ある生き残りの一人語り

あぁ、思えば……。

……あの日から随分の歳月が過ぎましたねぇ。

あの大戦おおいくさを経験したのも……。

誰も彼もが闇雲に何かを怯えるように……。

愚かにも敵対しあっていたのも……。

その種族たちが手を取り合ったのも……。

今では遠い昔のことですか……。

私には、ほら、目を瞑ってみれば。

ほんの昨日のことのように鮮明に蘇るのに……。


時の流れの早さにはいつも驚かされます。

私が少しうたた寝をしていただけで姿を変える。

あっという間に様変わりしてしまいますからね。

建物や服装などの見目ばかりではなく。

歴史も、文化も、思想も、技術も、常識も。

人間は進化を遂げて。

そして堕落していった。

変わらないのは、私が治めるこの深い森の中だけ。


少し引きこもってただけで。

ちょっと外に出てみれば。

何も残っていなかった。

あの時の面影一つも。

あの時に三人で見た風景も。

あの時に三人で渡ったひどい異臭の道も。

あの時に三人で育てた花も。

あの時に三人で齧った果実も。

あの時に三人で聞いた川のせせらぎも。

あの時に三人で謳った未来への希望も。

あの時にともに過ごした二人も。

何もかもが過去として散っていった。

もう、あの時にともに手を取り合った二人は。

ともに平和を望み、離れても友情は固いと。

そう、酒を酌み交わしたあの二人は。

もう、今の世には存在しない。

人間とは、かくも命の短いことよ。


今の人間たちは知らないのだろうね。

最初は私もあの二人も、ふふふ。

決して英雄なんて器でなかったこと。

ただのどこにでもいるような凡人の集まり。

私にかぎってはただの世捨て人。

大きな戦に興味なんてなかった。

私は何事にも無関心だったからね。

そして、死ねるものなら。

私は死んでもいいとさえ思っていた。

ただ、大騒ぎする声が煩いと。

たかが、もとより数十年の命が。

それが今散るだけで大騒ぎをする人間たち。

たかが、力あるだけの生物が。

自分の土地だと我が物顔で侵略する種族たち。

幾年月が経っても、月と太陽が何度行き来しても。

その馬鹿騒ぎは止まらなかった。

嫌気がさして、騒ぎの中心に向かった。

喧しさのあまり全部壊そうと思って。

その時、出逢ったのがあの二人だった。

一人は弱いくせに理想論ばかり達者な人だった。

一人は愚鈍なくせに運ばかり調子の良い男だった。

そして、怠惰で動かないくせに力ばかりある私。

てんでバラバラの三人だった。

到底、関わり合うことのないような三人。

私だけは種族も違ったからねぇ……。

そういえば今の者達は勘違いしているようだねぇ。魔王が魔族か何か、人間でない種族だと思ってる。

少なくとも、私が出逢った時はただの……。

ただの調子の良いだけの人間の男だったねぇ。

ふふふ、悪い人間じゃなかったけれど。

そう、彼らがいたから、今の世がある。

それを知るものが。

それを覚えているものが。

今の世にどれほどいるか。

わからないねぇ。

一人で大きくなったような顔をしている。

今はそんな者ばかりだから。

あぁ、もう一度、会いたいよ。

あの風景を、あの道を、あの花を、あの果実を、あの川のせせらぎを、あの未来への希望を、ともに。

彼らと見て、彼らと渡って、彼らと育て、彼らと齧って、彼らと聞いて、彼らと謳って、もう一度。

もう一度、君たちに会いたいよ。


あぁ、そういえば君たちの子孫たちに会ったよ。

今の国王は知らないが未来の王は君に似ている。

他者に守られてばかりだが、理想は固い。

弱いくせに理想論ばかり達者だった君そのものだ。

それから、お前の子孫にもね。

今の魔王は知らないが未来の魔王は似てないね。

お前ほど調子は良くないし、とても良い子だよ。

あとお前と違って可愛げがある。

ふふふ、なんてお前本人に行ったら怒られるかな。

あぁ、私も子をなしておけばよかったかなぁ。

そしたら、私の子がまた、君たちとの子孫と……。

いや、それは、独りよがりの願いだね。

でもいつかは。

子をなすかは別として。

いつかはまた誰かと、時を過ごすのも。

この深い森の外に出て、未来に希望を謳うのも。

悪くはないのかもしれないね。


あぁ、そろそろ眠くなってきたよ。

最近は、眠る日も多いからね。

寄る年波には勝てないってやつかな。

……死にはしないんだけどね。

ただ退屈なだけかもしれないねぇ。

働きすぎても眠くなるし、退屈すぎても眠くなる。

今、眠いのはどちらかねぇ。

……あぁ、でも君たちの子孫の行く末が気になる。

今ちょっと面白いことになりそうなんだった。

君に良く似た若き未来の国王と。

お前にまったく似てない幼い未来の魔王が。

どんな世界を作るのか楽しみだねぇ。


――そいつはよかったな。


――私に似ている子と君に似ていない子ですって。


 これはきっと生き残りの夢の中。

 三人は楽しげに語らった。

 かつての風景を指さしながら見て。

 かつて、異臭に涙しながら道を渡り。

 かつてには美しく咲かせた花を再び育て。

 かつてと変わらぬ甘さの果実を齧って。

 かつては聞くだけの川のせせらぎに飛び込み。

 かつてが今に変わった未来への希望を謳った。

 かつてではなく今の三人で。

 これはきっと私の夢の中。


 生き残りは静かに瞼を伏せ、微睡みに身を委ねた。

 これは、葉が落ち月、祭りの黄昏時のことだった。



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