結婚生活も王族会議も大きく括ればどちらも打算と妥協

 王族会議の日。

 この大国の次期国王である男が美しくたおやかな佇まいで豪華な椅子に腰掛けている。

 その後ろに立っているのは、美しい容姿に、凛とした力強い気を纏う二人の男。

 この国で、随一の魔力と魔術の腕を誇る魔導師の称号を持つエムと、体力や剣の腕はもちろん、戦術でも騎士の一番の称号を持つエス。

 エムは豪華な椅子のすぐ左後ろに立っている。

 細身の彼が纏うかっちりとした服は、高貴な色として知られる紫を基調とし、金色の糸で描かれた家紋が、綺羅びやかだが洗練とされた装いでこの場にとても馴染んでいる。

 人を近づけない氷のような冷たい雰囲気と、誰もが目が離せなくなるような人間離れした美しさが、この部屋の豪華さを更に引き立てている。

 エスは豪華な椅子のすぐ右後ろに立っている。

 エスの大柄だが引き締まった体躯のしなやかさと力強さを引き立てる朱と紅を基調としていて、エムと同じ家紋が銀糸で描かれた装いである。

 ただエムの着ているかっちりとした作りとは違い、少々のゆとりをもたせ、身動きの取りやすさも兼ね備えている。

 たとえこの場で何事かが起きようとも、すぐに対応できるようになっているのだろう。

 人が近寄りやすい木漏れ日のようなぬくもりのある雰囲気と、誰もが思わず顔がほころんでしまうような人懐っこい愛らしさが、張り詰めた空気を和ませてくれていた。



 まだ来賓として招いている者たちは来ていない。

 エスが嬉しそうに自身の服に触れながら、エムに声を掛ける。


「このエムに着せてもらった服、俺が着て来ようとした服と違ってすっごく肌触りがいいねぇ。ありがとう、エム!」


「あたりまえだ。これは一級品。お前が着てきた質素なものとは比べ物にならん」


 エムが鼻で笑うようにエスに言い放つ。

 その言葉にエスは抗議しながらも肩を落とす。


「ひどい言い方っ!あれでも、あの貴族の人達の行きつけのお店で一番高いものだったんだよ?」


「どうせ、お上りさんであることを隠しもせずに、価値やら着こなしもわからないまま、店の者が勧めてくるままに買ったんだろう?」


「うっ……!そのとおりだけど……」


 エムに、まるでその場を見ていたかのように言い当てられたエスは次の言葉が出てこない。

 エムは不機嫌そうに顔をしかめて言う。


「あの形はお前には似合わなかったし、使っている糸も生地もお情けのようにつけられた飾りの宝飾も、低い質のものばかり……カモられたな」


「えぇっ!!そうなの!?」


「ふんっ、馬鹿め」


 驚きと落胆の入り交じる表情のエスと眉を寄せ顔をしかめて外方そっぽを向くエム。

 エスは憂い混じりに微笑みながら、空気と気持ちを切り替えるようにエムに声を掛ける。


「でも、朝は忙しかったよね……」


「お前がカモられただけのトンチキな格好で来たからな」


 歯に衣着せぬ物言いのエムのことを、ちらりと見やりながら、静かに思い出すようにエスは言う。


「部屋に突っ込まれて、引っ剥がされたからね。なにもかも全部」


「あたりまえだ。時間も惜しかったし、私の部屋の前であんなバカ丸出しの格好でいるお前がヘラヘラしてるところなんぞ、他者に見られたら私まで恥ずかしい」


「ひどいなぁ……でもそれからが、仕立て屋さんが来て、あれやこれや忙しかったね」


 不満げな表情のままエムは鼻を鳴らす。


「お前が無駄にデカいせいだろう。服を着せようにも、私のものではサイズが合わなかったからな。結果、お前用に新しくあつらえることになった。それは、お前にくれてやる。私では着れないからな」


