SとMの世界平和日記

うめもも さくら

プロローグ 二人の想い

 俺はね。

 君は知らないだろうけど。

 ずっと、君だけのために生きてる。

 君はおぼえていないだろうけど。

 ずっと、君だけを探して生きてた。

 強くなったのも全て君のため。

 君に近づきたくて強くなった。

 君を守りたくて強くなった。

 君がもう寂しい思いをしないために強くなった。

 俺のこの躰、人生、生き方、未来、全て。

 全てが君のためで構築されてる。

 俺の人生の全部。

 君の人生の一部になりたいんじゃない。

 君の人生の唯一になりたいんだ。

 だから、君のためならなんでもする。

 君の身の回りのお世話もするし。

 時にはぐちにもなってあげる。

 君のそばに虫螻むしけらが近づかないように。

 俺がその羽虫の標的まとになって君を守ってあげる。

 君のためなら何も苦にならない。

 君のそばにいるためならなんでもできる。

 俺の全ては君だけのもの。

 この劣情も恋情も情愛も情念も。

 君が俺に教えてくれた感情だから。

 今度は俺が、ゆっくり、それを伝えてあげる。

 君のそばから離れたりしない。

 決してね。

 だって俺のつがいは君だけなんだから。

 こんな風にしたのは君なんだから。

 君も俺の想いを受け入れて。

 俺のものでなくちゃダメだよ。

 俺の対、俺の番。


――君だけを愛してるよ、エム。


 逃さない。離さない。俺だけのもの。俺だけが君を守れる。愛してる。俺の作った料理を口移しで食べさせてあげる。お風呂にもいれて躰も洗ってあげる。寒くないように添い寝してあげる。触れてあげる。撫でてあげる。吐き出させてあげる。閉じ込めてあげる。愛してあげる。


――愛してるよ、エム。



            ――とある戦士の独白どくはく




 あれと出逢ったのは、城での模擬戦だった。

 思えば、会った瞬間から馴れ馴れしい男だった。

 最初からひと目見た瞬間からわかっていた。

 逞しい躰、屈託のない笑み、人懐っこい性格。

 庶民、周囲との関わり方、家事もこなす。

 何もかも、私とは違うものを持った男。

 私の生きてきた世界とは別の世界で生きる人間。

 だから、模擬戦が終われば関わりもなくなる。

 そう、思っていた。

 そう、思っていたのに。

 お前は私の世界に土足で踏み込んできた。

 土足で踏み込んできて、勝手に荒らし回る。

 勝手に荒らし回って、私の心を掻き乱す。

 お前と会ってから苛むことばかりだ。

 優しくするな、私は独りで生きていける。

 笑いかけるな、私は独りで生きていける。

 そばに寄るな、私は独りで生きていける。

 近寄るな、触れるな、手を差し伸べるな、話しかけるな、関わるな、気にかけるな、優しく笑うな。

 私は独りで生きていける。

 私は独りでも生きていける。

 お前といると、ダメになりそうだ。

 お前がいないと、ダメになってしまいそうだ。

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。

 違うっ……。

 私は独りで生きていくんだ。

 私の未来に、誰もいらない。

 たとえ、この先、見ず知らずの女と結婚して、いつか子をなしたとしても。

 それは、高貴な私の家を繁栄させるため。

 おそらく、相手も私と同じ思考の持ち主。

 立場のある人間なんてみんなそんなものだろう。

 私は、恋愛だ、友情だ、信頼だ、青春だ、そんなものにうつつを抜かすことは許されないし、抜かすつもりも一切ない。

 私は、誰も信じないし、誰にも頼らない。

 伴侶となる女のことだって決して信用しない。

 私は独りで生きていくんだ。

 私のこの躰、人生、生き方、未来、全て。

 全て私だけのものだ。

 私の人生の全部。

 誰にも侵させはしない、誰にも汚させはしない。

 私の人生は唯一の私のもの。

 誰も踏み込ませるものか、奪わせるものか。

 ずっとそうやって生きてきたし、ずっとそうやって生きていくんだろう?

 そう、私は誓っただろう?

 それなのに、お前は、いとも容易く土足で踏み込んで。

 私を独りにしてくれない。

 お前の微笑みは、私を独りで生きていけなくしてしまいそうで、怖い。

 私が私ではなくなってしまいそうで怖い。

 近寄らないでくれ、触れないで、手を差し伸べてくれるな、話しかけないでくれよ、関わらないでいてくれ、気にかける必要もないだろ、優しく笑われたら何も考えられなくなるんだ。

 私は独りで生きていけないのだと。

 私は独りではもう、生きていけないのだと。

 お前といると、ダメになるんだ。

 お前がいないと、ダメになってしまうんだ。

 違うっ……。

 違う。違う。違う。違う。違う。違う。


――お前なんて大嫌いだ、エス。


 逃して。離して。お前だけのものに作り替えないで。お前だけが守れる私にしないで。私がお前のことなんて愛しているはずがない。お前の作った料理で餌付けなんてするな。躰は逞しいのに、唇ばかり柔らかいなんて教えてくれるな。軽々と抱き上げるな。いつか風呂にもついてきそうだなんて思わせるな。お前に触れられた肌が、いつか全てをお前に洗われたらなんて、勘違いさせるな。寒い時にお前を求めるような私に仕立て上げるな。隣にお前が添い寝してくれたら寂しくないとか馬鹿げてる。触れるな。撫でるな。吐き出してしまいそうになる。閉じ込められたら。愛してしまったら。


――大嫌いだ、エス。



           ――とある魔導師の葛藤かっとう






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