つれないメイドさんは、映画を見ているときだけグイグイ来る

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第1話 つれないメイドさんと、『幸せのレシピ』

 去年、母が死んだ。


 父は早い段階から、新しい母を迎え入れた。


泰菜やすなお嬢様、それであなたは、わたしの部屋に入り浸っていると?」


「いいじゃん、映子えいこさんのドーナツを食べながら映画を見るのが、わたしの唯一の楽しみなんだから。今日は、なんの映画見ようか?」


 中学の制服のまま、わたしはDVDの棚を漁る。


 離れにある使用人室に入り浸り、メイドの映子さんとソファで映画を見るのが、わたしの日課だ。


 映子さんも、「娘が退屈しないように」と、映画を見せることを許可している。映画を見ているときだけ、わたしはおとなしいから。


 一四歳のわたしと映子さんは、三〇歳近く年齢が離れていた。それでも、わたしの知らない映画の話を良くしてくれるから好きだ。


「じゃあ、今日はこの映画にしようか?」


 わたしは、一本のDVDを手に取った。



※~◇~※~◇~※~◇~※



 城島じょうじま 映子さん夫妻が我が卜部うらべ家に働きに来たのは、一年前である。母の死後三日後のこと。


 食事を取らないわたしを気遣い、父は回らない寿司屋に連れて行ってくれた。


 しかし、寿司が受け付けない。結局、一口も食べられなかった。母の好物だったハマチなら食べられるかなと思ったが、母を思い出して吐きそうになってしまう。


 それからわたしはほとんど物を食べず、ジュースくらいしかノドを通らなくなってしまった。母の食道楽を引き継いだはずだったのに。


 お屋敷のお手伝いさんも、わたしに手を焼いてやめていく。


 そんな中、映子さんが働きに来てくれたのだ。


 彼女のルールは、ただ一つ。映画を見る環境をくれること。「仕事はちゃんとやるから、映画を見る時間は必ず欲しい」と言ってきた。


 変わった人だとは思っていたが、仕事はちゃんとする人である。


 父も、安心して任せていた。


 それでもわたしは、そっけない態度を示す映子さんが苦手だった。構ってもらいたくても、映子さんは仕事を優先して遊んでくれない。


 ある日のこと。


 わたしは厨房からいい香りがしている。トマトだ。トマトの煮えている匂いがする。


 トマトの香りにつられて、わたしは厨房に足を踏み入れた。まったくお腹に何も入らない状態だったのに。


 映子さん夫妻が、トマトパスタを食べている。家族で食べるのではない。あれは、まかないである。なのに、今まで食べたどんなパスタよりもおいしそうに見える。


 作った映子さん自身も、パスタのできに満足してるようだった。


 向かい合って食べていた旦那さんが、わたしの存在に気づく。


 映子さんは、「はあ」とため息をついた。スッと、テーブルの空いた席にパスタを置く。


「仕事に戻ります。私の分、残しておいてくださいね」


 許しを得て、わたしはパスタに食らいついた。


 おいしい! 子どもが好きそうな味だ。

 ナポリタンよりトマトの風味がしっかりしている。ミートスパよりクドくない。


「あ、全部食べちゃった」


 残しておけって言われたのに。


「ええて。あいつこのパスタ二杯目やねん。ようさん食べてくれて、映子も喜ぶて」


 食べ終えたお皿を洗いながら、「よかったなあ」と、城島さんが笑う。


「これな、『幸せのレシピ』っていう映画に出てくるんやて」


 故郷の訛りで、城島さんが語る。


「その映画も、オカンが亡くなった子どもが、シェフのまかないをよばれて立ち直る話やねんよ」


「よばれる」とは、城島さんの地元で「食事」を意味するらしい。


「そうなの?」


「映子の部屋、すごいで。映画ばっかりやねん。ボクにはさっぱりやねんけど」


 俄然、わたしは映子さんの住む離れに興味を持った。


 映子さんの離れに、忍び込む。


 わたしは、DVDの棚を確認した。


 あった、『幸せのレシピ』が。


 そこでわたしは、疑問に思う。勝手に見ても、いいのだろうか?


