第6話 美緒ちゃんからの電話

 実は俺は独身じゃない。独身のふりをしていたのは、美緒ちゃんと付き合えるかもしれないという忖度が働いたからに過ぎない。すでに結婚していて、子どももいるありふれた家庭人なのだ。既婚者でも、若い女性の前では独身のふりをする人もいるだろう。結婚生活はあまりに味気なく、退屈な物だからだ。若い女性と遊んでみたくなる。


 土曜日の午後、俺が部屋で漫画を読んでいたらスマホが鳴った。知らない携帯番号だった。知人はみな登録しているから、知らない番号から掛かってくることは滅多にない。ほぼ間違い電話かセールスしかない。たまに、宅急便の人だったりする。暇だから取り敢えず出てみる。


「もしもし」

「聡史君?私、美緒」

「あ、美緒ちゃん!探してたんだよ」

「ごめんね。連絡しなくて」

「今、どうしてるの?」

「言えない」

「何で?」

「私ね、今から死ぬんだ」

「どうして?」

「う~ん。生きている意味がなくなったから」

「どうして・・・そんな風に思うの?君みたいにきれいな人が」

「わたし、整形してるもん」

「でも、今、すごくきれいだよ」

「ありがとう。聡史君って・・・独身?」

「いや、既婚者で子どももいるよ」

 整形美人と聞いた途端に俺は美緒ちゃんに興味を失った。

「そっか。付き合いたかったな。聡史君と。奥さんどんな人?」

「いや・・・新卒で最初に入った会社の同期で、普通の人だよ」

「へえ。素敵!社内恋愛って憧れる」

 何の話をしてるんだろう・・・バカバカしくなるが、彼女は今から死ぬと言ってるんだと思い出した。

「今から付き合ってもよくない?俺たち・・・」

「でも、不倫じゃない」

「隠れて付き合えばバレないよ」

「そういうの嫌」

「そっか。ごめんね。俺も本心ではもう奥さんのこと愛してないんだよね。子どもがいるから別れないだけで」

「そうなんだ。何か空しいね。幸せそうに見えるのに」

「幸せじゃないって」

「子どもは、幼稚園くらい?」

「うん。二人ともそうだよ」

「男の子と女の子?」

「うん。何で知ってるの?」

「ブログみたんだ。奥さんの」

「え?そうなんだ・・・どうやってわかったの?」

「私、ストーカーなんだ。聡史君の」

「俺なんかをストーカーしても仕方ないよ」

「ううん。そんなことない。理想の家族って感じ」

「ねぇ。俺、君と喋ったことなかったよね。一回も。俺のこと好きだったって本当?」

「他に覚えてる人いないんだ。お母さんと、聡史君のおばさん仲がよかったから、名前をよく聞いてたんだ。お勉強ができて、バスケもやってて活躍してるって聞いて。あ、きっとかっこいいんだろうなって想像してたの」

「そっか・・・全然接点ないのに何でだろうなって。おばさんとおじさん亡くなっちゃったね」

「知ってる。私が殺したから」

「え?殺したのって敏行さんじゃないの?」

「違う」

「え?まじで?動機は?」

「私、虐待されてたの。あの三人から」

「え、まじで?敏行さんも?」

「うん」

「でも・・・どうやって殺したの・・二人殺して逃げるってなかなか難しいよね」

「協力してくれる人がいるから。わたし、仲いいんだ。反社の人たちと・・」

「ああ。そういうことか」

 俺はワンチャン彼女と不倫なんて妄想を抱いてしまったことを後悔した。反社の女に手を出したら、ボコられて、橋の上から捨てられるかもしれない。

「敏行さんを拉致って無理やり遺書を書かせたんだ」

「うん」

 眩暈がしてくる。俺もとばっちりを受けるのかな?

「それで・・・何でテレビで俺のことをおびき出したの?」

「知って欲しかったの。私がきれいになって、女優になって成功してるって」

「そっか・・・」

 初恋の俺にその姿を見せたかったんだな。健気な子じゃないか。何か事情があって、反社の人たちと親しくなったんだろう。

「うん。探してくれてありがとう」

「どういたしまして。覚えてる?聡史君。私のことブスって言って笑ってたよね。それに、犬小屋に閉じ込めたり、食べ物に虫を入れたり。一番最低だったのは、パンツを脱がされて、みんなにあそこを見られて、パンツを川に捨てられてさ。私ノーパンで家に帰ったのよ」

「そんなことしたっけ?ごめん、全然覚えてない・・・って言うか、俺そんなキャラじゃないよ。俺、誰かを虐めたことってあんまりないし。俺、女の子のアソコを生で見たのって、高校生になって彼女が出来てからだったと思う・・・こういうのって、死ぬまで忘れないじゃん。だから、それ俺じゃないと思うんだけど」

「え、まじで?」

 顔は見えないけど絶句している様子が浮かんで来た。

「俺は聡史だけど・・・違う人じゃない?俺と同じくらいの年だと、悟、信二、浩司、健一とかさ・・・似たようなのが何人もいた気がするし・・・」

「うーん。ごめん。写真とか一枚もないから。でも、聡史って名前だけ覚えてるの・・・」

「それって、おばさんとうちのお母さんが仲良かったからじゃない?」

「かなぁ?」

「多分、そうだよ。俺、あんまり従兄弟たちと仲良くなかったし・・・もしかしたら、うちの兄ちゃんかな。すんげー性格悪くていじめっ子だったから」

 彼女の記憶の中で兄と俺がすり替わってしまったのかもしれない。

「そのお兄ちゃんってどこにいるの?」

「今、官僚になって〇〇省に勤めてる。〇〇省の〇〇の〇〇の課長補佐で、家は町屋にあるマンション。子どもが二人いて、住所も言おうか?」

 俺は兄が嫌いだったから美緒ちゃんが報復すればいいと思って、夢中で答えていた。

「ううん。もういい。それよりごめんね・・・聡史君の奥さんと子ども・・・」

「うん」

「さっき、車で轢いちゃった。だから、私、今から飛び込むの」


 え!


 そ、そんな!


 人違いでしょ?


 雪子!

 里奈!楓!!!!


頭の中が真っ白になった。


「ほんとにごめん」

「待ってよ!」

 美緒ちゃんはプチっと電話を切った。

 俺の頭の中はぼんやりして何も考えられなかった。


 しばらくして、またスマホが鳴った。

 あ、もしかしてどっきりだったりして・・・・。

 心臓に悪いよ。

 テレビってほんと悪質だな。


「はい」


 真面目そうな男の人の声だった。


「江田聡史さんの番号でお間違えないですか?〇〇警察です。先ほど、奥さんとお子さん二人が車に撥ねられて、今、〇〇病院に搬送されてます・・・」


 俺はプチっと電話を切った。

 脳がオーバーフローを起こしてて、現実を受け入れられなかった。俺って独身だよな。そうそう。未婚で子どもなんかいないし。そして、また漫画を読み始めた。スマホが鳴っているから、マナーモードに切り替えた。


美緒ちゃんからLineが送られてきていた。


『ドッキリ大成功!』


しかし。俺の家族は戻って来なかった。






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どっきり 連喜 @toushikibu

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