引っ掻き傷が走りギーが悶絶する。それでも、また逃がしてなるものかと白猫を決して離さなかったのは、探偵としてのせめてもの
「……手間かけさせやがって」
ギーがスーツのポケットからビー玉サイズの黒い球体を取り出すと、それは即座に飼い主から預かったケージへと姿が変わった。この黒い球体は器物を質量を無視して収納し持ち運べる、魔法が施された魔法具と呼ばれる特殊なアイテムだ。手荷物を減らすことが出来るので、身軽さが必要な探偵業には必須の魔法具だ。
「……ほ、誇っていいぞ。俺に傷をつけたのはお前で二人目、いや、お前は人ではないから一匹目か?」
一度目と違い、動揺で声が震えていたのはご愛敬。
白猫をケージに収めて傷ついた鼻の頭を擦ると、ギーは依頼者の元へ白猫を届けに向かった。
※※※
「お帰りなさ――どうしたんですかその顔?」
ギーは王都東地区の通りに面するシュショットマン探偵事務所へと戻ってきた。
所員の青年、マルク・クララックがその顔を見て一瞬驚くも、すぐに笑いを堪えるような
「失礼だな。それが一仕事終えて帰還した所長に対する出迎えの表情か」
「所長の顔があまりにも面白――失礼、大変面白かったものですから」
「いや言い直してないよね? むしろ悪意を上乗せしてるよね?」
「すみません。僕の
舞台役者と見紛うような、誰もが思わず二度見せずにはいられぬ
「心から謝罪してる風な雰囲気だけは出てるけど、他に形容できる言葉が見つかってない自体でだいたいアウトだから。まったく、昔からそんなに毒舌だったか?」
「所長への信頼の現れです。それに剣技も
「剣技はともかく、舌鋒を磨いてお前はどこを目指しているんだ」
「何も
「最後に本音を出すな本音を。せめて隠し通せ」
「失礼しました。組織と呼ぶにはあまりにも
「そこじゃねえよ。あらゆる側面から俺を攻撃しやがって」
「でしたらお詫びに、傷口にお薬でも塗って差し上げましょう」
呆れ顔でギーが自身のデスクに座ると、マルクは救急箱から傷薬を持ってきてくれた。
「随分と苦戦なさったようですね」
着ていたシャツを袖まくりすると、マルクは
「正直ペット探しが一番疲れる。人間相手に捜索や尾行をしている方がよっぽど簡単だ」
「人間相手の方が簡単ですか。所長らしいお言葉ですね」
「人間は慢心する生き物だ。口車に乗せる余地もある。だが猫はどうだ? あらゆる技術を総動員しなければ近づくことも困難。おまけに交渉の余地もない」
「その発言もまた慢心では?」
「人間らしいだろう?」
「そうですね。昔よりは随分と人間らしくなられましたよ。はい。これで処置は終わりです」
「……手厚い処置をどうも」
最後に意地悪く鼻の傷跡を指でなぞっていったマルクに、ギーは皮肉交じりに感謝した。
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