 しかし、わたしは好奇心に勝てず、気がつけばDVDをデッキに入れていた。


 交通事故で大好きだった母親をなくした少女は、叔母に引き取られる。

 叔母は高級レストランで料理長をしていて、腕によりをかけた料理を姪に振る舞う。

 しかし、姪は食べない。

 あるとき、やむなく自分の職場に姪を連れて行くと、新しく入ってきた副料理長がまかないを食べていた。


 少女は仕事に戻った副料理長が残したまかないパスタに、口をつける。

 

――ボクのも少し、残してしておいてね


 副料理長は、少女の好きにさせた。


「あっ」


 これは、映子さんがわたしに言った言葉ではないか。

 

 まかないを分けてもらい、姪はすっかり元気になる。


 ひょっとして、映子さんはわたしを元気づけるために、わざと……。


「お楽しみのところ、失礼致します」


「ひっ!」


 気がつくと、わたしは夢中で映画にかじりついていた。


「こんなところにいらっしゃるとは。お部屋でお勉強なさっているものだと」


「ご、ごめんなさい!」


 映子さん、絶対怒ってるよね。


「怒りに来た人が、ドーナツなんて持ってきませんよ」


 よく見ると、映子さんの手にはお盆に乗ったオレンジジュースとドーナツが。


「ホントにごめんなさい。勝手にDVDを見ちゃって」


「いいんです。少しでも気晴らしになれば。どうぞ」


「ありがとう」


 わたしは、ジュースとドーナツをいただく。手作りドーナツが、焼き立てでおいしい。


 ドーナツを食べながら、わたしはもう一本映画を見る。映子さんと一緒に。


 ずっと泣いていたから、どんな映画を見たのかは覚えていない。


「映子さん、これからも映画を見に来ていい?」


「構いませんよ。でも、お部屋にノートPCがお有りでしょ? 配信でご覧になったら」


「母の部屋が近いから、色々と思い出しちゃって」


 ここは、母の部屋から一番離れている。何も考えずにいるなら、ここがいい。


「でもさ映子さん、配信じゃなくてDVDなんだね?」


「配信には、期限がございますので」


 見たいときに見られなくなっていたことが、頻発したらしい。


「それに、ドマイナーな映画などは配信では見られないことが多々あります。特に、古い洋画の吹替版などは」


「わかる。字幕版ばっかりだよね」


「字幕には、字幕の良さがあるのは存じ上げております。吹き替えで見ることで、二度美味しい。こんな素晴らしい趣味はございません」


 映子さんに、なにかのスイッチがはいったようだ。


「失礼しました」と取り繕っても、もう遅い。


「……わかりました。ですが、私も仕事があります。ずっと一緒に映画を見ることはできません。あしからず」


「心得ました」


 こうしてわたしは、映子さんの部屋で映画を見る許可をもらった。



※~◇~※~◇~※~◇~※



 それからずっと、わたしはここを自分の部屋のように振る舞っている。


「泰菜お嬢様。ホントは、あまりあなたと仲良くしないように言われているのですよ」


 映子さんが、めんどくさそうにため息をつく。


「継母のいいつけ?」


「お父様からです」


 継母がやきもちを焼くからだとか。意外と、繊細なんだな。


「いいの。父には継母と仲良くいて欲しいもん」


「本心で仰っていますか?」


「直接、言ってあげないだけ。でないと、母の味方が誰もいなくなるじゃん」


 わたしはようやく、母の死を受け入れつつあった。


「奥様はお嫌いですか?」


「好きだよ。でもさ、わたしは映子さんが新しい母さんでもよかったのにって」


「私は既に、主人がいますので」


 映子さんの旦那さんは今、ウチのお庭を手入れしてくれている。ちなみに、映子さんの旦那さんは、映画を見ない。今でも旦那さんは、「妻は家でも、映画の話しかせんのや」とボヤく。


「映子さんのお子さんは?」


「息子が。大学進学の機会に、自立しました」


 男だと、メールもほとんど来ないという。


「もったいない。せっかくこんなおいしいドーナツが食べられるのに」


「食べ過ぎです、泰菜お嬢様。お夕飯が入らなくなりますよ」


 離れの下から、あのトマトの香りがしてきた。


「あ、今日は例の」


「はい。あなたのお好きな、トマトパスタですよ」


「やった!」


 覚えていてくれたんだ、映子さん。

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