20.シャーミィ姉弟の天恵と災難

 次の日、早朝


 目覚まし時計を6時にセットしていた俺は、疲れと眠気に目を擦りながらも何とか起き上がる。


「ほにゃぁ……ですぅ……」


「なんなのぉ〜……ふにゃ」


 ベッドを仲良く2等分して寝ているシャーミィ姉弟は、半目になりながら再び目を閉じた。まだおねむのようだ。


「朝飯でも作るか……」


 窓を見るとどうやら曇りのようだ。霧が出ており見通しが悪い。

 俺は1階に降りると、簡単な卵焼きとトースト、コーンポタージュの朝飯を人数分作って、上の二人を起こしに行く。


「おーい、朝だぞー」


「ぅぅん。やぁぁ」


「ほにゃぁ……もう食べれません〜」


「やぁぁじゃないわ。起きろー。偵察隊が本格的に動く前に戻らんと〜」


「…………ッハ!! ……ここは、アンタ誰よ!!」


「うわっ。ラミィ!? ……あ、おはようございます〜ナオさん」


「何!? 知り合い!?」


 全部忘れたのか、姉よ。弟はちゃんと俺を見て挨拶してくれた。しっかりしてて助かる。


「忘れたのか? 昨日俺の店に来ただろ? 飯食って、風呂入って、寝ちゃったんだぞ」


「え!? ……ああ。そうだったわね。……苦しゅうないわ!! もちろん、朝ごはんも用意してるんでしょうね!」


「してるって今さっき言ったぞ〜。早く降りてこいよー。あ、お前たちの服、洗って乾かしてあるから。そこに置いてあるぞ」


「「え!?」」


 ハッハッハ。あまりの至れり尽くせりな展開に、さしもの驚愕していると見えるぞ。昨日この2人を運んだ後、脱ぎ捨ててあった服を洗濯機にぶち込んで、さっき乾燥機に回しておいたのだ。まじで眠かった。ふふ、驚いてる驚いてる。

 2人の唖然とした顔を見ながら、俺はニヤニヤしながら下へ降りる。

 さっさと朝飯を食べて戻らないと、リリィに怪しまれるからな!



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「うわ、服がホカホカしてるですよ。ラミィ。……いい匂いぃ〜……」


 ベッドの横の机の上に、綺麗に畳まれた服を取るハミィ。だが乾燥機から取りだしたばかりのそれは、まだ暖かく、思わず顔を服に沈める。すると、柔軟剤の良い香りがふんわりと漂い、ハミィは思わず目を閉じた。


「何言ってるの! そんな訳……うわぁ〜……あったかいわ〜……」


 窓から見える空は曇っている。乾く訳が無いと、ハミィに疑いの目を向けるラミィは、自分の服を取ると、すぐに心地の良い暖かさが肌に染み渡り、眠さも相まって同じように顔を沈めた。

 そのままウトウトと舟を漕ぎ出した2人であったが、ハミィがハッと目を覚ますと、素早く着替え、姉のラミィにも着替えを促した。


「早く、ラミィ。 ご飯準備してくれてるって言ってたですよ! 早く行かないとご迷惑になるです」


「いい匂いだわぁ〜〜……」


 柔軟剤の香りにより、完全にリラックスモードになってしまったハミィに溜息をつきながらも、何とか着替えを終わらせ、手を引っ張って一階へと降りる。

 すると、昨日ご馳走を食べた席に既に店の主がおり、食事を始めていた。何やらブツブツと喋りながら目の前のステータスウィンドウを確認しており、ハミィ達には気づいていない。


 ハミィは改めてその眼でナオを


(やっぱり、悪意の欠けらも無い。それどころか……なんて魔力。しかも属性が無いなんて……)


 自分の後ろにいるラミィは、人間という種族を疑っている。もちろん故郷から攫われ、奴隷として売られ、盗賊からも物のように扱われたのだ。人間の事はハミィも良く思ってはいない。

 だが、目の前にいる人物は、今まであった人間と違うと感じていた。


「あの、おはようございます」


「よし、できた〜!! ……おう、おはよ!」


「何から何までありがとうです。なんとお礼を言って良いか……」


「いいっていいって。それよりご飯食べちゃってくれ。残してもいいからな」


「いえ、そんな! ラミィ! ラミィお姉ちゃん。起きて! 」


「ふぁ……ご飯……食べるわよ……」


 ナオに丁寧に礼を言うと、ハミィはラミィを先に席に座らせ、うつらうつらする姉に甲斐甲斐しく世話を焼く。ナオがニコニコしながらそれを見ているので、ハミィは気になっている事を聞いてみた。


「あの、なんでこんなに良くしてくれるんですか?