「でも、エムと同じ柄……家紋?が入ってるよね?俺が着てていいの?」


 自身の纏っている服に描かれた家紋を見ながらエスは問う。

 エムはエスを見ることなく、さらりと答えた。


「かまわん。それは目印だからな。お前が私のものであることをわかりやすくした……愚鈍ぐどんな者の頭にも叩き込めるようにな」


「え……?お、俺って……エムのなの?」


「無論だ。お前は私の……」


 凛としたエムの声を、エスは少し早足になる胸の鼓動を感じながら待つ。


「私の下僕だからな」


 あたかも当然といった表情で、何の迷いも躊躇いもなくエムは言い切った。


「下僕!?ちょっとそれ、ヒドすぎない!?」


「ヒドイ?あたりまえの真実とありのままの現実を言っただけだが?」


「ヒドイ!!もう!エムのいじめっ子ぉ!!」


 甘い言葉を、ちょっと期待した分だけエスは落胆し、誰かに訴えるかのように泣きそうな声でエムに抗議した。

 エムはそんなエスのことなど、どこ吹く風で鼻を鳴らして、また外方を向いてしまった。


「君たち、もうすぐ来賓の方々がつく頃だから、いい加減、黙りなさいね?」


 次期国王が、微笑みを崩さず、前を向いたまま、後ろに立つ二人に、お咎めを食らわせた。

 そんな次期国王に言葉を返したのは、エムやエスではなかった。


「いえいえ、お気になさらず。喧嘩するほど仲が良い、仲が良いのはいいことですからね」


 突然、どこからか聞こえてきた美しい声と穏やかな言葉に、王子とエムとエスは辺りを見回す。

 開け放たれた扉から誰かが来た覚えもなく、扉の前に立っている騎士たちからも何の知らせも来ていない。

 そして用意された席に誰かが座っているような姿も見えない。

 三人が戸惑うようにキョロキョロとしていると、ぴょんっ、と音を立てそうなほど軽やかに跳ねたうさぎがテーブルの上に着地する。


「ここ、ここです……私ですよ、人間の王」


 うさぎは、片方の前足を胸元にあて、恭しく頭を下げた。

 その声には、三人とも聞き覚えがあった。


「精霊王!?……そのお姿は?」


 目を丸くしながら問いかける王子に、うさぎ姿の精霊王は柔らかい表情で答える。


「ふふふ、驚かせてしまってすみません。実は今、自身の身体を森から離すわけにいかなくて……。かと言って、この王族会議を欠席するわけにはいきませんから。失礼を承知で分身うさぎを作って、こちらまで来たんですよ」


 困ったように微笑む精霊王を気遣いながら、王子が心配そうな表情で問いかける。


「失礼なんてことはありませんが……その、森の方で何事かあったのですか?大丈夫ですか?」


「えぇ、お気になさらず。いつの時代のどこにでもありふれた小さな揉め事です。反乱というほど大きな勢力にはなっていませんし」


「そうでしたか……」


 王子の問いかけに、精霊王は何事もないような声音でさらりと答えたが、どうしても少し重くなってしまった空気を切り替えるように言う。


「それより、今の私、可愛いでしょう?」


 突然の問いかけに、王子は内心、少々驚きながらも柔和な笑みをたたえて答える。


「えぇ、とても愛らしいですね」


「後ろのお二人も、うさぎ、好きですか?」


 そう問いながら、王子の後ろに立つ二人を精霊王が見やる。

 うさぎ姿の精霊王に見られたエムとエスは、各々答える。


「えぇ……まぁ……」


「俺、可愛くてうさぎ大好きです!ふわふわで、あったかくて!」


 エスの素直な言葉に精霊王は嬉しげに微笑んで、楽しそうに提案してみせた。


「おや、それはそれは。ふふ、では私のこと抱っこしてみますか?」


「えっ!いいんですか!?」


「おい!うさぎの姿をしているとはいえ、相手は精霊王だぞ!?」


「お気になさらず、どうぞどうぞ」


 慌ててエムがエスをたしなめようとしたが、精霊王はころころと笑いながら、ぴょんっとエスの胸元に飛び込んでしまう。

 精霊王の訪れは、この部屋に張り詰めていた緊張感漂う空気や、先程の精霊王が告げた森の小さな揉め事によって少し重くなってしまった雰囲気を一気に和ませ、ゆっくりと穏やかな時間が流れた。

 その後すぐに精霊王の護衛も現れ、うさぎ姿の精霊王を引き取ると、ともに用意された席へ座った。



 そして、少し遅れて魔王も家臣を引き連れてやって来て、王族会議が始まった。

 魔王は黒いローブを身に纏い、鼻から下はそのローブの奥にあり、フードを被っているので体躯の姿形はもちろん、顔の造作もとらえられない。

 ただ、唯一垣間見える目元は切れ長で、瞳の色はフードの影に隠れてはっきりとはわからないが、明るい色をしているように見えた。

 その瞳が、時折、この大国の次期国王を通り過ぎて、後ろの二人にまっすぐ向けられる。

 エスとエムは、その視線に気づいていたが、あえて言葉にはしなかった。

 自身に向けられたその瞳が、あまりにも美しく、妖艶で、背中がそそけ立つほど、どこか空恐ろしかったからだ。

 基本的に家臣が言葉を交わし、ほとんど魔王の声も聞くことなく王族会議は恙無つつがなく終わった。

 

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