迷子も買い出しも大きく括ればどちらも散歩

 城下の栄えたこの街は、行き交うたくさんの人たちの声で賑やかだ。

 店の者が人を呼び止める呼び込みの声や、それに足を止め品物を選ぶ客の楽しげな声。

 露天で買った食べ物を片手に笑い合う人たち、食堂の開かれた扉の奥で談笑している客たちは良い感じに酒がまわっているようだ。

 絶え間なく聞こえてくるのは、荷台の車が転がされる音や忙しそうに走る靴音。

 そんな街を楽しそうに歩くエスと、彼に手を引かれる嫌そうな表情のエム。

 とりあえず二人が入ったのは、貴族もお抱えのレストラン。

 そこのテラスでようやく腰を落ち着けたエムが眉をひそめて、運ばれてきた豪華な朝食にはしゃぐエスを軽く睨みながら訴える。


「あのな、なんの連絡もなしに朝に部屋に来て、いきなり私を引っ張りだすのはやめろ」


「なんの連絡もなくって、昨日、交換日記に書いたんだよ?」


「お前が書いたのは昨日だろうが、お前が私のもとに日記帳を持ってきたの朝だっただろうが。お前が突然、朝、部屋にやって来て、日記帳を開きながら、出かけよう!って言ってきた時は何事かと思った。私は寝耳に水だった。つまり、それは結局、なんの連絡もないってことだろう」


「あ、そっかぁ……ごめん!もしかして、今日、なんか予定あった?」


「……あったら良かったんだがな……」


 眉をひそめたまま頬杖をついたエムは煩わしそうな表情で、吐き捨てるように言った。

 そんなエムの態度とは対照的に楽しげなエスは、あまり食べたことのない豪華な朝食に舌鼓を打っている。

 その楽しげな表情に少々腹を立てたエムは、突然連れ出した罰だと言わんばかりにエスの頬を軽くつねる。


「いひゃい……ほへんなはい」


 痛い、と静かに抗議しながらも、ごめんなさいと謝罪の言葉を口にするエスの姿に、気を晴らして鼻を鳴らしたエムはエスの頬から手を離し、ふと、街中に視線を向ける。

 どこもかしこも騒がしい街中で、一つだけ珍しく少しばかり音のない通りがあり、その違和感にエムの視線は自然とそちらに向かう。

 その視線の先に何かをみつけ、眉を寄せた。

 エムの表情に気づいたエスは彼の視線を追いながら問いかけた。


「どうしたの?何かあった?」


 エムは顎で方向を指しながら、短く答えた。


「……あいつだ」


 最初はなんのことかわからないまま、エムの顎の指す先を追っていたエスも、ようやっとそれを目でとらえた。

 ここから少しばかり離れたその通りには、美麗な男が歩いていた。

 その男のあまりの妖艶さに、賑やかだった街の人たちは思わず息を呑み、皆が口を噤む。

 昨日、二人を魔物から助けたその男は、彼のせいで少し静かになった街を見回しながら、ゆっくりとした足取りで歩いている。

 二人の視線には気づいていないようで、テラスの前に来ても、彼はエムたちに声をかけてはこない。


「おい、失礼千万な不審者。挨拶も無しか?」


 通り過ぎようとする美麗な男に、不服そうにエムから声を掛ける。

 エムの声に気づいた男は、首だけで見回し、その目がテラスで座る二人を目でとらえた。

 そして、無言のまま踵を返し、少し早足で二人に近づいていく。

 あれほど賑わっていたレストランすら今は閉店後のような無人の静けさだ。

 テラスに立った彼の妖艶さに、誰も彼もが黙り込んでしまう。

 二人は座っている自身を、男が見下ろし、何も言わず、ただみつめているだけというこの状況に、居心地の悪さを感じていた。

 エスは眉尻を下げて困ったように男とエムを交互に見やり、エムは不遜な態度で睨みつけていた。


「挨拶もなければ礼儀も知らないのか?」


「ちょっとエム……」


 窘めるエスの言葉を聞かず、さらにエムは皮肉に塗れた冷たい言葉を男に言い放つ。


「いきなり近づいてきて、無言で睨みつけてくるなんて、相当、高貴な育ちなんだろうな」


 エムを真っ直ぐみつめて、男は静かに言った。


「……道に迷った」


「なんて?」


「……この通り、広すぎて道に迷った。知り合いがいて、本当に良かった」


 思いを吐露する美麗な男の目元には、じわりと涙が浮かんでいるように見えた。


「かわいそうっ!迷子の中、知り合いみつけて一生懸命ここまで来たのに、エムにヒドイこと言われてかわいそうっ!」


 エスが彼の心境に同情し、エムを責めるような瞳で見つめながら言う。

 そんなエスの言葉に眉を寄せながら、エムは驚きと疑いを混ぜあわせながら問いかける。


「……お前、あんな平然と歩いていて、まさか迷子だったのか?」


 こくんと静かに頷く美麗な男を見て、エムは脱力してしまう。


「まぁ……座れ」


「ここに座って!よければ、ほら、なんか飲み物とか好きなもの頼みな?ご飯も美味しいよ?」


 緊張の解けたエムが呆れたようにそう言い、エスが荷物をどかしながら椅子を指してからメニューを差し出す。


「落ち着いたら、送ってやる」


「俺たちも今日はお休みでお出かけしてただけなんだ。この後の予定もないし、急ぎじゃないならいろいろ案内させて!」


「……ありがとう」


 不可思議な出逢いをした美麗な男との再会は迷子の道案内となった。



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