第2話 つれないメイドさんと、『ウィリーズ・ワンダーランド』

 入学式当日、中学の制服は喪服となった。


 母は制服が支給された日までは生きていたのだが、入学式には間に合わず。


 喪服の団体の中で、さすがに山吹色の制服は浮いていたのを覚えている。


 しかし父は、「お母さんの最期だから、泰菜やすなの制服を見せてあげてくれ」と、わたしに制服を着るように頼んできた。


 入学式早々に休んだせいで、わたしはしばらく友だちができず、今でも一人で過ごすことが多い。


 しかし二年生に上がると、友人もできてきた。映画に興味を持ったせいかも。


映子えいこさんのおかげかな?」


「なにをおっしゃいますやら」


 相変わらずそっけなく、映子さんはドーナツをコーヒーを用意してくれた。


「で、今日は何の映画を見ようと?」


「それなんだけどさ、ダチからお願いされているんだよね」


 とびっきり怖い映画を、教えてほしいという。


「でさ、この映画を一緒に見たい、って思ったんだよね」


 わたしは部屋から持ってきたノートPCを起動し、動画サイトを見せる。


「ああ、『呪詛』ですか」


 台湾で流行した、呪いの動画系のホラーだ。迷惑YouTuberだった主人公が、悪霊に祟られた娘を救うために奮闘する話だという。


「やめておいた方がいいですね」


「どうして、めちゃ怖いんでしょ?」


「怖いのベクトルが違うのです。皆さま方は、ワーッとかキャーッとか言って驚きたいのでしょう? でしたら、『呪詛』はちょっと違いますね」


 どちらかというと、『呪詛』は人間の闇を全面に出した作品だそうだ。内側からビビり倒して、夜中にトイレにいけなくなる系の話だとか。


「また虫が苦手な方でしたら『来る』もオススメしません。毛虫が大量に出てきますので」


 あー、そっちはわたしがアカンやつや。


「あなた方が求めているのは、スラッシャー系のお話だと思われます」


「すら?」


 聞き慣れない言葉だ。


「スラッシャー。いわゆる『ジェイソン』やら『チャッキー』系、日本だと『貞子』が有名でしょうか」


「ああ、そっち系って言っていたかな?」


「なら、おすすめは『ジェーン・ドウの解剖』ですね」


 大量殺人があった現場に埋められていた、魔女を解剖する話だそうで。


「スリルがあって、ヤバイです。あれはおすすめですよ」


「そっかー」


「乗り気ではありませんね?」


「だってさ、どうして人って、死ぬような映画を見たがるんだろうなって」


 わたしは、誰か大切な人の死を、割とすぐに経験した。


 しかし、クラスメイトはそんなに死を実感したことがないという。飼い猫さえ長生きなのだそうで。


「だからかも知れませんね。死を知らない分、興味津々なのでしょう」


「そっか。わたしはもっと変わったホラーが見たいな」


 ただびっくりさせるだけのホラーは、わたしも退屈していた。


「でしたら、これなんていかがでしょう?」


 ノートPCに指を走らせ、検索バーにカタカタとキーを打ち込む。


「……『ウィリーズ・ワンダーランド』?」


「はい。ニコラス・ケイジが主演なのですが、この設定がちょっと変わっていまして」


 どれどれと、わたしは映画を見始める。


 大量殺人鬼が乗り移った機械仕掛けのぬいぐるみが、テーマパークに入った人を襲う設定らしい。


 主人公の男性は、パンクした車を直している間にパークの掃除を依頼された。食い殺されることを知らずに。


 だが、この映画はわたしの予想を遥かに超える展開に。


「え!? 主人公が悪霊ぶっ殺した!」


 なんと、スラッシャー役のぬいぐるみを、ニコラス・ケイジが演じている主人公が破壊したのだ。


「なにこの映画、ヤバイ! めちゃ楽しい!」


 死を間近に感じてしまったため、感覚がマヒしているのだろう。わたしは、少しのことでは動揺しなくなっていた。


 でも、ホラーにはこんな可能性がたくさんあるんだ。


「面白かった! 映子さん、他にないかな?」


「ではお次は、『ロンドンゾンビ紀行』なんていいかがでしょう?」


 わたしは今日も、映子さんと映画を堪能した。




 その日の夜、わたしはうっかり『呪詛』を見てしまって、映子さんにトイレまでついて来てもらった。

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