中編
――彼は、スライムの研究を続けていた。
「何をしているのかね」
ギョームが様子を伺いに来た。
「知能テストをしているところです」
彼は、ギョームの質問に答える。
スライムは、依然としてガラスの筒に入れられていた。
二人の会話を聞いているのかいないのか、スライムは、時々、うねるような動きを見せる。
「こっちの言っていることを、理解できるのかね」
それを聞いて、彼は端末を取り出した。
「これはスライムの体の動きや、微細な振動を、計測したものです」
「ふむ」
「ご覧の通り、うねるような動きを繰り返しています。また、一定の周期で、体が震えるような動きを見せます」
「それで」
「これらの動きは、私が話しかけたときに見られました。このような動きで、意思疎通を図っているのではないかと」
「なるほど」
ギョームはスライムを観察した。
「この動きを、言語化できそうかね?」
「言語化する必要、あります?こっちの命令通りに動ければ、それでいいでしょう。兵器なんだから」
「それは違うぞ」
ギョームは首を横に振った。
「「それは違うぞ」って、何が違うんですか。下手に自律されたら、何が起こるかわかりません。最悪、殺されるかもしれません。そんなの嫌ですよ」
「どういう経緯であれ、命を創造していることに変わりはない。私としては、むしろ命懸けでやって欲しいもんだがね」
この人は時折、意味不明なことを言う。これも例に漏れず、言わんとしてることが分からなかった。彼は首を傾げた。
「ギョームさん。私と話をするのはいいですけど、自分の仕事をしなくていいんですか?」
彼は仕事を放って、自分と話しこんでいるギョームに、釘を刺す。
「何を言ってるのかね。遊ぶ、これこそが我ら人工楽園民に残された最後の仕事だ」
ギョームは臆面もなく返した。
「考えてみたまえ。マザーコンピュータは最早、神の域に達している。兵器の開発とて、AIの方が上手くやるだろう。それなのに、あえて人間に作らせる。何故か」
「そんなことより、仕事しましょうよ」
彼は、ギョームの話に付き合う気はなかった。
「マザーコンピュータは、我々に、兵器開発を遊びとして提供したわけだ。遊びこそ、仕事なのだ」
ギョームは誇らしそうにしていた。
「そうですね」
彼は適当に相槌を打ち、仕事を続けた。
ギョームとしては、遊び感覚なのだろう――遊びなのに、命をかけるとはどうしたものか――
しかし、彼にとってはそうではなかった。現に人工楽園を脅かす輩はいるのだ。
ギョームが関わっていたジェイシリーズは、元はというと、人工楽園と戦うレジスタンスのものだったらしい。
レジスタンスは地上のものが多い。なんでも、地上のものは、親の腹から産まれてくるそうだ。
――人工子宮というものがあるだろう。それなのに、未だに野蛮極まりないことをするのか――その話を聞いた時、彼は愕然としたものだ。
――産まれてくることに対し、犠牲を厭わない地上のものを容赦してはならぬ――彼は、そう考えるようになったのである。
***
――今日もまた、彼はスライムの研究をする。
スライムはガラスの筒の中にいたが、いつもと様子が違っていた。
人のような姿を取っていたのである。
彼はスライムを注視する。
スライムは、体の一部を手のように、ガラスに張り付けた。続いて、人の頭のような形に変え、そこに、口のような穴を開ける。その穴をパクパクさせるように動かす。
「……言いたいことがあるのか?」
彼は端末を手に取り、搭載されているカメラをスライムに向けた。画面に字が出てくる。
「コトバ、オシエテ」
発声器官がないため、声は出てこない。でも、確かに喋った。
「……言葉を教えろと?」
彼は呟いた。スライムがコクりと首肯するように動く。
「言葉を教えろ」ということは、人間と意思の疎通をしたい、ということだろうか。
「これって……」
自我が芽生えた、といっていいのだろうか。
このとき、暴走したジェイシリーズのプロトタイプ――脳操虫が人格を書き換えるも、それが再構築した人格によって暴走を引き起こした――のことを、彼は思い出した。
「どうすればいいんだ……」
彼は頭を抱えた。
「――スライムは、研究所産まれの生物だ。地上のものをベースにしたジェイとは異なるだろう。人間社会の繋がりというものが、端からない。故に『情』由来の暴走を引き起こす可能性は低い、と考えられる。情がないというのも、それはそれでつまらないが」
「他人事ですか?」
彼は、スライムに自我が芽生えたことを、ギョームに相談した。
相談相手が不適切のような気がするが、気兼ねなく話せる相手がギョームしか思いつかなかったから、仕方がない。
「こうなったら、教育するしかないだろう。子供が、親の期待通りに育つかどうかはわからんがね」
「教育って……」
やはりギョームは、どこか他人事だ。口からため息が出てきた。
――教育するしかないと言われたからではないが、現状、それしか方法が思いつかない。
けれども、彼は軍人ではない。どうやって兵器として教育せよと言うのだ。
幸い、研究所のコンピュータには、生体兵器に軍事教育を施す為のマニュアルがある。
彼はそれをダウンロードし、内容をスライムに叩き込んだ。
同時に、絵本のような、簡単な書物を読ませる。
そのような本を読ませるのは、文字を学ばせた方が、軍事教育の理解が深まると考えたからである。
教育の成果か、スライムは目に見えて賢くなってきた。
「オハヨウ」
スライムに会話用の端末を与えたところ、ものの数分で使いこなしてみせた。
「おはよう」
彼は、スライムに挨拶を返した。
「キョウハ、ナニヤルノ?」
「戦闘シュミレーションだ。教育の成果を試すんだ」
彼は端末を操作する。すると、ガラスの筒に色が付き、中にいるスライムが見えなくなった。
ガラスの筒の内部が、バーチャル空間に変化したのである。
「お手並み拝見といこうか」
彼は端末を操作する。これが、スライムにとって、初の戦闘シュミレーションとなる。
まずは、簡単なものから始めることにする。
彼は端末を操作し、訓練用プログラムを実行した。
今、スライムのいるところは、正しくバーチャルといったような、周りに何も無い空間である。
そこに、人型のロボットが現れた。
「ロボットか……」
スライムは、ぶよぶよしたゲルのような体をしている。そのぶよぶよした体でもって、対象を包み込んで、窒息死させる。
この攻撃法は生物には効果がある。だが、ロボットの様な非生物兵器だったらどうだろうか。
ロボットが、スライム目掛けて走ってきた。
対してスライムは、体を垂直上に、棒のように伸ばす。次の瞬間、棒は刃に変化した。
ロボットが一撃を加えるというまさにその時、スライムは刃を振り下ろす。
ロボットは動きを止めたかと思うと、頭から股まで真っ二つにされていた。
彼は、スライムの戦いを端末越しに見ていた。
簡単なものとはいえ、数分も経たず、難なく撃破してしまった。
スライムは、敵が生物でも非生物でも、対処できるということだ。兵器としては及第点だろう。
しかし、彼は素直に喜ぶことができなかった。
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