僕達は今は奴隷で……その、尻尾もあるのに……。ご飯や湯浴みの準備、寝る所まで…… 」


「あむ……ん? ああ、だって困ってたんだろ?」


「え?」


「困ってる奴がいたら助けてやれってジジイからいつも言われてたからな。それに獣人とか関係ないよ。差別とかあるらしいけど知らんし。俺の国では、衣食足りて礼節を知る、ってことわざがあるんだけどさ。人間食べる物と着る物が無いと落ち着かないだろ?」


「…………」



 ハミィは戦慄した。奴隷に対してどころか、隠しきれてない尻尾が見えているハミィに対しても、明らかに獣人であるのにこの態度。悪い意味では無い。むしろハミィとラミィにとっては天恵と言っても過言では無い巡り合わせ。

 こんな人間がこの国にいるのかとハミィは言葉を失った。



「ハミィ……」


「………うん。ね」


「…………そう」


 ラミィは、じっとナオを見つめるハミィに問いかける。暗に。色は見えたのかと。

 するとハミィは驚きを隠さずに答えた。

 その問の答えに、ラミィは思うところあるような顔で、ため息をひとつ吐くと、朝食の続きを口にする。

 当の本人であるナオはステータスウィンドウに夢中でありこちらの様子は特に気にしてない。



「ご馳走様でした!」

「ごちそうさま……あの」


「ん?」


「その…………美味しかったわ。……ありがと」


「どういたしまして! じゃあみんなで片付けようか!」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 朝食の後片付けを終えたラミィとハミィは、ナオに促されるまま外に出た。心地よい満腹感と共に、2人は悟った。

 ナオが自分たちに身支度をさせ、外に出したのは出発を促すため。彼の善意に甘えてしまっていたが、彼が2人を何日も面倒を見る義理はない。

 分かりきっていた事だ。だが、心の片隅に穴が空いたような気持ちを2人は抱いた。それと共に、この夢のような時間に2人は感謝した。自分達を疑いもせず快く受けいれ、暖かい食事に熱い湯船、フカフカの寝床を与えてくれた。偽り無き善意を施すナオというこの店の主人に。

 特に荷物など持ってはいないが、2人はナオの正面に立つと胸に手を当て、深々と頭を下げた。


「ありがと、助かったわ。……まぁあなたは悪い人間じゃないってのは分かったかしら……」


「本当にありがとうございました!! ご飯とっても美味しかったです!」


 姉弟共に手を繋ぎ、自らの種族における最高の礼を示した。そして、偽る事なき真の姿を晒す。


「「我ら猫妖精族ケット・シーの名にかけて、この御恩は必ずお返しします」」


 ラミィとハミィの頭に猫の耳がぴょこんと生え、尻尾が臀部からひょっこり顔をのぞかせた。毛は銀白色で先が少し光っており、昨日までの泥だらけの姿とはまるで別人のような姿。その立ち振る舞いは、どこかの王侯貴族の子息かと思わせる風格がある。

 しかしながら、そんな2人の敬意を見てナオは頭を抱えこんだ。しばらくすると気づいたのか、申し訳なさそうな顔で片膝をつき、2人と視線を合わせる。


「あ〜。いや、その。外に出したのは今からサウスブルーネに向かうからなんだ。行くだろ? 2人も」


「「え?」」


 全く予想もしていなかった提案に呆然とする姉弟。


「行くアテも無いんだろ? なら来いよ。獣人の仲間もいるからさ。ハルシャーオ獣人国のリリィって言うんだけどさ。それに故郷に帰るにしても、ちゃんと支度を整えてから行かないと行き倒れるぞ」


「え、あのですね……でもですね……」


「あなた、どこまでお人好しなのよ……」


 ハミィは困惑し、ラミィは弟が真っ白だと言った意味をようやく理解した。

 すると、ナオは自らの店に向けて右手を上げた。



「まぁまぁ、異次元収納ブラックウィンドウ!」


 いきなり放たれた魔法に驚愕する2人。ナオが魔法を放った事に驚いたのでは無い。その魔法が異常なものであったからだ。



「「え!?!?!?」」


 ナオの右手に現れた扉とも渦潮ともとれる黒い何かは、今まで自分達がいた店を、まるで大道芸人が炎でも吸い込むかのように平らげ、跡形もなく消し去った。

 先程の提案もそうだが、目の前で起きた出来事に、魔法に長けたラミィも、万物がよく弟も、さしもの二の句が継げずにいた。



「おぉ。上手くいった。良かったー。さてそれじゃ行こうか!」


「え、えぇぇぇ!?」


「あ、ちょっと! どこ触ってんのよ!」


 すると、2人を驚かせている張本人のナオは、時間が惜しいとばかりに2人の小さな体ヒョイと抱えると、昨日覚えたばかりの第3の魔法を放った。



帯電磁界エレクトリフィケイション


「「ふにゃあ!」」


 突然身体に走る妙な違和感に、2人の猫耳と尻尾の毛がぞわりと逆立つ。よく見ればナオを中心に、ハミィやラミィから黄色い閃光が迸っていた。猛烈に嫌な予感がしたラミィは、恐る恐るナオの顔を見上げた。


「しっかり掴まっててくれ〜! まだ慣れてないからさ」


「ちょ、こ、これ一体……!?」


「あわわわ……!!」


 地面にシールドがせり上がり、2本のラインが前後を挟む。ナオの魔力の高まりと同期したそのラインは、術者を天へと誘うための発射台となる。


電磁飛行エレクトリックフライ!!」


 ナオが魔法を発動すると、2人を抱えたナオの体は空高くに打ち上げられた。そして突き進む。霧が深くまとわりつく大樹林の端で、光の残滓を置き去りに、サウスブルーネへと続く淡く輝く1本のラインを辿って。


「ひゃほぉぉぉ!!!」


「「ぶみゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」



 訳も分からず脇に抱えられた哀れな猫妖精族ケット・シーの2人の叫び声が、まだ日の光を浴び、起き始めたばかりの大樹林へと木霊するのであった。

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